第8話 正体

「な、成瀬が……」


 、成瀬が……パスタ丸!?

 信じられない俺、未だにもじもじしている成瀬。お互いに何の言葉も出ない時間が続き、前島さんがしびれを切らしたように成瀬に指示を出す。


「ほら、パスタ丸さん。自己紹介して下さい」

「ひゃ、ひゃい!」


 横から声を掛けられビクッとする成瀬。そしてあわあわとしたかと思うと、なぜかおもむろにスマホを取り出し、一心不乱に操作し始める。突然どうしたんだ……?


 と思ったら、成瀬はスススとスマホの画面を俺に見せてくる。


「初めまして、パスタ丸です……」


 画面にはよく見たパスタ丸のブログ、その編集画面が映し出されていた。


「は、はぁ……」

「な、なので、私は、その成瀬なんとかさんとは、無関係なので……」

「はぁ……って、いやいや!流石にそれは通らないでしょ!」


 ウチの制服着てるし、第一成瀬の顔を見間違えるはずがない。俺がツッコミを入れると、成瀬はまた縮こまりギリギリ聞こえるくらいの声でつぶやく。


「まさか、日向先生が神野君だとは……」


 まあ、そこだよな……。まあ無理もない、ずっとファンだった相手が実はクラスメートだったんだ、動揺するなと言う方がおかしい。俺もどうしたものかと頭を掻く。


 ふと俺は成瀬の横で優雅にコーヒーを啜っている前島さんに意識が向く。


 よく考えてみればこの間前島さんはパスタ丸、すなわち成瀬と以前連絡を取ったと言っていた。その時素性調査もしているだろうし、俺と同じ高校だと分かっていたはずだ………。


 俺のじとーっとした視線に気づいたのか、前島さんはコーヒーを置き、俺の方を向く。


「私は先生の新作のためなら、手段は選びませんから」

「にしても限度ってもんがあるでしょ!」


 なんてことないかのように言い、彼女は再びコーヒーを啜りだす。おい、悠長に味わってる場合じゃないだろ。しかし必死の反論空しく、前島さんはきょとんとした表情だ。


「何か問題が?」

「いや?問題大ありですよ!」

「なぜ?お二人は、クラスメートみたいですし日向先生の手伝いをしてもらうには丁度いいじゃないですか。」


 偶然をやけに強調する前島さん。やっぱりこの人全部わかってて仕組んだな……。


「でも、クラスメートだと余計問題ですよ!俺と成瀬じゃ釣り合いませんし」


 俺はぱっとしない方だし、逆に成瀬はクラスでも人気のある美少女。俺なんかと噂されたら成瀬がかわいそうだ。仕事上の付き合いという形ならともかく、クラスメートなら嫌でも関わり合いになってしまう。成瀬としても、そんなの迷惑に違いない。



「俺の事情に成瀬を巻きこむわけにはいきません。新作は俺一人で何とかします」


 完全に委縮してしまっている成瀬に代わって、俺がちゃんと断らないといけない。毅然とした態度で断る、成瀬もそれを望んでるだろうしな……。


 しかし、俺の予想に反して成瀬はこの世の終わりみたいな表情になる。え、なんで?一方前島さんはなるほどと呟き、今度は横で固まっている成瀬の方を向く。


「と、日向先生はおっしゃっていますが、パスタ丸さんはどうお思いですか?」

「………」

「パスタ丸さん?」

「あ、はい!」


 複数回呼ばれて自分が初めてパスタ丸だと自覚したのか、はっとする成瀬。


「あ、えっと、私としては……日向先生が、私じゃ不満だとおっしゃるのであればそれは仕方ないのかなって、思います……。ぶっちゃけ私、可愛くないですし……」


 しょぼんと下を向く成瀬。あれ、何か勘違いしてないか?


「違う違う、そうじゃなくって。俺は全然いいんだけど、成瀬は俺なんかが相手だと嫌なんじゃないかって……」

「へ?」

 きょとんとしている成瀬に、俺はきちんと考えを説明する。


「いやだから、日陰者の俺と、学校随一の美少女のお前じゃ、成瀬が今後迷惑するかもしれないだろって話。」

「そ、そんな!釣り合わないのは私です!しかも私、美少女じゃないですよ……」

「いやいや、流石に可愛くないは嘘だろ。めっちゃ可愛いよ、成瀬は」


 思っていることをはっきりと伝えると、成瀬は俯き突然わなわなと震えだした。ヤバイ、たいして仲良くもない男から可愛いなんて、逆にキモいだけか……?


「ふふっ」

 ………ん?


 気のせいか?今成瀬から変な笑い声が聞こえてきた気が………。


「ふふふへっ」


 気のせいじゃないっぽいな。


 俺が漠然とした違和感を覚える中、成瀬は勢いよくこちらを向く。俺はその圧に負けて、思わずソファーの背もたれに後ずさる。


 こちらを向く成瀬は怖いくらい満面の笑みだった。


「いえ、神野君が私と一緒に仕事がしたいと、そう言ってくれるのであれば、私としても神野君とラブコメするのはやぶさかではないというか、喜んでというか!」

「おお、そうか……。」


 5分前までの縮み上がっていた成瀬はどこへやら、大層嬉しそうでウキウキな成瀬。いや、確かに俺は可愛いとは言ったけども……


「別に一緒に仕事がしたいとは一言も言ってない……」

「しないんですか?」


 さっきまでとは一転、底冷えするような声を発する成瀬。言葉からは強い圧を感じ、彼女の瞳からは光が消えつつある。別に大丈夫だとは思うが、俺の本能が選択肢をミスるなと警鐘を鳴らす。


「い、いやー、あの成瀬と一緒に作品作れるなんて光栄だなぁ。うん、是非俺からもお願いしたいよ!」

「そうですか、そう言ってくれるなら光栄です」


 そうやって胸をなでおろす成瀬の目には光が戻っている。良かった、いつも通りの成瀬だ。


「では、双方ともに了解したという事でよろしいですか」

「「はい」」


 顔合わせが済んだと判断し、前島さんがまとめに入る。


「では、今後は日向先生とパスタ丸さん。お二人で作品を作っていただくという事でお願いします」

「はい。よろしくお願いしますね、日向先生」

「こちらこそよろしく、パスタ丸さん」


 成瀬から握手を求められ、彼女の手をゆっくりと握る。肌はすべすべで、握手だけでいい匂いがした。成瀬は両手でふんわりと俺の手を包みこむ。


「一緒にいい作品を作りましょうね」

「ああ、頑張ろうな」


 成瀬となら、いい作品を作れるかもしれない。彼女の手のぬくもりを感じながら、そんなことを思った。




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