ラノベのために美少女とラブコメしてたはずが、気づけば外堀埋まってた

尾乃ミノリ

第1話 何度目かの没

閑静な高級住宅街にぽつりと立つ隠れ家風のカフェ。木目調のお店は落ち着きのある空間を生み出していて、マダムたちが優雅なコービーブレイクを楽しんでいる。


 しかし、そのお店の一番奥まった席には、席には、マダムではなく高校生くらいの少年とスーツ姿の30代くらいの美人な女性が何やら真剣な面持ちで見合っていた。



 ♦♦♦♦


 ぺら、ぺら……チク、タク、チク、タク…。静かなカフェの中で、奇麗なジャズの音色が流れる中、時計の音とページをめくる音だけがやけに俺の耳につく。


「ふう…」

 コピー用紙の束をめくっていた目の前のスーツ姿の女性が一つため息をつき、紙束をどさっと机の上に置く。非常にスタイルの良い彼女の所作は、出来るキャリアウーマンみたいで、どの仕草一つとっても様になっている。


「では、日向先生、今回の作品の方、読ませていただきました。」

「そうですか……」


 ついに判決の時が来た。デビュー作が6巻で完結し以来、そこから鳴かず飛ばずで早3年が経ってしまった…、だがこの作品には非常に自信がある。今まではファンタジーばかり書いていたが、今回は心機一転ラブコメだ。


 寝る間も惜しみ、授業もすべてこの小説に費やしてきた、今までのとはわけが違う!ここ数か月の生活の全てをこれに費やしたと言っても過言じゃない…!


「日向先生」

「は、はい、…!」

 

 ゆっくりと息を吸い、彼女は判決を下す。その時間は、永遠にも思えた……。









「申し訳ないですが、没です。」





 目の前が真っ暗になったような気がした。







「————先生!日向先生!」

 前島さん――――――俺の担当さんが俺を呼ぶ声でハッと目を覚ます。その手には、俺が先ほど渡した新作数十ページの束が握られている。



「あ、前島さん!俺の新作、読んでくれましたか?」

「ええ、もう読み終わりました。」

「そうですか!いやー今回結構な自信作なんで、流石に通ったと思いますよ!」

「そうですか……」

「で、どうでしたか?」

「……ええと。」

「何ですか、前島さん。そんな言いづらそうに?」

 普段は冷静な前野さんにしてはらしくなく、言葉に言いよどんでいる。


「……あの、もう一度、聞きたいですか?」

「————————いえ、結構です。」

 クリティカルヒットだった。




 ♦♦♦♦


 改めて自己紹介をさせてもらおう、俺の名前は神野夕。高校生兼、ラノベ作家………一応。高校に進学する頃賞をもらってデビューさせてもらい、その作品は4巻ほど刊行させてもらった。


 現役高校生作家という事で、当時はそこそこの人気が出た。しかしそれからは鳴かず飛ばずで、プロットを提出しては没と言うのを繰り返し、界隈ではいわば一発屋扱いされてしまっている……。


 対して俺の目の前に座り、優雅な所作でホットコーヒーを飲んでいるのが、俺の担当編集の前島翔子まえしましょうこさん、デビュー当時から俺の面倒を見てくれている人だ。すらりとしたスタイルに、キリっとした目つき。まさにキャリアウーマンって感じの人だ。


まあ、それはそれとして……


「その……没ですか……」

「はい、没です。」

 縋る様に聞くが、こちらに目もくれずに、一太刀で切り伏せられる。しかし、俺も諦めきれない。



「そこを何とかこう……ね?」

「ね?で何とかなれば、今どき本屋さんはパンクしてます。」 

「そうですよねー……。」


沈黙の時間が流れる。隣のテーブルのマダムたちの笑い声が聞こえてくる。


「林田さんのお家、水道管壊れてしちゃったんですって~」

「あれま、大変ねー。」

会話中のに耳が反応してしまい、一人ダメージを食らう。


「林田さんって、確か丁度家族でボツワナに行ってる時だったでしょ?だから築くの遅れちゃったみたいでー。」

「あれま、そんなときにホントに災難ね~」


再び、ダメージを食らう。っていうか大変だな林田さん。ボツワナ旅行中に家が水没だなんて。


「では、講評に移ってもよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします……。」

見ると、前島女史はもうすでにコーヒーを飲みきっていた。俺も没を受け入れて、大人しく腹をくくる。


「はい!煮るなり焼くなり好きにしてください!」

「別に取って食おうって訳じゃないですけど……。」

隣のマダムたちがびっくりしてこちらを見ていて、俺も反省して大人しくする。しかし、大人しくしていてもなかなか講評が飛んでこない。見ると、前島さんが言い淀んでいる。


おかしい、普段あんなに厳しい講評をズバッと言ってくる前島さんがいいずらそうにするなんて……。もしかしたら、今回は、意外と惜しい線いってますみたいなコメントを貰えるかもしれない!


一筋の希望が顔を見せ、俺は少し自信を取り戻す。まったく前島さんったら、素直じゃないんだから……。俺は若輩ながら、前島さんに助言をする。


「前島さん、言いずらいかもしれませんけど、全部腹を割って話してくださいよ。俺と前島さんの中じゃないですか。」

前島さんも俺の言葉を聞いて決意したようだ。


「分かりました……じゃあ正直に言いますよ?」

「もちろんです。ちゃんと担当さんの声を聞けずに作家としての成長は望めないですからね!」

 

俺は深く深く深呼吸をし、泰然とした表情で前原さんの顔をしっかりと見た。



「意気込みだけはほんと良いですね…じゃあ行きますよ。」

 俺は全身が強張るのを感じた。さあ来い!どんな意見も受け止めてやる!俺は腹に力を籠める。前島さんはおもむろに口を開き、いいずらそうにしていた指摘を、口にした………。



「まず…日向先生、ラブコメ向いてないと思います。」

「ぐはっ」

 全然耐えられなかった。っていうか全く想定と違った。デビュー当時からの付き合いである前原さんからのこの意見はマジで堪えた。ソファーの背面にたたきつけられる。


「大丈夫ですか?」

「まえしまさん…おれはいいから…つづけて…。」

「いや、そんなヤムチャみたいな体勢で言われましても…まあそうおっしゃるならこのまま続けますよ?」

 気遣いながら鬼畜ムーブをかますという高度なことをやってのける前島女史。宣言通り彼女の批評の嵐は止まらない。



「まあ、なんていうか、そもそもラブコメ展開が、こう、薄っぺらいんですよね…。」

 

 ぐふっ


「なんていうか、こうあまりにも展開が安直というか、読んでるこっちが恥ずかしいというか」


 ぐふぐふっ


「あ、勘違いしないでくださいね。恥ずかしいっていっても、むずきゅん的なのじゃなくて、観測者羞恥みたいな、そんな感じです。」


流石は編集者、共感性羞恥とは呼ばないらしい。必死にそんなことを考えながら、何とか意識を繋ぐ。しかし、彼女は止まらない。



「ああ、この人多分女の子と遊んだ事とかないんだろうなーっていうのがひしひしと感じる、そんな作品に仕上がってますね。」



「ぐっはあ」

 ああ、すっごい笑顔!すっごい笑顔で残酷なこと言ってるよこの人!確かに彼女いない歴=年齢だけれども、でも、それは前島さんだって似たようなもんじゃ


「何か?」

「いやなんでも。」


完全に心を読み取られていた。しかし、言いたいことを言いきったのか、彼女は風とため息をつき、フォローに回ってくれる。


「でもいい点はあるんですよ?先生の文章力は健在ですし、描写の美しさは流石の一言です。」



 その言葉を聞きようやく俺はヤムチ〇体勢から復帰する。

「あ、ありがとうございます。いや、今一瞬天国が見えるかと思いまし……。」



「でも、それならデビュー作みたくガッチガチのバトルもの書いたほうがいいよねって話ですよね。」

「うっ……」 


ぶっちゃけこれが一番効いた。ああ、でも美人に責められるっていうのも案外悪くはないな……。そんな俺を冷めた目で見ながら、前島さんは紙束をもう一度テーブルに置く。



「何考えてるのか分かんないですけど、とりあえずこれは没、です。」

「……ひゃい。」



 没という言葉を聞き改めて自分が完全に敗北したことを思い知る。

「そっすかー。やっぱ向いてないんですかね、ラブコメ。」

 


 完全に打ちひしがれている俺に対して、それと対照的に何故かにこにこしている前原さん。そのドSっぷりを見ていると、前島さんは尋ねてくる。


「あの、日向先生。」

「なんですか。」

 と、打ちひしがる通り越して膨れていると、前島さんは意外な質問をしてくる。


「やっぱり、ラブコメ書きたいですか?」

「そりゃあまあ。書きたいに決まってるじゃないですか。」

これだけ言われて、引き下がる俺ではない。俺は俺で、ラブコメを書く理由があるのだ。俺の返事を聞きニヤリとする前原さん。


「なら、一ついい提案があるんですけど。」

「て、提案ですか?」

「ええ、先生のラブコメ力を上げる、多分一番の近道です……」

「え、そんなのあるなら早く教えてくださいよ!」

「ふふ、知りたいですか?」


ぶんぶんと頭を縦に振る俺。その反応を見て、前島さんは不敵に笑う。彼女はずいっと前に体を乗り出し、俺にその提案をしてきた。



「神野先生。相方を、つけませんか?」






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