第6話 佐倉書店
成瀬との会話で俺もパスタ丸と会う決意を固めることが出来た。そしてそのまま午後の授業は終わった。
「起立、礼」
「「「「さようならー」」」」」
帰りの挨拶を口にして、部活に行くもの、帰宅するもの、それぞれクラスの皆は思い思いの場所へと散っていく。
「じゃあな、神野。俺部活行ってくるわ」
「おう、じゃあなー」
サッカーのユニフォームなんかが入っている袋を背負って、涼川は颯爽と出ていく。俺とクラスの女子数人がその背中を目で追う。流石はイケメン、うらやましいぜ。
涼川が外に出て行ったのを確認し、後ろの成瀬の席を見やる。10分前まで船を漕ぐか漕がないかの瀬戸際にいた彼女は速攻帰ったらしく、席には荷物一つなかった。その変わり身の早さに思わず笑みがこぼれる。
よし、俺も帰るとしますか……。鞄を背負い、スマホを起動し前島さんからの連絡を確認する。場所はいつもの喫茶店だが、集合時間まではまだかなり時間がある……。そういや、まだ買ってない新刊のラノベがあったはずだ。どうせだし買って行こう。
今後の予定を決め、俺は自転車置き場へと向かった。
ピーンポーン
書店のドアを開けると、取ってつけられたような機械音が鳴り響く。
「いらっしゃいませー」
店の中にお客さんはまばらにいた。本を読みながらレジ奥の椅子に腰かけ本を読む初老の男性が一人。俺はそのままラノベコーナーへと向かう。
小さな本屋とは思えないくらいにはラノベコーナーは充実しており、某アニメショップと見まがうようなポップアップが数多く貼られている。
俺はその中で平積みされた今日のお目当てを手に取る。つい最近発売されたばかりの新刊だが、傍には店員のおススメコメントがカラフルな色合いで事細かに書かれている。
手にラノベを一冊持ったまま、コメントに目を通す。絶妙にネタバレにならない範囲で、きちんとその作品の魅力を語られている。今回もいい仕事をしてるな……。
「おお、ター君随分じっくり読んでくれるね~」
集中してコメントを読んでいたら、いつの間にかすぐ横にエプロンをかけたポニーテールの少女が立っていた。
「佐倉、もう帰ってたのか」
「まあね、今日店番の日だったから、授業終わってからダッシュで帰ってきた。」
佐倉琴乃、この本屋「佐倉書店」の店主の一人娘。このお世辞にも大きくはない個人経営の書店に、これだけラノベが充実しているのは、ひとえに彼女のお陰だ。ちなみに俺の事をター君と呼ぶのは、小学生の佐倉が俺の名前をカタカナのタだと勘違いしたことに起因する。
「ちなみにこれどう?我ながらに結構自信作なんだけど」
「うん、なんつーか、いつも以上に気合が入ってるし、佐倉がこれをおススメしたいって気持ちが、すごい伝わってくる」
「ふふん、そうだろうそうだろう」
自信作を褒められて得意げに胸を張る佐倉。体の一部が強調される格好になり、思わず視線がそちらに向く。そんな俺の男子高生的な感情には特に気づくことはなく、佐倉は俺が持っているラノベに視線を向ける。
「あ、それ!どうだった?面白かった?」
「ん、ああ、これか」
俺もあわてて視線をそらし、手に持ったラノベに目を向ける。
「正直……めっちゃ面白かった!」
「だよねー!ター君絶対好きだと思ってさ、『ときメロ』!!」
「ときめきのメロディーが止まらない」通称ときメロ、既刊3巻。
今話題のラブコメ作品で、主人公燈矢とヒロイン双葉が両想いなのに、お互いの好意に気づかないという今どき珍しい位の王道のラブコメ作品。
だが、そのすれ違いがあまりに甘酸っぱく、日本各所で身もだえる人が続出しているとかしていないとか……。しかも作家の水無月望みなづきのぞむは高校生作家らしく、そういう意味でも当初は話題になった。
実は俺もこの小説の存在は知っていたのだが、同じ高校生ラノベ作家という事で初めは嫌厭していた。だが、俺も丁度ラブコメ作品を書こうと思っていたこともあり佐倉の激推しに負ける形で読むこととなった。結果……。
「いやマジで、今回ほんっとヤバいから!あんまり詳しいこと言うとネタバレになるから言えないけど、まじで今回すっごい尊かった……」
「そうかぁ、いやぁ、ずっと楽しみにしてたんだよなぁ新刊、あんな終わり方したら生殺しもいい所だもんなぁ。」
今やお互いずぶずぶに沼にはまった。まだ読んでいない人に配慮して中身ゼロの会話だが、それでもこうして感想を言い合っている時間はすごく楽しい。
「ホントホント、最近は面白いラノベが多いから困っちゃうね」
佐倉書店のラノベコーナーの仕入れ担当としては、嬉しい悲鳴のようだ。しかし、正確の悪い俺には少し別の聞こえ方をしてしまう。
「悪いな、ずっと俺の本も置いてもらって。」
佐倉セレクトの最近話題のラノベが並ぶ中、俺のデビュー作である「銀狼酔虎伝」上下巻が、悪い意味で目立っているように思えた。俺の表情を見て、佐倉もフォローに回ってくれる。
「いや、そんなことないって、銀虎伝は今でも私のバイブルだから!それに、ター君は私が身内びいきなんてしないの知ってるでしょ?」
確かに、佐倉は生粋のラノベオタクでありながら書店員、プライドがあるからこそ自分が面白いと思った作品以外は棚に並べないといつも豪語している。
「そうだな……悪いな、佐倉。変なこと言っちゃって」
「いいよ。それに悪いと思うんだったら、早くこの棚に新刊を並べさせてくださいな。」
「おう、任せとけ」
にへへ、と笑う佐倉。そのまましばらく二人でラノベ談義に華を咲かせていると、いつの間にかいい時間になってしまった。
「うわ、もうこんな時間か」
「あれ、何かこの後用事あった?」
「ああ、ちょっとな」
待ち合わせ時刻にはまだあるが、余裕をもって到着しておきたい。ときメロの3巻を佐倉に渡し、会計を頼む。
「これだけでいい?他にもおすすめのラノベあるから買ってほしいんだけどな~。」
「はいはい、また今度来た時に買っていくよ」
「ほんと!?毎度あり~」
商魂たくましい佐倉。まあ実際佐倉のおススメにはハズレがないし、全然問題ないんだが……。
会計を済ませてときメロを受け取る。そのまま受け取って帰ろうと思ったら、手渡される際に佐倉は緊張した面持ちで、グイっと体を近づけてくる。
「それと、あの件も、また暇なときに、お願いね」
突然耳元で囁かれびっくりするが、すぐに何の話か理解し、俺も指で丸を作る。
「オッケー、また連絡するわ。多分来週とかになるかな」
佐倉はほっとしたように顔を綻ばす。
「よかった。じゃあター君、また来週ね」
「おう、またな」
手を振り佐倉と別れる。奥の方にいた親父さんにもぺこりとお辞儀をして、俺は佐倉書店を出た。
鞄に戦利品を入れ自転車にまたがる。一つふうと息を吐き、俺は決戦の喫茶店へと漕ぎ出していった。
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