第7話:激動 ~ 消えた二つの権力
事務局長のエニシゲは沈黙を貫き、一人険しい顔をしていた。
(か、可決された…。本当に…)
やがて、センターが開庁時間を迎える。
すると、通常の3倍以上もの来訪者が局内になだれ込んで来た。
通常の来訪者に加え、殺人免許に関する質問者が殺到し職員たちは対応に追われる。
「もう少し、もう少し詳しく教えて下さいよぉ!」
「あの、ですから、これ以上の詳細は秘匿事項なんです。だからこそ意味のある制度で…」
「なんか、その、今から余計に罪を償う方法とかってないんですか?ほんと、本当に反省してるんです!」
「どれ位で結果が分かるんですか?不合格通知とかも来ないんですか?」
「冗談じゃないよ!公平な裁判もないまま死刑囚にされるなんてどうかしてるって!」
また、事務局の前では反対派のデモが熱を増していた。
「残虐非道な暴政を許すなー!」
「法治国家に対する冒涜だー!」
「独裁政権の波を止めろー!」
カオスな光景が広がる中、局長のエニシゲも膨大な事務処理や電話対応に追われる。
そんな中、一人の男性職員がエニシゲに声をかけた。
「局長、お客様です」
職員が指し示す方向には、20代中頃と思われる一人の女性が立っていた。
スーツスカート姿に艶やかな黒髪をなびかせる美女、ビジネスバッグを両手で持ち下げる姿はどこかしおらしい雰囲気を纏っている。
エニシゲが歩み寄ると、その女性は名刺を差し出し自己紹介をする。
「あ、初めまして!私この度センター様の顧問アドバイザーとして担当させていただく、キサラギ・ウミと申します」
「あぁ、保険会社の!聞いてます、私、当事務局長のエニシゲと申します」
互いに名刺を交換をすると、エニシゲはパーティションで仕切られた応接間にキサラギを案内する。
ソファに腰を下ろすと、キサラギは早速といった様子で資料をテーブルに差し出した。
「本日は簡単なご挨拶だけ。こちらが資料です。一通りのご提案プランを記載しておりますので、まずはご一読下さい」
(…綺麗な人だなぁ)
エニシゲはタイトなスカートから伸びるシルクのような肌のおみ足に釘付けとなっていた。
「あ、ありがとうございます!資料を職員に展開しておきます。来週オリエンテーションの時間を設けますので、詳細はその時に是非」
「はい、是非よろしくお願いします」
可憐な美女を前に、エニシゲは渡された資料に目を通しながら照れくさそうに後頭部をポリポリと掻く。
「い、いやぁ、個人的には保険っていまひとつ疎くて」
「うふふ、でもきちんと考えておいた方がいいですよ」
「そ、そうですよねぇ」
「このご時世、いつどこで何があるか分からないですから。いきなり暴漢に襲われて撃ち殺されるなんてこともあるかもしれないし」
「え!?」
エニシゲはキサラギの発言に強く反応した。
保険のセールストークにしてはいささか奇抜な文言、ましてや幼顔の可憐な美女が口にするには明らかに似つかわしくない内容だった。
エニシゲが一瞬言葉を失っている数秒間、突然ある人物が姿を現す。
「どうも、初めまして!私、国家免許センターシステム管理局局長のイロヨク・ニゴレイと申します!どうぞ、お見知りおきを!」
二人の間に割って入り、エニシゲを押しのけるようにして身を乗り出したのは、スケベ癖のあるイロヨクだった。
至近距離でキサラギの手を掴み上げ強制握手をするイロヨク。
「イ、イイ、イロヨク!?お、お前一体どっから?」
イロヨクはエニシゲの声など微塵も介さないといった様子でキサラギに迫る。
「いやぁ、なんともお美しい!アナタのような方に担当いただけるなんて、もうボクの人生は保障されたようなもの。この命、喜んでキサラギさんへお預け致します!」
「ど、どうも」
イロヨクの押しに若干引き気味のキサラギ。
そんな相手の隙をつくかのように、イロヨクの眼球レーダーはキサラギの胸部にロックオンされる。
(E!トップバスト88、アンダーバスト66のEカップ!)
イロヨクがいやらしい目でキサラギを凝視する横で、キサラギはエニシゲに対し必要な説明を終え、暇を告げる。
「それはで、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ!」
対応を終えたキサラギは深々とお辞儀をして事務局内から去って行く。
短めのスーツスカート、童顔に似合わないプロポーションは、エニシゲやイロヨクのみならず多くの男性職員の目を釘付けにしていた。
「いやぁ~、なんていい女なんだぁ~。何色のパンツ履いてんのかなぁ~?」
「あ、あのなぁ、イロヨク、お前一体どっから湧いて出たんだよ?」
「美女のいる所にイロヨクあり、だ!」
「仕事しろ!」
-同じ頃-
ブタバナは国家集案堂にて秘書の男を怒鳴りつけていた。
「さっさとしろ!」
「は、はぃ!」
殺人免許可決により焦るブタバナは、再び派閥議員をかき集めてセンターへの殴り込みを計画していた。
「もーこうなったら人海戦術のカチコミじゃい!奴らの業務を妨害してやる!何日でも居座り続けてやるわい!」
国家集案堂の大会議室に到着しドアを開けると、そこには想定外の光景が広がっていた。
「は!?」
およそ100人は収容できるであろう広い会議室には、人っ子一人の姿も見えない無人空間が広がっていた。
「おい、誰もおらんぞ?」
「は、はい…」
「貴様、部屋を間違えたのか?」
「い、いえ…。間違いありません」
「何ぃ?どういうことだ?」
「そ、それが…」
秘書の男は気まずそうに真相を告げる。
「そ、そのぉ…皆様やはりこれ以上センターへ抵抗することには強い抵抗がおありのようで…」
「なにぃ!?」
「皆さん、我が党からの離党を表明されまして…」
「はああぁぁ!?」
ブタバナは怒りに顔を赤らめ激昂する。
「くぃぃぃ~~!!腰抜け共がぁ、ふざけおってぇぇぇ!」
「い、いかがなさいますか?」
「もういい!ヨツビシグループの会長にアポを取れ!政治献金を増額させて体制を立て直す!」
「い、いえ、その、それが…」
秘書の男は再び言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「なんだ?ハッキリしろ!」
「そ、その、先方様よりパーティの招待リストから除名したと申し出がありました」
「なっなにぃ!?」
「主要献金先より絶縁状を突きつけられました。事実上、我が党は解散に…」
「…ハァァッッ!?」
ブタバナは一瞬頭が真っ白になったものの、即座に今の状況を理解した。
人員、資金を共に失い、あっという間に政治家生命を絶たれた男は、その場に立ち尽くすしかなかった。
そしてついに、秘書の男までもが三下り半を突きつける。
「それでは、私もこれで失礼いたします」
「な、あ、お、おい!」
ブタバナの制止も聞かず、秘書の男は会議室から姿を消した。
やがて、広大な会議室に、一人取り残されたブタバナの断末魔が轟く。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
ブタバナは堰を切ったように暴れ狂いだした。
近くにある小物を手に取っては壁やガラスに投げ付け、何度も机を叩き、椅子を転がす。
止まらぬ怒りと絶望を、崩壊していく部屋の状態に表していくのだった。
同じ頃、もう一人の権力が終わろうとしていた。
国営放送局本部、自室では会長の男が苦い顔を浮かべていた。
すると、突然ドアがノックされ、数人の放送局幹部職員たちが入室してきた。
「なんだ?」
「会長、本日今時点より取締役会から抜けてもらいます」
「はぁ!?なんじゃとぉ?」
幹部の男性職員は唐突に、会長に対し独裁運営を廃止するように求めた。
「貴様、一体何のつもりじゃ?」
「言葉通りです。もうアナタの私利私欲に付き合う義務はありません。これから私たちは公明正大かつ国家民主主義のため意義ある報道を行っていきます。無意味なアンチセンター報道も金輪際行いません!」
「な、何ぃ!?」
「圧力をかけるならどうぞご自由に。但し、これからはアナタも覚悟を持って権力を使った方がいい。殺人免許の申請は全国民共通の権利だそうです」
「…!」
「これまでセンターに対し無数の嫌がらせをしてきたあなたの申請が通る可能性は信じない方がいい。暗い夜道にはどうかお気を付け下さい」
そう言うと、集まった幹部職員たちは全員首から掛けていた職員証を会長の胸元に放り投げた。
飼い犬に手を嚙みちぎられた会長の男は、高血圧に拍車をかけるように鼓動を鳴らすのだった。
こうして、国内屈指の権力を持った二人の男が僅か1日の間にその地位を失墜させた。
望む望まぬの声に関わらず、センターの独裁化は間違いなく進んでいたのだった。
-同日-
拘置所の独房では、ザキルが一人で物憂げな表情を浮かべていた。
自身が計画の主軸を担った殺人免許の成立をニュースで知り、強い不安を抱えている。
すると、突然刑務官の男が現れ声をかけられた。
「面会だ」
「!」
予定に無かった面会連絡に驚くザキル。
(面会…誰だ?)
心当たりのないザキルは刑務官に案内されるまま面会室へと向かう。
部屋のドアを開けると、アクリル板の向こう側には最も意外な人物が座っていた。
「やぁ」
「!?」
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