第14話 図書館で手が触れて運命の(略)

「だから、図書館で手が触れて運命の出会いを果たす系ラブコメ、です。」

「はぁ、なるほど……」


 長いな。状況も加味して大体言わんとするものは分かったけど。成瀬は自分の中でとどめていたものが決壊したのか、せきを切ったように話し始めた。


「私、考えたんです。神野君のラブコメ経験値を上げるにはどうすればいいか」

「うん」


 ラブコメ経験値とか言う微妙に耳障りの悪いワードは、この際スルー。


「で、私一つの結論にたどり着いたんです」

「ほう、その結論っていうのは?」


 成瀬はすうと息を吸い、発表する。


「神野君に古今東西ありとあらゆるラブコメシチュエーションを体験してもらおう計画です!」


「………」

「あれ、どうしました神野君?反応が悪いですよ」


 黙りこくってる俺の反応が、心底意外そうな成瀬。


「だからつまり成瀬は俺がラブコメを書けるようになるために、色んなシチュエーションを実際に演出してくれた、ってこと……?」

「そうです、さすがは神野君、説明が分かりやすいですね」


 いや、感心してる場合じゃなくって。


「ええと、じゃあ今日の朝のあれは?」

「ああ、あれは朝起こしに来る幼馴染系ヒロインですね。鉄板です」

「あ、あれってそういう意味だったんだ……。」


 微塵も説明なかったし全く幼馴染感なかったけど、本人は満足げにしている。


「でも、朝の奴は多分神野君的にはイマイチですよね。私もあんまり手応え感じませんでしたし」

「いや、イマイチっていう訳じゃなかったけど……」


 不満とかよりあの時は困惑の方が勝っていた。たとえどんな高校生だとしても、昨日会ったばっかりの知り合いが翌朝家まで迎えに来てたら普通にビビると思う。


「男子高生の夢だと思ったんですけどね、朝迎えに来てくれる幼馴染」

「いや、確かに憧れるシチュエーションではあるけども……」


 多分今日のはそういうのじゃない気がする。ウチの母さん初対面でびっくりしてたし。初対面の幼馴染とかいうパワーワードが爆誕していたと思う。


「第一、俺と成瀬さんあったばっかりじゃん。それなのにいきなり家に来られたら、流石にびっくりするよ」

「そうですか?」


 不思議そうにする成瀬、ここはラノベ作家として幼馴染の重要性を説明してやらんと行けないな……。


「そもそも、朝迎えに来るっていうのは幼馴染だから意味があると俺は思うんだよ」

「ほう」

今まで一緒に過ごしてきた時間があるからこそ、幼馴染には朝と言う一番大事な時間を占有する許可が下りてるんだ。それは他のヒロインには許されない行為なんだ」

「なるほど、幼なじみヒロインは今までの関係性の構築があって初めて成立すると」


 ふむふむ、と言いながら鞄の中を漁りだす成瀬。俺もいい気になって続きを話す。


「そう!迎えに来てもらうのが当たり前だと言う、一見傲慢にも見える信頼こそが、幼馴染ヒロインの素晴らしい所だと俺は思うんだよ……って、何してんの。」

「いえ、続けてください。」


 成瀬はどこから取り出してきたのか、一心不乱にノートを取っている。ノートにはびっしりと文字が書かれている。のぞき込んでみると「幼馴染系ヒロイン」と書かれたページに、事細かに俺がさっき話したメモが書かれている。


 成瀬は俺の視線に気づいたのか、ノートを取るのをやめてこちらを向く。


「ああ、これはラブコメ研究ノートですよ?」

「いや、そんな常識みたいなテンションで来られても知らないんだけど……」

「CMもやってますよ?らぶこめけんきゅーの~と♪みたいなの、知りません?」

「何そのジャポニカ、聞いたことも無いんだけど……。」


 とはいえ、聞かずとも大体分かってしまう気がする。しかし、俺の思っているのとは違うかもしれない。念のために成瀬の説明を聞こう。


「えっとこれは、私が思いつく限りのラブコメ的シーンを書いたノートです。なのでこのノートに書いてるシチュエーションを一通り神野君に試して、ドキドキしてもらって、経験値を上げてもらえればなって、そう思ってます。」


 成瀬からノートを渡してもらう。ペラペラと見てみると、まだページ数は少ないが、彼女の言った通り色んなラブコメが書かれていた。なるほど、これを一通り俺に試すのか……。


「ちょっと待って」

「はい、何ですか?」


 屈託のない笑みで問いかけてくる成瀬。俺はノートを指さしつつ恐る恐る尋ねる。


「これ、全部やるつもり?」

「はい!やっぱり何をするにしても、実体験が一番といいますし」

「これを……俺に?」

「他に誰がいるんですか」


 成瀬は何を今更といった風に返事をして、俺は思わず頭を抱える。


「ちなみにどうでしたか?朝は失敗に終わりましたけど、図書館で手が触れて運命の(略)はどうでした?ドキドキしました?」

「いや、(略)て」


 やっぱり長い自覚あったんだろうな。正直、タイトルにしたら一発で表示しきれなさそうな長さだったし。


「なんていうか、あれ、破綻してなかった?」


 あれこそ、なんていうか全てが崩壊してた気がする……。設定とか、会話とか。


「第一俺が手に取ったの資料集だったし」

「いいじゃないですか、資料集から始まる恋!」


 資料集から始まる恋って何なんだろうな。私、当時の女学生の服が好きで……。え、俺も!みたいな感じなんだろうか。


「いや、あれは神野君が中々本を手に取らないものですから、あんなことに……。だから、あれが失敗したのは、半分神野君のせいですよ!」

「んな理不尽な……」


 ふんすと、成瀬は鼻を鳴らす。俺も話を進ませる。


「まあでも、少なくとも今日のじゃドキドキしなかったな。」

「そうですか、まだ先は長そうですね……」


 ここまで真剣に取り組まれてしまうと、俺も駄目だとは言えない。しかし、この調子じゃ何時まで掛かるか分からん。


 すると成瀬はおもむろに立ちあがり、俺の傍に寄ってきた。


「どうした、なる、せ……」


 成瀬は人差し指をびしっと立て、俺の胸にとん、と指を当てる。


そして彼女はとびっきりの笑顔を俺に見せてきた。


「絶対ドキドキさせますから、覚悟しといてくださいね!」

「お、おう……」


 成瀬の指から伝わった何かが、俺の心拍数を今日イチ早めていた。



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