第2話 パスタ丸

「日向先生、相方をつけませんか?」

「え?相方っていうのは、……どういう……?」

 困惑する俺を置いて、前島さんは話を続けて行く。



「先生、”パスタ丸”さんって、覚えてますよね?」

「ええ、当たり前ですよ。」

 ”パスタ丸”———もちろん、忘れるはずがない。


 俺が駆け出しのデビューしたばっかりのラノベ作家だった頃の、最初期からのファンだ。変な名前をしているが、ラノベ評価ブログの管理人で、その筋ではかなり有名な人物だ。


 俺の作品を一巻発売時からかなり推してくれており、俺のデビュー作、『東方龍虎伝』があそこまで売れたには彼の影響がかなり大きかっただろう。


「あんなに印象的なファンを忘れるほど、俺も甘い作家人生送ってないですよ。」



「そうね、なら、彼女が高校生なのは知ってる?」



「へえ、パスタ丸さんって高校生だったんですか…って彼女、ひょっとしてJK!?」

「ええ、そうよ……。」

「そうですか、JKですか……。」 

「あら、先生なら喜んでくれると思ったんだけど、意外な反応ですね。」

 俺の苦い反応に意外そうな顔をする前島さん。

「いや、リアルのJKなんて大抵ロクなもんじゃないですし……」

 一部例外的な奴もいるが、俺の脳裏にはそれ以上の苦い思い出がよみがえる。俺が苦虫をかみつぶしていると、前島さんはまあいいけど、と話を続ける。

 

「でまあ、そのパスタ丸さんに、あなたがラブコメ書く手伝いをしてもらおうかと思って。」


「…………ん?」


 今なんつったこの人、手伝わすとか言った?正気か?俺の混乱を他所に、前島さんは続ける。


「私からコンタクトを取ったんだけど、この件を話したところ向こう方もすごく乗り気でね。もともと就職は出版社を希望してたらしいから、まあ、いいかなって。」

「いや、いいかなじゃないでしょ!?」

 高校生を働かせていいんですか!?と思うが、お堅い前島さん的にはオッケーらしい。これが働き方改革なのか……?しかし、問題はそこではないと気づく。


「いやいや、手伝わせるって、一体何させる気ですか。」

「そもそも、今の日向先生には女の子との体験が少なすぎるんです!だから女の子と一緒に取材でもしたら、ちったあその貧弱なラブコメボキャブラリーも改善されるってもんでしょ!」


 白熱してきたのか段々テンションとキャラが迷子になり始める前原さん。いや、ラブコメボキャブラリーが貧弱って……俺そこまで言われるほどなんすか?

 熱くなり過ぎたと自覚したのか、前島さんはごほんと一つ咳払いをする。


「まあ、要は私も見てみたいんですよ。先生の新作を。だから何年もこうして担当やってるんですし。迷惑に思われるかもしれませんけど、試すだけでもしてくれませんか?」

 さっきとは一転、非常に優しいトーンで語り掛けてくる前島さん。くぅ。何だよ、泣かせてくるじゃないですか…


「前原さん…俺、頑張ります!」

「あ、次も没になるようだったら大人しくラブコメ諦めてくださいね。」

 俺の涙を返せ。


「じゃあ、今日の打ち合わせはこんなところにしますか。」

 俺の情緒がぐちゃぐちゃにされる中、前島さんはトントンと俺の新作をまとめ、鞄に入れる。俺もあわててほとんど手を付けていないオレンジジュースを飲む。


「あ、パスタ丸さんとは近いうちに顔合わせしてもらう予定なので、よろしくお願いします。私、別の作家さんとの打ち合わせもあるので、お先に失礼します。」

「ちょ、ちょっと……。」


 そのまま伝票をもってバタバタと前島さんは出て行ってしまう。一人取り残された俺はちまちまと残ったオレンジジュースを吸うも、頭の中はパスタ丸の事でいっぱいだった。俺、この先どうなるんだろうな……。

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