ラノベ作家の俺と学年一の美少女の君で送る疑似ラブコメ生活

尾乃ミノリ

ラノベ作家と協力者

第1話 何度目かの没

「それでは、読ませていただきます。」


俺の前に座るスーツ姿の女性は、一言そう言ってから高速でページをめくっていく。 文章量から鑑みるにそう時間はかからないはずだが、俺には永遠に思えた……。


******


閑静な高級住宅街にぽつりと立つ隠れ家風のカフェ。木目調のお店は落ち着きのある空間を生み出していて、マダムたちが優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいる。


 しかし、そのお店の一番奥まった席にはマダムではなく、高校生くらいの少年とスーツ姿の30代くらいの美女が何やら真剣な面持ちで対面している。


 ぺら、ぺら……チク、タク、チク、タク…。静かなカフェでジャズの音色が流れる中、時計の音とページをめくる音だけがやけに俺の耳につく。


「ふう……」


 コピー用紙の束をめくっていた目の前のスーツ姿の女性が一つため息をつき、紙束をどさっと机の上に置く。

 非常にスタイルの良い彼女の所作は、どの仕草一つとっても様になっている。


「では日向先生、今回の作品の方読ませていただきました」

「はい……」


 ついに判決の時が来た。当時は話題になったデビュー作が完結して以来、そこから鳴かず飛ばずで早3年。俺は今や「過去の人」だろう。


 だがこの作品には非常に自信がある。今まではファンタジーばかり書いていたが、今回はついにラブコメに手を出した。


 寝る間も惜しみ、最近の授業もすべてこの小説に費やしてきたから今までのとはわけが違う。

 睡眠と成績を犠牲にしたこの作品なら、今度こそ勝てる……!


「日向先生」

「は、はい、…!」

 

 ゆっくりと息を吸い、彼女は判決を下す。その時間は、永遠にも思えた……。









「申し訳ないですが、没です」





 目の前が暗黒に包まれ、ジャズの音色は遠ざかっていった。







「————先生!日向先生!」

 前島さん――――――俺の担当さんが俺を呼ぶ声でハッと目を覚ます。その手には、俺が先ほど渡した新作数十ページの束が握られている。



「あ、前島さん!俺の新作、読んでくれましたか?」

「ええ、読み終わりました。」

「そうですか!いやー今回結構な自信作なんで、流石に通ったんじゃないですか!?」

「そうですか……」

 何故かここ数分の記憶がない気がするが、多分感触も良かっただろう。なんせ自信作だしな!


「で、どうでしたか?」

「……ええと。」

「どうしたんですか、そんな言いづらそうに?」


 普段は冷静な前野さんにしてはらしくなく、言葉に言いよどんでいる。


「……あの、もう一度聞きたいですか?」

「————————いえ、結構です。」

 

 クリティカルヒット、俺はすべてを思い出した。




 ******


 改めて自己紹介をさせてもらおう、俺の名前は神野夕、ペンネームは日向 仁ひゅうが じん、高校生兼ラノベ作家………一応。


 高校に進学する際デビューさせてもらい、一応上下巻で完結まで書いた。


 現役高校生作家という事で、当時はそこそこの人気が出た。しかしそれからは鳴かず飛ばずで、プロットを提出しては没と言うのを繰り返し、現在高2、界隈ではいわば一発屋扱いされてしまっている……。


 対して俺の目の前に座り、優雅な所作でホットコーヒーを飲んでいるのが、俺の担当編集の前島翔子まえしましょうこさん、デビュー当時から俺の面倒を見てくれている人だ。すらりとしたスタイルに、キリっとした目つき。まさにキャリアウーマンって感じの人だ。


 まあ、それはそれとして……


「その……没ですか……」

「はい、没です」

 縋る様に聞くが、こちらに目もくれずに、一太刀で切り伏せられる。しかし、俺も諦めきれない。



「そこを何とかこう……ね?」

「ね?で何とかなれば、今どき本屋さんはパンクしてます」 

「ですよねー」


 沈黙の時間が流れる。隣のテーブルのマダムたちの笑い声が聞こえてくる。


「林田さんのお家、水道管壊れてしちゃったんですって~」

「あれま、大変ねー」

 会話中のに耳が反応してしまい、一人ダメージを食らう。


「林田さんって、確か丁度家族でボツワナに行ってる時だったでしょ?だから築くの遅れちゃったみたいでー。」

「あれま、そんなときにホントに災難ね~」


 再び、ダメージを食らう。っていうか大変だな林田さん。ボツワナ旅行中に家が水没だなんて。


「では、講評に移ってもよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします……」

 見ると、前島女史はもうすでにコーヒーを飲みきっていた。俺も没を受け入れて、大人しく腹をくくる。


「はい!煮るなり焼くなり好きにしてください!」

「別に取って食おうって訳じゃないですけど……」

 隣のマダムたちがびっくりしてこちらを見ていて、俺も反省して大人しくする。しかし、大人しくしていてもなかなか講評が飛んでこない。見ると、前島さんが言い淀んでいる。


 おかしい、普段あんなに厳しい講評をズバッと言ってくる前島さんがいいずらそうにするなんて……。もしかしたら、今回は、意外と惜しい線いってますみたいなコメントを貰えるかもしれない!


 一筋の希望が顔を見せ、俺は少し自信を取り戻す。まったく、素直じゃないんだから……。


「前島さん、言いずらいかもしれませんけど、全部腹を割って話してくださいよ。俺と前島さんの仲じゃないですか」


 前島さんも俺の言葉を聞いてもまだ迷っている。


「分かりました……ホントに良いんですね?」

「もちろんです。ちゃんと担当さんの声を聞けずに作家としての成長は望めないですからね!」

 

 俺は深く深く深呼吸をし、泰然とした表情で前島さんの顔をしっかりと見つめる。



「意気込みだけはほんと良いですね…じゃあその気概に免じて……行きますよ?」


 俺は全身が強張るのを感じた。さあ来い!どんな意見も受け止めてやる!俺は腹に力を籠める。前島さんはおもむろに口を開き、その指摘を、口にした………。



「まず……日向先生、ラブコメ向いてないと思います」

「ぐはっ」


 全然耐えられなかった。っていうか全く想定と違った。もっとこう、描写が足りないとか、そんな所から始めるもんじゃないの?いきなり火力高すぎない?

 俺はソファーの背面にたたきつけられる。


「大丈夫ですか?」

「まえしまさん…おれはいいから、つづけて……」

「いや、そんなヤ◯チャみたいな体勢で言われましても……?まあ先生がそう言うなら続けますよ?」


 俺を気遣いながら鬼畜ムーブをかますという高度なことをやってのける前島女史。

 一度流れ出した水が止まらないように、彼女の批評は止まらない。



「まあ、なんていうか、そもそもラブコメ展開が、こう、薄っぺらいんですよね……」

 

 ぐふっ


「なんていうか、こうあまりにも展開が安直というか、読んでるこっちが恥ずかしいというか」


 ぐふぐふっ


「あ、勘違いしないでくださいね。恥ずかしいっていっても、むずきゅん的なのじゃなくて。観測者羞恥みたいな、そっち系です」


 流石は編集者、共感性羞恥とは呼ばないらしい。必死にそんなことを考えながら、何とか意識を繋ぐ。まぁでもまだギリ耐えるレベル……



「ああ、この人多分女の子と遊んだ事とかないんだろうなーっていうのがひしひしと感じる、そんな作品に仕上がってますね」



「ぐっはあ」


 よりによって一番触れられたくない所を突かれる。いや!確かに彼女いない歴=年齢だよ?それは否定しないけど、でも、それは前島さんだって似たようなもんじゃ


「何か?」

「いやなんでも」


 やばい、微塵も目が笑ってない。これ以上言ったら何言われるかわかんない……。

 だが、俺の心配とは裏腹に言いたいことを言いきったのか、彼女はため息をつき、フォローに回ってくれる。


「でもいい点はあるんですよ?先生の文章力は健在ですし、情景描写の美しさは流石の一言です」


 僅かながらの褒め言葉で回復し、ようやく俺はヤムチ〇体勢から復帰する。


「あ、ありがとうございます。いや、今一瞬天国が見えるかと思いましたよ……」

「でも、それなら前作みたくバトルもの書いたほうがいいよねって話なんです」

「うっ……」 


 ぶっちゃけこれが一番効いた。ああ、でも美人に詰められるのも悪くない……。


 おしゃれなカフェで新しい扉を開きそうな俺を冷めた目で見ながら、前島さんは紙束の底を揃えてもう一度テーブルに置く。



「何考えてるのか分かんないですけど、とりあえずこれは没です」

「……ひゃい」



 没という言葉を聞き改めて自分が完全に敗北したことを思い知る。ここまでメタメタにされると一周回って悲しくはなってこない。


「やっぱ向いてないんですかね、ラブコメ」

 


 こればっかりは才能の問題だ、完全に打ちひしがれている俺に対して、それと対照的に何故かにこにこしている前島さん。どんだけドSなんだよこの人は……


「あの、日向先生」

「なんですか」

 と、打ちひしがる通り越して膨れていると、前島さんは少し身を乗り出してくる。



「やっぱり、ラブコメ書きたいですか?」

「そりゃあまあ。書きたいに決まってるじゃないですか」


 何を当たり前の事を……、でもそれができないから困ってるんでしょうが……。しかし、俺の返事を聞いた前島さんはニヤリとする。


「なら、一ついい提案があるんですけど」

「いい提案、ですか?」

「ええ、凄くいい提案です。多分先生のラブコメ力を上げるには、多分これが一番早いと思います……」


 何この人、急にとんでもないこと言い出したんだけど。


「え、そんなのあるなら早く教えてくださいよ!」

「ふふ、知りたいですか?」


 ぶんぶんと頭を縦に振る俺。新作を書ける代償なら、ギリ坪くらいなら買える。


 その反応を見て、前島さんは不敵に笑う。彼女はずいっと更に体を乗り出し、俺にその「凄くいい提案」をしてきた。







「日向先生、相方を、つけませんか?」




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