第12話:続く合法殺人 ~ "元"五叡人の存在
-2週間後-
とある大手建設会社のオフィスビルでは役員会議が行われていた。
60代後半ほどの初老たちが大きなテーブルを囲み、定例の内容がスムーズに流れていく。
やがて会議が終了すると、一人の役員が社長の男に声をかけた。
「あ~、社長。今週の日曜日、例の件で先方さんに伺いますので」
「例の件?なんだ?」
「ほら、例のトンネル崩落事故の件ですよ」
それを聞いた社長の男は、明らかに不服と言った表情を浮かべた。
「はぁ~、やれやれ面倒だなぁ。毎年行かないといけないのかね?」
「まぁそりゃあ、ウチの手抜き工事が原因ですからねぇ。世間体としても行くべきかと」
「もう世間も忘れてる頃だろ?」
「しかし、またあの弟さんに騒がれると面倒なことに…」
「全く、葬式であれだけピーピー騒ぎ立てておいて。いつまでも女々しい男だ」
「ご辛抱を。これ以上捜査が入って横領の件までバレたら、いよいよ我が社は…」
役員の説得に、舌打ちをしながらも渋々と犠牲者弔慰への参加を了承した社長の男。
やがて自社ビルを出て愛車であるベンツに乗り込み、自宅へと向かう。
高級住宅地に佇む一軒家の門を開けようとした、その時、
「お前らがまともに仕事してれば、兄貴は死ななかった…!」
社長の男が声のする方向を振り向くと同時に、閑静な住宅街に控え目な銃声が響き渡る。
凶弾を胸に受けた社長の男は、状況を把握する間もなくその場に倒れ込んだ。
そして先日のアパートで起こった暗殺と同様、男は携帯していた一枚のカードを死体の傍に置き、その場を去って行くのだった。
立て続けに起こった、注目度の高い事件に関連した二つの合法殺人。
報道が過熱する中、官邸の一室では総理議長が鎮痛な面持ちを浮かべている。
机の上で肘をつき、祈るように合わせた手を額に当てている。
(私は…とんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない…)
遂に断行された一般国民による合法殺人に、議長は強い迷いと責任を感じていた。
同時に、狂気の沙汰ともいえる行政の形に決断を迫られる。
(仮にこれが理想国家の礎になるとしても、こんな独裁恐怖が許されていいのか?犠牲の上に成り立つ政治など私の理想ではなかったはず。国民の判断に任せるべきではなかった。このままでいいはずがない!)
議長は力強く立ち上がった。
すると、議長室に秘書の女性が姿を現す。
「議長!こちらをご覧ください!」
「どうした?」
秘書が見せたのはタブレット画面に映された世論調査の結果グラフ。
「…!」
そこには議長の思惑とは裏腹の結果が現れていた。
「速報結果ですが、素晴らしいです!党の支持率が90%を超えました!」
「…」
「我が党発足史上初の快挙です!現在まだ分析中ですが、やはりこの度の殺人免許が最後の一押しを担ってくれたかと」
事実、世論は割れながらも、その大半はセンターの英断を崇拝する声で埋められていた。
「センター万歳!」
「腐れ外道ども、ザマァみろー!」
議長はやりきれない表情を浮かべながら、強く握っていた拳を人知れず緩めるのだった。
免許センター、総理議長、エニシゲ、ザキル、そして全国民それぞれが各々の立場や思惑を錯綜させる中、殺人免許合格者による公認暗殺は続いた。
保身のために新薬の申請を却下した薬学会の幹部、交際相手に覚醒剤を盛った男、動物虐待の過激動画で再生数を稼いでいた配信者。
世間的注目度が高く、一般心理から見て見合うだけの罰が課されていないと思われる者たちが次々に関係者から報復の刃を受けていく。
世間では称賛する者、怯える者、疑問を呈す者など、まちまちの反応が飛び交っているが、その大多数は肯定的な意見だった。
ニュースなどで国民の琴線に触れる不届きな人物が現れると、群衆がセンターへ殺人免許の認定を求めるデモが発生するほど、殺人免許は民意をとらえる結果となったのだった。
やがて免許センターや現議長の支持率が93%を上回った頃、いつもの極秘会議室には五叡人が集結していた。
テーブル上には最高級ワインやシャンパンをはじめ、宴の彩りが広がっている。
ウダ、プセアピバコ、ウワグツ、ムシの4人は静かにグラスをぶつけ合う。
「ウダさん、おめでとうございます。大成功と言っていいでしょう」
「恐れ入ります」
「いやぁ~、マジ痺れますねぇ~。合法殺人で国を治めるとか、まさに人間チェスって感じ。好みだわ~」
「法で縛り上げるのではなく、民の恐怖心と想像力で自戒を促すところがこの法案の妙。クーデター勃発の線も薄い。まぁ、私は役柄上手持ち無沙汰だがな」
「ははは、確かに"軍隊屋"としたら立場ないッスよねぇ」
「もう少しデータが固まったら、この成功テンプレートを外国に売るのもいいかもしれませんね」
「悪くないな。敗戦以来この国が核保有国を上回る発言権を得る未来も面白い。今度外交大臣を招くとしようか」
「驕らず、更により良い国へと邁進していきましょう。事件も犯罪もゼロになった訳ではない」
「ひょお~、向上心あるッスねぇ~」
すると、プセアピバコがある人物を話題に挙げた。
「"あの女"も今頃さぞかし悔しがっていることだろうな」
「ああ、"シラトリ"さんッスか?」
「三行半を叩きつけた手前、センターの成功はさぞ歯がゆかろう」
「あっはは、確かに。あの人ってば免許規制にだいぶ反対してましたもんねー。今頃何してんスかね?」
一同は元五叡人の存在をネタに少しの談笑を繰り広げる。
やがて酒が進むと、ウワグツの何気ない発言を元に話題がウワグツの昔話へとシフトする。
「いやぁ、こういう慎ましい祝杯がいいですね」
「ん?何がスか?」
「いやね、前の職場では祝杯が上がるたびにオフィス内でどんちゃん騒ぎしたもんですよ。酒、ドラッグ、セックス、何でもあり。パーティの見世物では1万ドルで丸坊主にする女性までいました。私はどうもその社風が肌に合わなくてね」
「ほう、なかなか愉快な職場だな」
「ええ、若い頃の私にとっては刺激的な毎日でしたよ。まぁ、最終的には見限ったんですがね。彼の仕事にはポリシーがなかった」
「彼?」
「社長の男です。ウォール街で"狼"と呼ばれていましたが、結局は彼も会社も破滅しました。まぁ、分かっていたことですが」
「ほう、"サムライ"と呼ばれていた貴君が切り捨てた形か?」
「いいえ、頃合いを見て静かに去りました。彼の会社が倒産したのを見計らって自分の会社を興しました。"武士の情け"というやつです」
談笑が続く中、ウダはふとスマホを取り出すと、画面に騒がしくポップアップする通知に目が奪われる。
すると、
「!」
スマホにめを奪われるウダの反応に気付いたウワグツが声をかける。
「ウダさん?どうしました?」
すると、ウダはテーブル上にあるリモコンを取り室内のテレビをつけた。
そこには慌ただしい様子で緊急ニュースを報道するキャスターの姿が映る。
<本日未明、かねてより国家へ対する反逆罪で捜査が進められていた地下犯罪組織のリーダーと思われる男からの声明動画がネット上に流出いたしました>
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