第2話:議長とセンター長の最終協議 ~ 二人の最高権力者

ウダは慎ましくも力強く話始めた。


「本日はご多忙な最中、ご足労いただき感謝申し上げます。私から発案中の新免許制度"殺人"に関し、制度詳細の復唱の上、明確なエビデンスを元に期待される統治への効果と将来性をプレゼンさせていただきます」


ウダはプロジェクターに一枚の資料を映し出す。

そこには簡素化されたいくつかのグラフ資料が並んでいた。

画面を元に、ウダはまず殺人免許が世の中に与える予想効果を説明する。

ザキルへ説明した時と同様、怨恨による死刑判決の可能性を示唆することで、アンモラルを撲滅し隅々まで監視を行き届かせることを中心にその効果を説く。

そして資料のグラフを指し、殺人免許と類似したザキルの暗躍が、犯罪や自殺、通報件数の減少に大きな効果を発揮したことを伝える。


「ご覧の通り、"闇討ちマン"が世間に与えた影響は明白です。いつか、もしかして自分が、という恐怖心が強い抑止力になることは彼の暗躍にて証明されました。予算不足や人材不足の解消にも大きく貢献できると思われます」

「あくまで徹底摘発が目的ではなく、恐怖心理を利用した最強の抑止力というのが秀逸ですね。武力免許に続き、より犯罪抑止が加速すれば警察組織との関係性も強固になりますし」


ウワグツが好意的な反応を示す中、モニター越しのセンター長も同様の意見を述べる。


<悪くない、と思われます>


トップのお墨付きを受け、意見がまとまりかけた会議室内は段々と緊張感が緩んでいく。


「ま、あとは信頼とバランスの問題でしょう。判断を誤って暴政だ独裁だの騒がれたら面倒なことになます」

「民主的恐怖政治か、実に面白い試みだ」


プセも合わせるようにして肯定の意を示す。

すると、ムシの発言が再び会議室内に緊張を走らせる。


「熱いッスねぇウダさん。ま、"あんなこと"があったんじゃ気合も入るッスよねぇ~」

「!!」


ムシの発言に強い反応を見せるウダ。


「警官一人バッドマンに仕上げて利用した挙句、豚箱にぶち込むとか、オレなんかより全然イカれてるんじゃないスか?」


お構いなしといった様子で続けるムシとは裏腹に、他のメンバーの表情は強張る。

明らかにマイナスだったと取れるムシの発言に対し、ウワグツが注意を促す。


「ムシさん…」


ムシは両腕を後頭部で組み、天井を見上げとぼけた表情を浮かべた。

ウダはどこか想いを押し殺した様子で、冷静に口を開く。


「…構いません。ムシさんの仰る通りです」

「!」

「二度と、娘のような被害者を出さぬよう、皆さんのご英断を賜りたく存じます」


重苦しいウダの発言に、一同は沈黙する。

やがて気を取り直したようにプレゼンを再開するウダ。

冷静に高い熱を持ちつつ、制度が健全な形で循環するための組織整備や審査基準を踏まえ、隙の無い内容でプレゼンを終えた。


「ハラショー!さすがは腹を括っただけのことはあるな、見事だ」


やがてその場で多数決が取られ、満場一致で殺人免許の発行に軍配が上がった。

そして、センター長が会議の終了を宣言する。


<結構。それでは本議案は私と総理議長にて最終審議を行い可否を決定いたします。皆さんには決定次第いち早く報告いたします。本日の会議はこれにて終了と致します。お疲れ様でした>


そう言い残し、モニタの映像は消えた。

ウダは渾身の力を振り絞ったプレゼンを終え、脱力した様子で椅子に腰掛ける。

その様子を見ていたプセとウワグツが労をねぎらう。


「ウダさん、お疲れ様でした。いやぁ気迫が伝わってきましたよ~」

「吉報を祈っているぞ。それではな」


ウダの肩を叩き、プセはウワグツと共に会議室を去って行った。

第一関門を突破したウダではあったが、決して安心できる心境ではなかった。


(センター長の反応はまずまずといったところか。問題は議長だ、とてもじゃないがあの男が快諾するとは思えん。センター長がどれほどの熱量で説得に望んでくれるか…)


ウダがセンター長と総理議長の最終審議を憂い思考にふけっていると、部屋に残っているムシが何やら部屋の中を物色していることに気付く。


「おお!ブラックアイボリーじゃん!激アツ~!」


ムシは会議室に備え付けられていたコーヒーメーカーを見つけ、高級豆の存在に色めき立っていた。


「ムシさん、帰らないのですか?」

「コーヒー飲んでから迎え呼びます。いやぁムショ暮らしだとなかなか美味しいコーヒーも飲めないワケですよ~」

「ははは、それは大変ですね」

「ウダさんも飲みます?」

「そうですね、頂きます」


ムシは二人分のコーヒーを淹れ、その片方をウダの前に差し出した。


「ありがとうございます」


念願の計画成就に王手をかけたウダは、束の間のコーヒーブレイクを堪能する。

すると、ムシは不敵な笑みを浮かべ馴れ馴れしくウダの近くに顔を寄せると、突拍子もないことを言い出した。


「ウダさん、なんか企んじゃってます?」

「!」

「それも、かーなりヤンチャなことでしょ?」

「…」


ウダはムシからの質問に意味深な反応を示していた。

ムシはそのサインを見逃さず、からかい気味にウダへ問いただす。


「あっははは、やっぱりー?分かっちゃうんスよね~、オレ」

「…」

「闇討ちマン仕込むだけでもヤバいのに、これ以上ことってあります?ねね、聞かせて下さいよ~!」


すると、ウダは紙コップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がると、至近距離までムシに近付き、真っ直ぐ相手の目を見た。


「…さすが、一流の精神科医ですね」


ムシはウダの迫力に身構える。


「では、今私がどんな気持ちでアナタを見ているかも、きっとお分かりのはず…」

「…!」


ムシはウダの目の奥に宿る不穏で禍々しい何かを感じ取っていた。


「先ほどの娘に対する無神経な発言に関しては、特に意に介すつもりはありません。ですが、限界のない人間など存在しません」

「…」

「これは共に国の運命を握る盟友としてのお願いです。出来ればこれ以上、どうか、からかわないでいただきたい」


圧倒的な胆力を見せるウダを前に、額に冷や汗を浮かべるムシ。

先ほどまでのヘラヘラとした表情と態度はすっかり消え去っていた。


「だ、大丈夫スよ。どうどうどう」

「…それでは。コーヒーご馳走様でした」


そう言い残し、ウダは会議室を去って行った。

その場に一人残ったムシは緊張の糸が切れ、大きく息をつく。


「ひゅ~、触らぬ神になんとやら」


やがて、ムシもまたSPに迎えられその場を去り、無人となった会議室には肌触りの悪い余韻が残るのだった。



-2日後の夜-

国政の最高権力者である総理議長は、議長官邸室でノートパソコンを前に足を組んで座っていた。

やがて、画面に映っている会議アプリにて着信のサインが揺れる。

受信すると、画面に映し出される一人の人物。

先日の殺人免許プレゼンの時と同様、素顔が判別できないほどの薄暗い部屋でバストショットを見せるのは、センター長の女性だった。


「…やぁ」

<こんばんは、議長>


互いに慣れた様子で簡単な挨拶を済ませる。

少しの間が空き、センター長は重苦しい空気の中で口火を切る。


<訝しいお顔ですね。無理もありませんが>


センター長の指摘通り、総理議長は怪訝な顔を浮かべ深く背もたれに寄りかかっている。

議長の机に置かれた数枚の資料、その表紙タイトルにはハッキリと"新制度殺人免許に関する最終稟議"の文字が打たれていた。

双方が様子を伺い合っている中、議長もまた重苦しく口を開く。


「わざわざこの場が設けられるほどだ。悪い冗談ではないことは承知している」

<えぇ>

「だが議論の余地はない」

「…」


冒頭から、議長は自身の意見を突き付けるかのような言葉を放つ。

センター長は呼吸を乱すことなく、意見を述べ始める。


<浅はかな動機で加害者となることを思い留まらせ、無実の民が被害者となることをも防ぐ可能性を秘めた制度です。どうか議長には勇気あるご英断を賜りたく存じます>

「そのために一般の国民を殺人犯に仕立て上げるなど本末転倒、言語道断だ!」

<これはれっきとした法と制度に則った行い、言わば司法上の死刑制度となんら遜色ないかと>

「公明正大な司法と個人の怨恨を一緒くたにすることなど許されない」

<残念ですが、司法とて完璧ではありません。杓子定規の前に敗北した正義は数え切れないほどあります>

「詭弁にしか聞こえんな」

<五叡人は満場一致での決議となりました。リスクも大きく試行錯誤が必要であることは百も承知ですが、絶大な可能性を秘めた制度であることは確かです>

「命が奪われてからでは遅すぎる!」

<不届き者たちが命を奪う前の決断が必要なのです>

「話にならん」

<そうでしょうか?>

「何!?」


平行線が続くと思われた協議だったが、センター長のひと言が転機を呼び込む。


<どこかでご理解いただいているはずです、"理には適っている"と>

「…」


議長は沈黙という形で肯定した。

しかし、それでも反対の姿勢を崩そうとはしなかった。


「かねがね懸念していた。君らは早すぎる成功を手にしたことで迷走している」

<…>

「これは君らを全面的に信頼し全てを委ねてきた私の責任でもある。過ちを認めよう。これを機に改める時だ」

<全幅の信頼、心より感謝申し上げます。これからも期待に応え邁進する所存です>


牽制をぶつけ合う両者、再び平行線となる議論。

すると、議長は改めて自身の決定を告げる。


「君らがある種の汚れ役を買って出る法案に対し、司法局も警察組織も立場上は賛成するだろう。しかし」

<…>

「私は、賛同に値しないと考える」


決裂かと思われたその時、センター長からひとつの提案が出された。


<そうですか。しかし、やはり私はこの免許制度を支持します。決議の兆しが見えません故、少々不本意ながら、今一度、民主主義に決定を委ねるとしましょう>

「なに?どういうことだ?」


刹那の沈黙、互いの覇気が凝縮された空間に緊張が走る。

そして、独裁行政法人国家免許センター発足史上類を見ない打ち手が繰り出された。


<国民投票です>

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