第2話 パスタ丸
「え?相方っていうのは、……どういう……?」
予想だにしていなかった提案に、俺は聞き返すことしかできない。前島さんは前のめりになった体を戻し、一口コーヒーを飲んでから話し始めた。
「先生、”パスタ丸”さんって、覚えてますよね?」
「ええ、当たり前ですよ。忘れるわけないじゃないですか」
”パスタ丸”——―、その名を忘れた日はない。
俺が駆け出しのラノベ作家だった頃の最初期からのファンだ。ラノベ評価ブログの管理人で、名前こそ独特だが堅実な評価と名作を見つける審美眼から、その筋ではかなりの有名人だ。
しかし俺がパスタ丸の名を知っているのは、単に界隈の人だからではない。実は彼、俺の作品を一巻発売時から推してくれている古参ファンなのだ。デビュー作である『銀狼酔虎伝』があそこまで売れたのは彼の影響もある。
「あんなに印象的なファンを忘れるほど、俺も甘い作家人生送ってないですよ。」
ラノベを書くのがしんどい時、どれだけパスタ丸のレビューがモチベーションになったことか。
「そうね。なら、彼女が高校生なのはご存知?」
「へえ、パスタ丸さんって高校生なんですか」
文章の雰囲気的におっさんだとばっかり……。
って、彼女……?
「前島さん。つかぬことを伺いますが……」
「どうしたんですか、急に真剣な顔して」
「パスタ丸さんって……、JK?」
前島さんは、ゆっくり深く頷く。
「ええ、そうですよ……」
「そうですか、JKですか……」
「先生なら喜ぶと思ったんですけど、意外な反応ですね」
俺の苦い反応に意外そうな顔をする前島さん。
「俺をなんだと思ってるんですか……。第一、学校でも殆ど女子とは話さないですし……」
一部例外的な奴もいるけど、一般的な男子高生で比べたら絶対少ない自信を持って言える。
「でも、それがどうかしたんですか?」
パスタ丸がJKだったのは以外だが、それに俺がどう関係するというのだ。俺の疑問に、前島さんはあっさりと答える。
「でまあ、そのパスタ丸さんに、あなたがラブコメ書く手伝いをしてもらおうかと思って」
「…………ん?」
今なんつったこの人、手伝わすとか言った?正気か?
「私からコンタクトを取ったんですけど、この件を話したところ向こう方もすごく乗り気で。まあ、いいかなって」
「いや、いいかなじゃないでしょ!?」
親に勝手にお見合い決められる人って多分こんな気持なんだろう。俺の許可とか完全無視だし。
「あら、でもこの話、案外win-winなんですよ?」
「……どういう所が?」
確かに、あの前島さんが俺になんのメリットもない話を持ち込んでくるとは思えない。何か仕掛けがあるはずだ……
「彼女、将来は出版社志望らしくて大学出たら是非ウチに入社してもらおうかなって」
「それ前島さんとパスタ丸がwin-winなだけじゃないですか!」
全くもって俺にはwinじゃない話だった。
「そもそも手伝いって、何させる気ですか」
「お、受け入れる気になってくれましたか」
「………聞くだけです」
そうですか、といい前島さんはコホンと咳払いをする。
「端的に言うなら、日向先生にはラブコメ経験値を上げてほしいんです」
「はぁ……」
端的じゃない解答に、頭に?マークが浮かぶ。見かねて詳しい説明を入れる。
「今の日向先生には女の子との体験が少なすぎるので、女の子と一緒に取材とかをして、その貧弱なラブコメボキャブラリーをつけてもらおう、ということです」
「なんつー理論ですか……」
いや、ラブコメボキャブラリーが貧弱って……俺そこまで言われるほどなんですか?俺がショックを受けているのを見て、前島さんは少し申し訳無さそうな顔をする。
「私も見てみたいんですよ、先生のラブコメ」
「前島さん……」
「なんだかんだ言いましたけど、先生の文章力は折り紙付きです。本当はこんなところでグダグダしていい人じゃないんです」
だから何年もこうして担当やってるわけですし。と彼女は続ける。
「だから迷惑に思われるかもしれませんけど、試すだけでもしてくれませんか?」
そう言って前島さんは、机に付きそうなくらい深々と頭を下げた。
「ちょっとやめてくださいよ、感謝してるのは俺の方ですから!」
前島さんは俺をラノベ作家にしてくれた人だ。そんな人に頭を下げされているという事実が重くのしかかる。暫く気まずい沈黙が流れたのち、俺はゆっくり口を開いた。
「分かりました。俺の方こそ相方の件、よろしくお願いします!」
「日向先生………!ありがとうございます!」
俺たちは両手で固く握手をした。
「いや〜でも知りませんでしたよ。前島さんがそこまで俺にラブコメを書いて欲しいだなんて」
「あ、次も没になるようだったら大人しくラブコメ諦めてくださいね」
俺の涙を返せ。
******
「じゃあ、今日の打ち合わせはこんなところにしますか」
俺の情緒がぐちゃぐちゃにされる中、前島さんはトントンと俺の新作をまとめ、鞄に入れる。俺もあわててほとんど手を付けていないオレンジジュースを飲む。
「あ、パスタ丸さんとは近いうちに顔合わせしてもらう予定なので、よろしくお願いします。私、別の作家さんとの打ち合わせもあるので、お先に失礼します。」
「ちょ、ちょっと……。」
そのまま伝票をもってバタバタと前島さんは出て行ってしまう。一人取り残された俺はちまちまと残ったオレンジジュースを吸うも、頭の中はパスタ丸の事でいっぱいだった。
「まあ、考えてもしょうがないか」
一人呟きジュースを吸いつくす。もう前島さんが決めてしまったことだし、新作の出せていない以上俺にどうこういう権利はない気がする。
しかし、俺はこの時もっと考えておくべきだったのだ。————前島さんがパスタ丸の人物について、一切俺に紹介しなかったことについて。
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