第13話 その手が触れる刹那
変なレッテルを貼られてしまったが、その後の涼川の対応は優しかった。なんか失恋したみたいな扱いになっていて、変に泣きそうになっていた。ちなみに成瀬の非公式ファンクラブに紹介するとか言われたが、全力で断った。
今日も授業が終わり、各々に教室を出ていく。
「夕、今日はどうすんの?」
「今日は図書館でも行って帰るかな」
「そっか、頑張れよ」
「お前もなー」
いつの間にか部活着に着替えていた涼川は、颯爽とシューズを持って出て行った。
「さてと、俺も行くか……」
鞄を背負ってクラスを出る。成瀬は教室にすでにいなかった。
(そういえば、朝の一件以降、何もなかったよな……)
朝の件で懲りたのだろうか。まあ、あれ以上特に何もしてこないのであれば、俺も何かを失った甲斐があった……。
あんなことがあったが、俺の足取りは軽かった。今日は図書館に新刊が入る日、否が応でも期待が高まる。
ガラガラガラガラ。
余り油の差されていない扉を開け、俺は図書館の中に入る。本屋とも違う図書館の匂いがわっと押し寄せてくる。
司書のおじいさんが俺を見て、おっ、と言いたげにする。俺もぺこりと頭を下げ、書架へと進んでいく。あの様子を見るに、たぶん俺の注文した本は届いているに違いない。
だが、俺はすぐにお求めの品へは直行しない。まずは新しく入荷された本のリストを確認する。やはり俺もプロの小説家の端くれとして、同年代の高校生がどんな本を借りたがるか、市場調査は欠かしてはならないと考えての行動だ。
とはいえ、ラノベが新規で入荷されることは余り無い。
と、思っていたらラノベが一冊。ええと、何々……。
「ときメロかぁ……」
いや、一切悪いとは思わないし、なんならときメロをチョイスしたセンスは素晴らしいとさえ思う。
だが、同じ高校生作家として、自分の高校にライバルの作品が置かれるというのは何とも複雑な気持ちである。ちなみに銀狼酔虎伝は……、あるわけないか。
頭を振って自分のあさましい考えを振り払う。よし、切り替えてお目当ての本でも探しに行こう。
新刊コーナーを離れた俺が向かうのは、「歴史・芸術」のコーナー。有名な画家の伝記や、演劇関連の本が並ぶ中、俺のお目当ては……。
「お、あった」
分厚い背表紙、周りには古い本が多い中その本だけはまだラミネートされたカバーが光り輝いている。
よかった、この手の本自分で買おうと思うと結構なお値段するから、図書館で借りれると助かるんだよな~。俺は一安心して、少し高い所にあるその本に手を伸ばす。
その刹那、俺の手にもう一人の手が触れた……。
「あっ、すみません!」
俺の手に触れたその人物は、ぱっと手を放し、可愛らしい声で謝ってくる。
「いや、俺の方こそゴメン……」
俺もとっさに本から手を放し、触れてしまった彼女の方を見る。下を向いてしまっていて、顔は良く見えない。しかし俺の手は彼女の手の柔らかく、暖かな感覚を覚えていた。
あまりにも出来過ぎたラブコメのような展開に、彼女も少し頬を赤らめているのが見える。なぜだろう、この本よりも彼女の一挙手一投足に目が行ってしまう。こんな出来過ぎた運命なんてあっていいのだろうかと、疑いたくなってしまう。
お話の中ではごまんと見たが、現実ではまず起きようがない奇跡。俺がこの状況に衝撃を受ける中、彼女は恥ずかしそうに上目遣いで声をかけてきた……。
「あの、初めましてですよね?この本、お好きなんですか……?」
そのあまりに鉄板すぎるフレーズに、俺も思わず赤面する。
「あ、うん。っていうか……」
「はい……」
彼女は俺の次の質問をどぎまぎした表情で待つ。そのいじらしさに、俺は思わず言葉に詰まりそうになるが、何とか口に出す。
「……何やってるの、成瀬?」
「そうなんです!私も好きなんですよ、この本!」
「いや、成瀬、話聞いてる?」
「いいですよね、この本。私本の趣味一緒な人初めて見ました!」
成瀬は俺のリアクションに全く反応せず、一人で何かの世界にはまり込んでいる。何これ、壁打ち?図書館でテニスでもやってんの?
「君は、この作者さんのどこが好きなんですか?」
多分、俺達は図書館で初めて出会った共通の趣味を持つ運命の相手……みたいな設定なんだろう。突然何おっぱじめてんだ。
とはいえ、見ている分には結構面白い。俺も少し乗っかるか……。
「俺はやっぱ時代設定の正確さかな、やっぱ作品書くうえでは、設定は練れば練る
だけ面白いし」
「成程、流石は作家さんですね……」
おい、初めまして設定どこ行った。
「ちなみに成瀬さんは?この本のどこが好きなの?」
「ええと、私は……そうですね、キャラクターの心情描写がすごい丁寧で、そこが好きですね!」
ほーん、心情描写ね……。
「ちなみに俺の読んでる本、これだけど」
俺は、借りようと思っていた本を手に取り、成瀬に渡す。
「たいしょう、ろまん、じてん……」
唖然とした様子の成瀬。端的に言うと、俺の借りようとしていたのは資料集。少し古めのラブコメを書いてみようと思い、今回注文したんだが……。
「これのどの辺の心理描写が良かったか、教えてもらっていい?」
「………神野君のいじわる」
大正浪漫辞典を握り締め、成瀬は絞り出すようにそう言った。
図書館の最奥の読書スペースの端の机で、俺達は向かい合って座っていた。時間も少し遅くなってきたからか本を読んでいる生徒は誰もおらず、俺達はゆっくりと話し合うことが出来た。
「で、どういうつもり?」
「えっと………」
大正浪漫辞典をはさんで座る俺達。成瀬の目線は机の上を左右している。
「えっと、神野君、違うんです」
「何が違うんだ?」
「……」
再び黙りこくる成瀬。何か、エロ本持ってきたのがバレた男子高校生見たいだな……。
「いいよこの際、正直に言っちゃって」
俺の図書館タイムを邪魔した罪は重いが、何時までもこうしてるわけにはいかない。成瀬に話すようを促す。
「実は……、」
ご、ごくり……。
「実は神野君には、図書館で手が触れて運命の出会いを果たす系ラブコメを経験してもらおうと思いまして」
「……はい?」
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