第3話:錯綜する民意 ~ 悪魔の目論見に踊る人々

-2日後-

ひとつのニュース報道が国土を震撼させた。


<速報です。本日国家免許センターが、新免許制度の立案を公表しました。新免許の名称は"殺人免許"、センターが認可した対象者に対し、合法的な報復殺人を許可するものとのことです>


前代未聞のニュースは瞬く間に国内全土に広がった。

ほぼ全ての番組やメディアがこぞって殺人免許の立案を報道する。

その詳細を食い入るように見る国民たちは、戦々恐々とした反応を示す。


「え、お、おい、マジかよ…」

「え、ウソでしょ?殺人とかヤバくない!?」


やがて報道の中で免許制度の意図が詳しく報じられると、様々な意見が飛び交い始める。


「ん-、なるほどなぁ…」

「確かに今の司法って甘すぎる感はあるよね」

「でもさ、これガチ目の独裁恐怖政治にならない?」

「確かに誰もセンターに逆らわなくなるだろうし、センターの判断とか裁量ってどうなの?って問題もあるよね…」


すると、報道キャスターはザキルの存在に触れ始める。


<また、先日犯人が逮捕された連続通り魔殺人事件の発生が世間に与えた影響を参考にした、との声明も出ています。なお、本件に関しセンター代表者からの正式な会見の予定はないとのことです>

「なるほど、闇討ちマンが出た頃から犯罪とか通報が激減したって言ってたもんな」

「いよいよ理想国家のためには何でもござれじゃん?連続殺人鬼をお手本にしましたとかマッドすぎ」

「でもさ、やっぱり理にはかなってるよな。さすがセンターって感じ」

「信じていいのかなぁ…」

「どんな人が運営してるとか未だに謎だもんねぇ」

「でも普通の裁判でも誤審とかあるじゃん?ならセンターに任せるはありなんじゃ?」


やがて、国民投票の実施が公表されると、国内のあちこちでは賛否両論のデモが巻き上がり始める。


「殺人免許に正義の一票をー!」

「生ぬるい法に守られた鬼畜共を許すなー!」

「既得権益が弱者を貪る時代を終わらせろー!」

「ばっかやろう!冷静になれ!こんなヤバい法案が通ったら法治国家は壊滅だろ!」

「ああ?お前センターを信じられないってのか?」

「これはセンターの陰謀だ!これまでのことは布石だったんだよ!」

「子供を殺した殺人鬼は精神疾患を理由に軽罪でシャバの空気を吸ってる。遺族の前で同じセリフが吐けるのか?」

「都合よくそういった連中への報復が承認される保障あるのかよ?逆にお前やお前の家族が標的にされない自信があるってのかよ?」


国内各所で激論がぶつかり合い、時には暴動が起こりけが人が出る騒ぎにまで発展していった。



そんな喧噪とは遠く離れた国内のとある拘置所に"元闇討ちマン"ことザキルの姿はあった。

独房でニュースの映像を眺めるザキルは、険しい表情で思考を巡らせる。


(国民投票…、連中の中で意見が割れたのか?それともこれも野郎の計算か?…いや、そんな回りくどいことをするために殺しを仕込む理由は無ぇはずだが…)


やがて、拘置所は昼休憩の時間を迎え、囚人たちは中庭の運動場に集まる。

他の囚人たちが各々運動を楽しむ中、ザキルは場の端で思考にふけ続ける。


(成立しちまったらどうなる?仮に潰れたところで野郎が大人しく引くはずもねぇ。そもそも野郎はなんでここまで殺人免許に執着しやがる?ただの世直しとは思えねぇ。始末したい奴でもいるのか?それとも頭の位置でも狙ってやがるのか?)


すると、いつの間にかザキルの横には一人の囚人が立っていた。

思考にのめり込んでいたザキルはその気配に気づかず、ふと我に返る。


「いよぉ、あちゃん」


声をかけてきたのは身長170cmほどの比較的華奢な中年の男。

どこかいやらしい笑みでザキルの顔を下から覗き込んでいた。


「考えごとかい?」

「…」


ザキルは頭ひとつ分ほど身長が低い相手を見下ろし睨みつける。

しかし、中年の男は引く様子を見せず続けて探りを入れる。


「ニュース見たかい?世の中ご乱心よ。まさか殺人免許なんてものまで発案されるとはなぁ」

「…」

「こりゃ俺たちみたいな人間はムショにいた方が安全ってもんよ。法が俺たちを殺せなくても弔い合戦で寝首を搔かれるのが合法なら、おちおちマスもかけねぇってもんだぜ」

「…」

「なんでも、お前さんを参考にしたらしい。気分はどうだ?」

「失せろ」


ザキルは男を言葉で突き放す。

すると、中年の男はニヤニヤした表情のまま唐突なことを言い出した。


「どうも匂うんだがねぇ。もしかしてあんちゃん、実はセンターの連中と繋がってるなんてことはねぇよな?」

「!」


核心をつかれたザキルは後ろめたさを表に出さないよう、咄嗟に身構えた。

刹那を堪えたザキルはこれ以上怪しまれないため、特に相手を攻撃することもなくその場を去って行くのだった。



-同じ頃-

センター事務局内では、もう一人の共犯者であるエニシゲも同じく、人目につかない無人の廊下で思考を巡らせていた。


(もし可決すれば俺とザキルは用済み、口封じで殺される…!?いや待てよ、それは否決になっても同じ?もし否決になったらウダさんはどう動く?次のプランがあるのか?いやそもそも、このままなら連続殺人犯のザキルは司法で裁かれる。さ、最悪は、きょ、極刑!?)


エニシゲはザキルを想い、不本意な立場を受け入れる決意を固める。


(もし殺人免許が大きな功績を収めれば、モデルとなったザキルには情状酌量や司法取引の余地があるかもしれない。今は可決を信じるしかない…)


エニシゲはニチョウを葬った鬼人ウダの成功に抵抗を感じつつも、親友が助かる未来に懸けるしかなかった。

また、計画の共犯者である自身が将来的に多くの報復殺人に加担する罪悪感をも覚悟するしかなかった。

そんな折、フロアの方から騒がしい声が聞こえてきた。


「責任者を出せえぇぇ!!」

「!」


騒動を聞きつけたエニシゲがフロアに顔を出すと、そこには一人の小柄な中年を中心としたスーツの集団が待ち構えていた。


「ブ、ブタバナ!」


集団の中心で険しい表情を浮かべているのは、反センター派の代表にして政界の大物ブタバナだった。

エニシゲは局長として場を代表し集団の前に姿を見せる。


「ブ、ブタバナさん、何か御用でしょうか?」

「用だとぉ!?寝ぼけるな!貴様ら一体どういうつもりだ!?」

「はい?」

「とぼけるな!殺人免許だとぉ!?貴様ら気でも触れたか?」

「あ、いや…」


局長であるエニシゲですら、国民投票の件は寝耳に水であった。

大勢の職員や来訪者たちが一斉に注目する中、対応に困惑するエニシゲ。

ブタバナは畳みかけるように怒鳴り続ける。


「お前らはバカなのか!?こんな暴政が許されるとでも思っとるのか?」

「いえ、それは…」

「撤回しろ!今すぐこの場でだ!」

「こ、今回のこと関しては、今時点で我々からも詳しいことは一切お話できません」

「ふざけるな!」


激昂するブタバナの温度は一向に下がる気配を見せない。

自身がターゲットとされることを恐れ、必死にねじ伏せようと声を荒げ続ける。


「貴様じゃ話にならん!とっとと責任者を出せ!」

「い、いえ…。上の者はこの場にはおりませんので…」

「ならこっちから出向いてやるわい。場所を教えろ!」

「それには及ばない」

「!」


突如としてその場に姿を現したのは、実質的な政権を握る二人の首脳だった。

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