第20話 無自覚ここに極まれり
「ま、まあ?男子高生が料理しないなんて?私も知ってましたけどね。」
現実を突きつけられた成瀬は机上に振る舞おうとしているが、明らかに動揺を隠せていない。卵焼きを持とうとする箸が明らかに震えている。
「別にいないとは言い切れないけど、少なくとも俺の周りでは見たこと無いな。」
料理の手伝いとかくらいなら俺もするが、自分でわざわざ弁当作ったりはしない。そんなことするくらいなら基本購買や学食でどうにかする。しかし、成瀬はまだあきらめきれないらしい。
「じゃ、じゃあ!一人暮らししてる男子高生だったらどうですか、彼らなら、自分で弁当作る事とかもあるかもじゃないですか!」
「成瀬……」
「な、何ですか……!」
声色こそ気丈だが成瀬の表情には恐れが浮かんでいる。俺もなんだか申し訳なさすら感じてしまう。
「あのな、一人暮らししてる男子高生の方がよっぽど珍しいからな……」
「ぐはっ」
俺の横で大きく跳ねたかと思うと、成瀬はそのまま机に突っ伏す。
クラスの奴ら、こんな成瀬見たらどう思うだろうな……。成瀬は頬を机に当てて、指をなぞりながら残念そうにする。
「だって一人暮らし料理上手男子高校生なんて、ラノベの鉄板じゃないですかぁ」
「ラノベの鉄板な時点でどう考えてもフィクションだろ。」
「嘘ですー!」
「嘘じゃありません、ラノベ作家の俺が言うんだから間違いないです。」
俺が訂正するとついに諦めたのか、成瀬はグズグズ言いながら起き上がる。これがかの有名な義務教育の敗北か……。
10分前までのクーデレはどこへやら、沈んだ顔の成瀬と共に弁当を食べる。
「その……から揚げ食うか?」
「あ、ありがとうございます……」
白米の上にから揚げを置くと、成瀬もぺこりとお辞儀をする。
「じゃあ私のもどうぞ……」
「いいのか?」
「はい、ちなみに卵焼きが自信作です」
「じゃあ、卵焼きもらうわ」
「どうぞ~」
成瀬から貰った卵焼きを早速食べる。おお、甘めの味付けでうまい。お弁当で冷めてしまう事を前提としたいい塩梅の味付けだ。っていうか自信作ってことは、これ成瀬の手作りなのか……。
「美味しいよ、成瀬。」
「ホントですか?良かったです」
「普段から料理とかするのか?」
「はい、将来料理が出来ないと困るって、お母さんに言われて、お弁当は自分で作るようにしてるんです」
「偉いな、俺も見習わないと」
「と言っても、余りものにプラスアルファするだけですけどね。」
「いやいや、これでも十分だよ。俺全部母さんにやってもらってるし……。」
成瀬を見習って、たまには手伝うと言ってみるか。
「そういえば成瀬さ」
黙ったままでいるのもなんとなく決まずくて、俺から声を掛ける。
「今日めっちゃ愛想よかったよな。なんか心境の変化とかあったの?」
「いえ、別にないですよ?」
「そうなんだ」
にしてはクラス中ちょっとした騒ぎだったけどな。
「まあ、強いて言うならギャップのためですかね。」
「ギャップ?」
「ほら、良くあるじゃないですか。クラスでもすごく評判のいい女の子が俺にだけすあたりが強い、みたいなやつ。」
「ああ、たまに見るねそういうの。」
皆の前だと必要以上につんつんしちゃうけど、二人っきりだとデレデレしてくるみたいな感じの奴。
「それをクーデレに混ぜました」
「……混ぜちゃったか」
「はい、混ぜました」
そりゃクーデレにしては異様に火力高いわけだ……、納得。
「でも、あの感じはいいんじゃない?クラスでも評判だったよ」
俺が褒めると、成瀬は意外そうな表情を浮かべる
「神野君……ひょっとしてドMですか?」
そっちじゃねーよ。
「じゃなくて、クラスメートへの対応。丸くなったって」
「そう言われて悪い気はしませんけど……。別に私、友達とか要りませんし」
「高校生がそんな寂しい事は言うなよー」
「私は神野君がいてくれればそれで十分なので」
「おいおい、照れること言ってくれんね~。ほれ、プチトマトをあげよう」
から揚げの横に置かれたプチトマトを成瀬の弁当箱に入れる。
「いえいえ、本心ですって。はい、ウィンナーあげます」
プチトマトで空いたスペースにタコさんウィンナーが入れられる。
その後も俺達はお浸しときんぴら、チーちくと生姜焼き……と言った感じで様々な弁当の食材を交換していった。
「「ごちそうさまでした」」
ほぼ同時に弁当を食べ終えて、俺達は手を合わせる。
「ふう、何かすごい満足感ですね~。」
「お互いの弁当ほとんど交換したし、品数的には相当だったな。」
「神野君のお母さんの料理、どれもおいしかったです~」
机に座ったまま、満腹になってぼんやりとした多幸感を感じながら、俺達は空っぽになった弁当箱をぼんやりと見つめる。
「そういや成瀬」
「はい?」
「なんで集合場所ここなんだ?」
「そりゃあ、私がここの部員だからに決まってるじゃないですか」
「成瀬、文芸部だったんだ」
いっつも本読んでいるイメージあるけど、部活とか興味ないイメージだった。
「まあ文芸部とは言っても、ほとんど皆幽霊部員なんですけどね」
「ウチの学校実績とかないと部活ってやっていけないんじゃなかったっけ?」
昔に課外活動を積極的に推し進めた結果ベンチャー部活みたいなのが大量に湧いたため、今はその辺厳しくなっていると聞いたが……
「まあ、その辺は、裏技でどうにかなってます」
「裏技って……」
「なので、実質この部室使ってるの私ともう一人くらいなもんですから、ここで何しても別に大丈夫です」
実際私もここでお昼食べてますし、と成瀬は続ける。
「そのもう一人って?」
「顧問の先生です。職員室の喧騒から離れるのにちょうどいいらしいですよ」
「なるほど、職権乱用か」
「違いますよ、いわゆるwin-winの関係です」
「その表現やめてくんない?」
前もそれ聞いたけど、ロクなもんだった記憶がない。
そんな話をしていると、午後の授業開始の10分前を知らせるチャイムが鳴る。
「やべ、そろそろ戻んないと」
俺は部室から出ようとしたが、成瀬がついてきていない。部室の中央で、一人呆然としている。
「おい、どうしたよ成瀬。そろそろ行かないと授業遅れるぞ」
「神野君、私、重大なことに気づいてしまいました……」
「なんだよ、そんなのいいから早くクラス戻るぞ」
俺は早く部室から出たいのに、成瀬は立ち尽くしている
「神野君、私達、今日お弁当のおかずの交換しましたよね……」
「確かにしたけど……もしかして、何かアレルギーあったか?」
「いえ、生まれてこの片、花粉症すらなったことのない健康体です。いえ、この際そんなのどうだっていいんです……。」
「じゃあ何だよ」
「いいですか、神野君。よく聞いてくださいよ……」
「もったいぶらずに早く教えてくれよ」
焦る俺、しかし成瀬は時間なんぞ微塵も気にしていない風に、ゆっくりとその口を開いた。
「今日の私達、異性と一緒にお昼ご飯食べておかずの交換するって……めちゃくちゃラブコメじゃないですか」
「……!」
俺も驚いて言葉も出ない。確かにそうだ、女子と二人っきりで、しかもお弁当の交換だと……、俺達はそんな絶好のチャンスで何を考えていた?
いや、何も考えていなかったっ……!
呆然と立ち尽くす俺に、成瀬は優しくと俺の肩に手を置く。その姿は、ずっと一緒にいた
「大丈夫です。お弁当ならいつでも作れますから、また一緒に、お弁当交換会やりましょう!」
「成瀬……!」
5分前を知らせるチャイムと成瀬の言葉が、空っぽになりそうな体を満たしていた。
******
一方同時刻、教室……
「涼川君、ちょっといい?」
「おう、佐倉か。珍しいな、ウチの教室に来るなんて」
「いや、ター君……じゃなくて、神野君探しに来たんだけど、見てない?」
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