第5話:論破 ~ 法令遵守という狂気
センター事務局で鉢合わせとなったブタバナ一派と五叡人の二人。
大きな会議室に集まった両者は、テーブルを挟む形で陣営を構え睨み合う。
二人対十人の構図ながら、プセアピバコとウワグツはどこか余裕の表情だった。
誰が号令をかけることもなく、ブタバナが口火を切る。
「もう一度だけ忠告してやろう、このふざけた立案を今すぐ取り消せ!」
牙をむくブタバナに対し、プセアピバコが先陣を切って迎え撃つ。
「懸念や心配も無理はない。が、もう少し冷静になられたらどうだ?」
「ナメた口を利くな、小娘がぁ!」
感情論と気迫のみで押し切ろうとするブタバナを前にし、プセアピバコは終始余裕の姿勢を崩さない。
「はーっははは。齢42にして"小娘"呼ばわりされるとは。いささか気持ちがいいものだなぁ」
すると、ブタバナの側近と思われる議員の男が冷静な口調で建設的な議論を展開し始める。
「制度の大綱は拝読いたしました。僭越ながら、独裁暴政と言わざるを得ないと存じます」
プセアピバコも相手の物腰に合わせ反論を呈し始める。
「異論は認めよう。だからこその国民投票だ。文句あるまい?」
「し、しかし!」
「気になるのであろう?我々が設ける承認基準が」
「!」
「もしかして、センターに反旗を翻す自身らが暗殺の標的になるのではないか?とな…」
「う…」
核心を突かれ、黙り込む議員の男。
すると、プセアピバコは緊張の糸を切ったかのように再び高らかに笑い声を上げる。
「はははははははは。安心していい。我々は決して組織や個人の私利私欲のために暗殺を承認したりはしない。あくまで治安とモラルの向上、ひいては理想国家への布石。例え貴君らが我々組織の根底を覆す法案を発議したとしても、それが国にとって最良と思われるのであれば甘んじて受け入れる所存だ」
「し、信じろと…?」
「これまで我々が成し遂げてきた功績の全てがその証拠と言えよう?」
「し、しかし、やはりこの立案は問題だらけです!そもそも一般人に武器の携帯を許可するなど狂気の沙汰だ!事件の誘発になりかねない」
「そうです!報復殺人の合法化なんて狂気の沙汰だ!外交でも非難の対象になります!」
「狂気の沙汰…?」
すると、プセアピバコは凛とした表情に切り替わり、独り言のようにぼやき始める。
「…やはり生ぬるい。これが平和ボケした島国の成れの果てか…」
「なんですって?」
やがて、プセアピバコの口調が段々と強みを帯び始める。
「幼子を殺めた鬼畜が法の壁に守られ寝床と三食を保障され、遺族は報復の機会すら与えられず人生を奪われたまま泣き寝入り」
「え…?」
「権力者の親に守れた愚かな餓鬼に蹂躙された少女に、今の法は一体何を差し伸べた?」
「…」
「我々が提唱する殺人免許は既存の死刑制度に民意を融合させ、未然已然共に被害者や遺族を救済する究極の治安法案だ。果たして、旧態依然脆弱性だらけの法を擁護する貴君らと我々、一体どちらが狂気の沙汰かな?」
ぐうの音も出ないといった様子のブタバナ派議員たち。
そんな中、苦し紛れに発した一人の議員の発言がプセアピバコの感情に火をつけた。
「で、ですが!やはりセンターのみの判断で命の選別を行うのはあまりにも乱暴だ。せめていくつかの外部機関と連携し公正公明な審査をするべきだ!」
「無能も大概にしろ!」
「!?」
プセアピバコが声を荒げ、議員たちは息を飲んだ。
「一体何度過ちを繰り返せば気が済む?貴様らには学習能力というものがないのか?」
「…!」
「肥大した風通しの悪い組織で起こるのは所在不明の責任がたらい回しにされる愚挙。過ちを指摘された老害共は認めるどころか認識すらできない始末。そんな不貞腐れ共が行う井戸端会議に血税が払われるカルトを誰一人として止めようともしない」
「う…」
「いいか?はっきりと言ってやろう。今この国に必要なのは多数決などではなく"正しい独裁者"だ」
「!!」
傲慢とも言えるプセアピバコの圧倒的な自信と雄弁さに、生温いけん制議論になれてしまっていた議員たちはグゥの音も出ずにいた。
完全劣勢となっている状況にも関わらず、唯我独尊のブタバナだけはその傲慢な性格と無知から不毛な感情論を投げ返す。
「詭弁だぁ!お前らのような気狂い連中の独裁政権なんぞ、断じて許すことは出来ん!」
一旦気迫を取り下げ、まるで駄々っ子をあしらうかのような吹き笑いを見せたプセアピバコは、背もたれに寄りかかり足を組んで再び口を開いた。
「ずいぶんとお気に召さないようだが、ご自身が対象者となる心当たりでもおありかな?」
「なっ、何だと!?」
「言わずもがな、この制度は政治家や党首とて例外ではないのでね」
「き、貴様ぁ、党首であるこの私を脅すというのか!?」
「自分に良識があるなどと勘違いするなよ?貴様を国政人として選んだのはその大半がサル程度の知能しか持たない烏合の衆と、腐敗権力がかき集めた泥塗れの組織票だ」
「なっ、何ぃ!?」
「国情を熟知した有識人の一票も、時価総額7兆企業CEOの一票も、怠惰に落ちた浮浪者の一票も全て同じ価値。平等公平という奇麗事の元に生まれた悪しき弊害、その象徴がお前という訳だ」
「っくぅぅぅ!!」
完全に攻撃態勢に移ったプセアピバコは、言葉の選択を削ぎ忌憚ない現実を叩きつける。
「これより淘汰が始まる。お前らは運がいい。更生の時間が与えられるのだからな。ここが戦場でないことに感謝するがいい」
「か、神をも恐れぬ…」
「その通り、我々は神を超えようとしているのでな」
椅子に深く座り、拳の上にアゴを乗せるプセアピバコは不敵に笑う。
ブタバナや議員たちにとって、その姿はまるで死神のように見えていた。
畏怖するブタバナ一派をよそに、プセアピバコとウワグツは席を立ち、風格を保ったまま会議室を後にするのだった。
完全論破を果たしたプセアピバコは、ウワグツと共に表で待つリムジンへと向かう。
二人はセンターフロアを闊歩する中で、圧倒的なオーラにより周囲の視線を集めていた。
やがて車に乗り込んだ二人は行先を告げると、車内に用意されていたコーヒーを嗜みながら談笑を始める。
「いやぁ、予想通り、私の出る幕はありませんでしたねぇ」
「独り占めしてしまい申し訳なかったな」
「いえいえ、楽しませてもらいましたよ。あなたの雄弁さを見ていると昔の上司を思い出します」
「その辺りの話も今後聞かせてもらおうか」
二人を乗せたリムジンは誰も知ることのない行先へと消えていくのだった。
その頃、数人の部下を引き連れたブタバナは国家集案堂に到着し荒れ狂っていた。
「うぬれぇぇ若造共がぁぁ!ナメくさりおってぇぇ!どこの馬の骨だぁぁ?」
プセアピバコに打ちのめされ、廊下を早歩きで闊歩しながら毒を吐き散らす。
「詳しくは調査中ですが、どうやら連中ただ者ではないかと…」
「由々しき事態です。もし万が一あんな免許がまかり通ればまともな政治はできなくなります!」
「たわけ!あんなバカガキ共の戯言など上手いこといくか!何も分かっとらん!」
「し、しかし、連中がこれまで上げてきた功績を考えると…。国民が賛成に傾く可能性は大いにあるかと」
「何とかしろ!どんな手を使ってもいい!反対票をかき集めろ!」
「え、でも、一体どうやって?」
「それを考えるのがお前らの仕事だろうが!」
「は、はぁ…」
「…っこの無能共めが!もうよいわ!私はこれから会長の所に行ってくる!」
そう吐き捨て、ブタバナは表で待つ車に乗り込み、颯爽と国営放送本部へと向かうのだった。
-30分後-
国営放送局本部に到着したブタバナは急ぎ足で会長室へと向かう。
ドアを開け、高級レザーソファーに座る会長を見付けると、その向かいの席に腰を下ろす。
「会長殿!ニュースは御覧になられましたな?」
「うむ。全くけしからん連中じゃわい」
「いかがなさいますか?連中これを機に独裁暴政に乗り出す気ですぞい!」
「もう手は打ってある。ワシが持つ全放送局で徹底的にこき下ろしてくれるわい!」
「さすが会長殿!」
「連中の肩を持つ記者もキャスターも全員クビじゃ!1秒とて肯定報道なんぞさせてなるものか!このワシに逆らう奴は一生メディアで仕事できんようにしちゃる!」
会長の宣言通り、国内で多大な影響力を持つ複数のメディアでは、連日センターの殺人免許立案に対する批判報道で溢れた。
独裁、非道、暴走、暴政、表現の限りを尽くし、殺人免許成立阻止を国民に訴えかける。
その絶大な資金力と影響力を武器に、多くの著名人や芸能人たちに反対声明を半ば強要する会長の男。
<みなさん、どうか落ち着いて冷静な判断をしてほしいと思います。あなたの家族や大切な人が独りよがりの誤った判断で殺される可能性だけじゃない。あなたの家族や大切な人たちが人殺しになる可能性だってあるんです!>
メディアでそう発信するのは、国内屈指の高感度を誇る俳優の男。
映像を見た国民たちは大きく揺れていた。
「確かに、そうだよな…」
「いくらセンターでも、なぁ…」
国家の英雄として君臨する免許センターではあったが、発足当初から存在していた反対派たちがここぞとばかりに声を上げる。
また、潜在的に免許制度の懸念を抱く国民たちもまた、今回の奇抜かつ過激さの色濃い立案に不安を膨らませていた。
まさに物議騒然となる中、総理議長は官邸の自室でニュース映像を眺めていた。
「神よ、どうか導きを…」
祈ることしかできない議長はそう呟き、机の上で両手を組みその上に額を乗せる。
同じ頃、センター長はどこかの暗い部屋にいた。
何も発することはなく、ただただ同じニュース映像を眺めている。
そして、事の成り行きを誰よりも注視する一人の男。
殺人免許の発議者にして五叡人の一角であるウダは、自宅と思われる高級マンションの窓から街を眺めていた。
(こればかりは、天命を待つしかない…)
気が気でないといった様子で険しい表情のウダをよそに、やがてタイトなスケジュールが組まれた殺人免許認否に関する国民投票は断行された。
まる一週間をかけて行われた投票は、デモの影響を受けながらも徐々に完遂へと近づく。
そして8日目、全国で即日開票が執り行われた。
各体育館の床を埋め尽くすほどの投票用紙が投票箱から滝のように流れ落ちてくる。
「こりゃすげぇ!この国始まって以来の投票率だよ」
係員たちは1枚1枚結果を記録していき、その作業は夜通し行われた。
そして深夜2時30分、ひとつの結論が導き出されるのだった。
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