【第三章:殺人免許】

第1話:運命のプレゼン ~ 五叡人集結

この日、ウダは自宅の部屋で神経を集中させていた。


「…よし」


資料を揃え鞄に詰め込み、鏡を見ては自身の身なりと表情をチェックする。

冷静な顔つきとは裏腹に、鼓動の高まりが抑えきれないウダは静かに胸元に手を当てる。


「久しい緊張感だな。10年前の放映権交渉の時以来か…」


そしてウダは決意を固め、一世一代の大勝負をかけた会議に向かう。



-同日午前11時-

ウダは中心街から少し離れたビルに到着した。

自動ドアを一枚挟んだ入口では、建物の見た目とは不釣り合いなセキュリティシステムが稼働している。

指紋認証、眼球認証、パスワードの入力でやっとその扉が開く。

エレベーターに乗り、8階で降りると、突き当りにある会議室まで赴く。

ドアを開けると、室内は窓の無い密閉された薄暗い空間が広がっていた。

最新の会議設備が揃っており、天井からは一台の大きなモニタがつり下がっている。

部屋の中央に設置された楕円形の会議テーブルを前に、すでに二人の人物が椅子に腰を下ろしていた。


「来たか」


そうウダに声をかけたのは一人の西洋人女性。

アメジスト色のスーツスカートに包まれたスレンダーな身体。

鋭い目つきと落ち着きのある物腰で凛とした雰囲気を醸し出している。


「お疲れ様です、"プセ"さん」


その女性はウダから"プセ"と呼ばれた。


「お疲れ様です、ウダさん」


やがてもう一人の人物からウダは声をかけられた。

見た目50歳前後と思われるふくよかで優顔の男は、度の強そうなラウンド型の眼鏡をかけていた。


「お疲れ様です、"ウワグツ"さん。お変わりありませんか?」

「ええ、問題ないですよ。そちらは?」

「はい、緊張しています」


ウワグツと名乗るふくよかな中年男性は、それとなくウダの様子を気にしているようだった。

プセという女性もまた、まじまじとウダを眺めている。


「ままごとナイフの所持さえ規制されているこの国で、まさかマーダーライセンスの発議が成されるとはな。007もお役御免というわけだ」

「ははは、全くですね」

「恐れ入ります」


3人が談笑していると、再び会議室のドアが開いた。

扉の前に立っていたのは、両サイドに立つ屈強なSPに腕を抱えられた一人の男。

その姿は決して穏やかではなく、目隠し、手錠、ひいては口元に粘着テープまでが巻かれていた。

両サイドのSPからそれらが外されると、男は詰まっていた息を吐き出すように盛大な深呼吸を見せる。


「ふぃ~~~!!」


露になったのは20代後半と思われる青年の素顔。

サラサラとしたストレートの黒髪に青白い肌、華奢な身体はシンプルな襟シャツとチノパンに包まれていた。

やがて青年はSPが部屋の外に出たことを確認すると、そのまま会議室の椅子に座る。


「みなさん、おっつ~!」

「相変わらず派手な登場だな、"ムシ"」

「まーったく、毎回毎回たまんねぇっすわ~」

「ははは、司法取引の際にもう少しいい条件を交渉しとけばよかったですねぇ」

「しゃーねぇっしょー、まさか移動中にこんな扱い食らうなんて思ってもみなかったし。までも、居心地のいいムショに移送してもらえたんで文句も言いづらいワケですよぉ」

「国の未来を担う"五叡人の一角"として、辛抱することだな」


ウダを中心に会議室に集まった4人のメンバー。

間もなくして、天井から吊り下がるモニタに映像が映し出されると、そこに遠目からバストショットを見せる1人の女の姿。

映像内には周囲の影が強くかかっており、辛うじて人としての形が分かる程度だった。

表情は完全に隠れており、顔つきはおろか年齢や国籍も判別が出来なかった。

やがて会議室のスピーカーから本人のものと思われる声が響く。


<みなさん、お揃いですね?>


透明感のあるその声に反応した4人は、それぞれ椅子に座ったままモニタの映像を眺めている。

すると、プセという西洋人女性がモニタ画面に向かって声をかける。


「やはり今回も遠隔での参加か?一度くらいはこちらにいらしたらどうだ?"センター長"」


プセの口から、モニタに映る正体不明の女性が国家免許センター最高意思決定者であるセンター長であることが告げられた。


<申し訳ありません。どうしても立場上、容易に人目のつく場所には赴けないもので>

「…左様か」

「へっへへ、やっぱあっちゃこっちゃで恨まれてるとか~?」

<過去の仕事柄、その懸念もありますね>

「いやいや、多くから恨みを買ってるのはムシ君の方でしょ」

「なーに言ってんスか!俺は救いようのない社不どもに安らぎを与えてやっただけッスよ」

「安らぎ?自決に追い込むことがですか?」

「低能連中が産み落とした産業廃棄物を合意の元で排除したまでっす!国にとってだってメリットしかないでしょ?」

「同意はするが、お前の目的はあくまで道楽だったのだろう?」

「結果同じならノープレっしょ?俺は綺麗事司法の被害者っすよ!」


三人が雑談する中、ウダは一人黙っていた。

これから始まる自身の人生を賭けたプレゼンに余念がないウダ。

その様子を察してか、センター長の女が号令を放つ。


<皆さんそこまで。本日はとても大事な会議です。早速本題に入りたいと思いますがよろしいでしょうか?>


場が静まり返る。

それと同時に一同の視線が気迫を放つウダに集まる。


「ウダさん、気合が入っていますね」

「ええ、まぁ」

<五人が揃わないことは残念ですが、このまま進めてまいりましょう>

「脱退した人間のことをいつまでも憂いても仕方あるまい」

「あ、やっぱり脱退なんすね?じゃ俺たちの名前もそろそろ変えないとっすよね。四叡人とか四天王とか?」

「また話題が逸れちゃいましたね」


ウワグツの指摘を元に、再びウダに視線が集まる。


「それでは、僭越ながら…」


満を持した様子でウダはその場に立ち上がった。

命懸けで勝ち取ったデータを元に、運命のプレゼンが始まる。

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