第12話 疑惑の判定

「成瀬に、彼氏……?」


 困惑する俺、涼川は腕を組み、うんうんと頷く。


「ショックだよな。成瀬みたいないつも本ばっかり読んでる孤高の美少女なんて、ラノベかよって感じの存在だもんな……。でもな、」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 そのまま一人で延々としゃべり続けそうな気配の涼川を制止する。涼川は語りを邪魔されて少し不満そうにする。


「なんだよ、人が折角話してるときに」

「相手は、相手は誰なんだよ」

「なんだよ、そんなに気になんのか」

「いやまぁ、それは」

「お前はこういうのそこまで興味ないかと思ってたんだけど、やっぱお前も成瀬に夢見てたクチか……」

「そういうのはいいから、取り敢えず教えてくれよ」

「何だよそんなに焦って……」


 俺が焦るのには理由がある。だって俺は今日、朝にあいつと会ったそれどころか一緒に登校までしたのだ。それなのに実は彼氏がいた~なんてことになったら、今日の事は、どうみても事案だ……!浮気だと捉えられてもおかしくない。


 俺の脳裏にいくつものシーンが再生される。校舎裏か、それとも社会的な制裁か?もっとヤバかったら……。


「おい、随分顔色悪いけど、大丈夫か?」

「涼川、俺がいなくなったら東京湾まで探しに来てくれるか……?」

「何の話してんだよ……、ちなみに嫌だね」


 友達甲斐がない男だ。俺が口を尖らせてると、涼川はそんなことよりと話を変える。


「今は成瀬の彼氏の話だろ?」

「ああ、そういやそうだった」

「そういやって、お前が聞いてきたんだろ」


 呆れたような視線で見てくる涼川。俺はまあまあと宥めつつ、続きを促す。


「それがな、今日見たってやつらがいるんだよ」

「見たって、成瀬の彼氏を?」


 涼川はこくりと頷き、きょろきょろとしてから、すっと真剣な顔になる。


「……こっから先はマジで機密事項だからな。他の奴に喋るなよ」

「喋んねぇよ」

 第一喋るような相手がいねぇよ、悲しいことに。


 俺が一人傷ついていることには気づかず、涼川は非常にもったいぶって口を開く。


「あのな、今日、成瀬が彼氏と一緒に登校してたらしい……」

「成程、彼氏と一緒に登校か……」



 3秒ほど、何とも言えない沈黙の時間が流れた。



「!?!?!?!?」

「お、おい!大丈夫か、夕!?」


 何も飲んでいないはずなのに、突然むせ返り始めた俺。慌てて涼川が背中をさする。


「おい、涼川、今なんて言った……」

「ちょっと待て、そんな状態で喋るな夕!今水でも買って来てやるから」


 それたしか普通にやっちゃだめなやつだろ。俺は慌てる涼川を制する


「もう一度聞くけど、成瀬が、今日、男と一緒に歩いてたんだな?」

 今日と男の部分を強調して質問すると、涼川は真剣な面持ちでこくりと頷いた。


「なるほどなるほど……」

 つまり成瀬の彼氏は、今日成瀬と一緒に登校してきた奴ってことか……。それはつまり……。


(俺じゃねーか!!!!!!)


 余計気分が悪くなる俺に、涼川はさらに声をかけてくる。


「おい夕!どんどん顔色悪くなってるぞ!!背中叩いてやろうか?」


 だからそれも駄目なんだって。



 ******


「落ち着いたか?」

「おう、悪かった……」


 しばらくして呼吸も落ち着き、俺達は対面して座っていた。涼川は申し訳なさそうにしている。


「すまん、お前がそこまで取り乱すとは思わなかった……」

「いや、涼川のせいじゃないさ」


 一旦席に座ったら落ち着いてきて頭が回りだしてきた。


「でも、成瀬はそいつと一緒に歩いてただけなんだろ?別に彼氏だって決まったわけじゃないだろ」


 そう、俺達は別に一緒に歩いてただけで、それ以上の事は何もしていないのだ。手を繋いでもいないし、迎えに来てたところを目撃された記憶もない。そう、まだ言い逃れは可能………。


 しかし、涼川は俺の疑問に大変いいずらそうにしている。


「それが……、二人の会話がどう見てもカップルのそれだったんだと」

「……と、言いますと?」


 覚悟を決めて、俺は次の言葉を待つ。


「男の方が『何で俺のためにそこまでしてくれるの』って聞いたら、成瀬が『大好きだからです』って叫んでたらしい」

「違ーーーーーーう!」


 違う!それ「俺の作品が」大好きだって言ってただけ!なんでそんな良い感じに切り抜かれてんだよ、いや良くないけど!


 俺の魂の叫びを聞きながら、涼川は腕を組みうんうんと頷いている。


「分かる。成瀬って普通の恋愛とか興味無さそうだし、俺達みたいなオタクでもワンチャンあるんじゃないかって思うよな……。でも、そうはならなかった。そうはならなかったんだよ、夕。この話はそれでおしまいなんだ」


 涼川は妙にニヒルなテンションで、外を眺めている。言いたかった台詞が言えたのか、どこか満足げだ。


「いや、そうじゃなくって!」

「そうじゃなくって?」


 思わずツッコんでしまったが、冷静に返されて押し黙る。誤解を訂正したいが、何で知ってるのかと聞かれればボロが出るリスクが付きまとう。


 しかし、このままでは成瀬と付き合えると思っていた勘違い野郎の称号が付いてくる……。それは正直避けたい……。


「ちなみに成瀬の非公式ファンクラブでは、犯人かれし捜しが始まってるらしいぞ。」

「俺も許せないよそいつの事!」


 こうして俺は弁明を捨て、勘違い野郎の称号を手に入れた。





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