第7話 ご対面

自転車から降り、時計を確認する。待ち合わせの時間にはまだありそうだ。


「いらっしゃいませ」

喫茶店に入ると、マスターが出迎えてくれる。。カウンターではなく、奥のテーブルに座る。



「今日も翔子ちゃん来るの?」

「あ、はい。もう少ししたら、来てくれるはずです」

「そうかい」


元々このお店は前島さんの紹介であり、マスターとは昔からの知り合いらしい。彼女に何度も連れられてくるから、俺もちょっとした顔見知りの様な形になってしまった。


「ご注文は?」

「じゃあ、オレンジジュースで」

「はい、少々お待ちください」


マスターとは話す仲になったが、俺については特に詮索してこない。翔子さんの職業や、そんな彼女と頻繁に打合せしてる高校生の俺は異質な存在だろうが、適度な距離感を保ってくれて大変ありがたい。


そのまま待つこと数分、マスターからオレンジジュースが渡される。そのままオレンジジュースをちまちま吸っていくが、どうにも落ち着かない。仕方なく、俺は鞄から今日佐倉書店で買ってきたときメロ3巻を取り出す。


おお、今回も口絵のイラスト良すぎるなぁ……。2巻の引きがあれだったからマジで楽しみだけど……、お!今回水着回か!いいねぇ、水着回はテコ入れとか言われがちだけど、やっぱり必要不可欠だよな!うんうん……。


「………はぁ」


無理やりにでもテンションを上げて本文に突入するが、眼は文字の上を滑り、内容はほとんど頭に入ってこない。折角楽しみにしていたはずの新作なのに、これじゃ買った意味がない。本を閉じて机に置き、もう一つため息をつく。前島さんあとどのくらいで着くんだろう……。


目をつむり、店内に流れるジャズに身を任せる。リラックスとしているとともに、体が段々疲れていたことを自覚し始める………。ああ、なんだか気持ちいい………。


「お待たせしました、日向先生」

聞きなれた前島女史の声でハッと意識が戻る。見ると、テーブル席の横に前島さんが立っていた。


「もしかして寝てました?」

「い、いいえ?」

「そうですか、小説を書くのには体が資本です。休みはしっかりとってくださいね。」

「はい……」

気を遣われているんだろうが、なんだか気恥ずかしい。そのまま座る前島さん。初めは気づかなかったが、彼女の後ろにはもう一人立っていた。肩までギリギリ掛かるくらいのセミロングの髪に、人形のように整った顔のパーツ、そして目の下のクマを隠すような軽い化粧……。他でもない、成瀬麻衣香その人であった。


成瀬もこの店に用事があったようで、ちょうど前島さんが立っていたせいで通れなくなっていたのだろう。俺も一応知り合いだ、軽い挨拶を交わす。


「おお、成瀬、昼休みぶり」

「あ、うん……お久しぶり……、神野君」


もじもじとした挨拶をする成瀬。親しくなったと思っていたのは俺だけみたいで、また恥ずかしい。通路は空いているのに成瀬は動こうとせず、気まずい時間が流れる。


「あー、成瀬は、良くこの店来るのか?」

「う、ううん、今日が初めて……」

「そうか………」


会話終了。


「………」

「………」


お互い沈黙の時間が流れる。成瀬も早くここを離れて席に座りたいだろうに、ばったり知り合いと会ってしまったがために、そのまま動けずにいる。そう考えていると、前島さんがあきれたように息をつく。


「ほら、早く座ってください。」

「え、ちょっと前島さん何言って……」

「あ、はい、失礼します」


俺の困惑を他所に、成瀬はいそいそと席に座る。え、なんで成瀬がここに座るんだ?その問いに答えが出ることは無く、そのまま前島さんは話し始める。


「じゃあ、今日の話し合いを始めていきますね」

「話し合い……?」

「そうですよ?何言ってるんですか」

「いや、だって今日はパスタ丸さんと会う日のはずじゃ………」


その瞬間、俺の脳裏に過去の記憶がよみがえる。


———実は今日の放課後、憧れの人に会う用事があってその人に会えると思うと嬉しくて、夜も眠れなくて……それで、お恥ずかしながらあんなことに。


―――寝れなくなるって、そんなに大事な人なんだ。


―――そりゃもちろん!


もしかして、あの時成瀬が言ってた「憧れの人」、って……



俺の目の前には、ギュッと全身を縮こませて緊張している様子の成瀬。その姿は、普段俺達が見ているクールビューティーな成瀬でも、今日の昼休みにあったフランクな成瀬でもなく………


「日向先生。こちらの方が、パスタ丸さんです」


恐縮そうにぺこりとする彼女は、ずっと会いたかった人に初めて出会えた喜びと緊張が混ざった、少女の顔をしていた。


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