第8話:殺人免許訓練開始 ~ 見えぬ意図と隠れた動き
突然面会と称してザキルの前に現れた一人の男。
高級スーツに身を包んでいるその人物は、いつもと変わらぬ不敵な笑みでザキルを迎えた。
ザキルは自身を陥れた首謀者の登場に感情が膨らみ、静かにパイプ椅子に座ると相手を強く睨んだ。
「調子はどうだい?」
「…」
「ニュースは見てくれたかな?」
「…」
「君のお陰で無事、殺人免許は正式に発足に至ったよ。ありがとう」
「…」
「これでより良い国にすることが出来るよ。本当にね…」
「…」
ザキルは沈黙を貫いていた。
ウダも想定内の反応だと言わんばかりに、無機質な笑みを崩さないままメガネの位置を直す。
「ふふ、まぁそう睨まないでくれたまえ」
「何の用だ?」
「いや、特に用事があった訳じゃない。ただお礼を言いに来ただけだよ」
「あぁ?」
「もう少しで決着がつく。君には感謝している。申し訳ないとも思っている、本当だ」
「…?」
「それじゃ」
どこか意味深な言葉を残し、ウダは僅か3分で面会室を後にした。
ザキルは自身の独房に戻った後も、ウダが放った言葉の意味を勘繰る。
("決着"…?)
ザキルは改めて記憶の中でウダとの出会いまで遡り、ウダの言動に思考を張り巡らせる。
(腹を括った目だった、野郎何を企んでやがる…?)
しかしウダの真意を掴むことは出来なかった。
ザキルは強い胸騒ぎを感じつつも、何もできない今の状況に無力を感じ小さく舌を打った。
やがて、ザキルの胸騒ぎは最悪の形で実現することを、本人すらも知らぬまま時は流れるのだった。
殺人免許可決の発表同日、五叡人たちはいつもの会議室に集まっていた。
モニターに映るセンター長を中心に、殺人免許運営に関する最初の会議が始まる。
「まずはどれ程の申請が来るか楽しみだな」
「ですねぇ」
「意外と少ないと思いますよ。恨みあったとしても自分が人殺しになる覚悟ある奴なんてそうそういないッスからねぇ」
殺人免許の本格始動に当たり、まず議題に挙がったのはその承認基準だった。
<民意を見極め、あくまで大多数の納得を得る人物に絞り最低限の数を承認していきましょう>
「信賞必罰、国家の向上に大きな効果が見込める有名人が理想だな」
「機密保持のため申請はネット限定にした方がいいでしょう」
「まずは2~3人くらいですかねぇ」
「ええ、それ位の承認が適当かと」
すると、沈黙を貫いていたウダにセンター長が声をかける。
<あくまで最終決議は私と五叡人の皆様で行います。いいですね?ウダさん>
「!」
会議室に何故か緊張が走った。
ウダの反応を注意深く見守る他の三人。
しかしウダは落ち着いた様子だった。
「無論、結構です」
<…分かりました>
やがて緊張の糸が解け、この発言を皮切りにウダが会議をリードし始める。
「申請フォームは既に作成しました。今システム管理局のイロヨクさんへウェブ開設をお願いしているところです。免許講習の施設準備や武器の納品などの雑務もこちらで手配いたします。国防局にツテがありますので直接話を通す予定です」
「さーっすが国内屈指の"組織屋"、顔広いッスねぇ」
「講師は古い知り合いにアテがあります。皆さんには申請者の書類を下見していただきある程度ふるいにかけておいていただけますでしょうか?」
「了解です。いやぁ助かりますよ、もうこっちはアレコレ手一杯で」
<結構です。では発案者ウダさんの手動で準備進めて下さい>
こうして、第一次殺人免許運営会議はスムーズに幕を閉じたのだった。
-同日の20時-
ウダは閑静な住宅街にある自宅へ戻っていた。
「ただいま」
「お帰りなさい、アナタ」
妻の出迎えに笑顔で答え、羽織っていたコートを預けるウダ。
「ユカリ、どんな調子だ?」
「えぇ…」
どこか重苦しい空気が流れるリビング。
ウダは"Yukari"のネームプレートが下げられたドアを眺めていた。
「今日は少し口数が多かったわ」
「そうか…」
すると、ウダはソファに腰を下ろし、バックからあるものを取り出し妻に渡す。
中身を空けると、そこには二人分の航空券が入っていた。
「何?これ」
「ホテルやコーディネーターも手配しておいた。少しの間、二人でゆっくりしてきなさい」
「えぇ!?」
「とても環境のいい国だよ。ユカリのこともあるし、君もたまにはゆっくり休みを取るといい」
「アナタは?」
「もう少しで仕事が落ち着きそうなんだ。そしたら後から合流するよ」
「でも…」
「出来るだけ急いで仕事を片付けるから」
そして二日後、ウダは妻と娘が乗る飛行機をデッキで見送っていた。
やがて機体が空の彼方に吸い込まれてその姿を消すと、ウダは背を向け歩き出す。
「さて…」
-翌日-
殺人免許成立により走った激震の余波は翌日も続いていた。
どのニュース番組でもキャスターや著名人たちが制度に関する激論を繰り広げている。
国民はそれぞれがこれからの行く末に期待と疑念を入れ交えながら、日々の生活を再会していた。
そんな中、街中の家電量販店の前に一人の男が立ち尽くす姿。
店頭に並ぶテレビの映像を凝視する黒い角刈りの男は、殺人免許に関する報道をしばらく眺めた後、漆黒のコートをなびかせながらその場を歩き去って行くのだった。
-数日後-
とある街外れの山奥では普段聞きなれない喧噪が走っていた。
数台のジープが並んで狭い山道を走り、到着したのは閉鎖となっていた軍事施設。
建物の近くに駐車すると、中から一人の軍人を連れたウダが姿を現した。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!防衛局武器科の者です。要請のあった装備品等をお持ちしました。こちらが書類です」
「ご苦労様です」
隊員の男はウダがサインを記したことを確認すると、部下に指示を出し、ジープの中から厳重に梱包された木箱を次々と建物の中に運んで行く。
やがて全ての荷物が運び終わると、ウダと軍人は建物の中へ戻って行った。
その姿をしり目に、隊員たちはジープに乗ってその場を走り去って行く。
車内ではどこかソワソワした隊員たちが噂話を始める。
「ここで訓練されんのかぁ、合格者たち」
「どんな連中が集まるんだろうな?」
「いやそれより武器の量だよ。ジープ8台分ってちと多すぎないか?どんだけ合格者出すつもりなんだ?」
「訓練の内容も気になるよな、俺も受けてみたいなぁ」
「不謹慎だぞ。我々はあくまで自衛としての戦力なんだから」
「そんな平和ボケしてていいのかよ?不戦条約なんて結局人間が決めてることだろ。いつどっから大軍に侵略されるかもしれないってのに」
「一体誰が教官になるんだろうなぁ…?」
すると、高い壁の向こうから突然小さく銃声が轟いて来た。
「!!」
「もう始まってるんだ、殺人免許講習…」
周囲が森林に囲まれた人気の無い施設内で極秘裏に行われる国家公認の暗殺訓練。
隊員たちはヴェールに包まれた多くのことに後ろ髪を引かれながら、施設を後にするのだった。
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