第12話:闇討ちマンの逮捕と終結 ~ フィナーレの足音
相手の声を聞き、ザキルはあの時の情景が脳裏によみがえる。
目の前に立っているのは、ザキルが告発を目論むその張本人だった。
状況が飲み込めず、つい声を漏らしてしまう。
「…テメェ、何でここに?」
すると、ウダはゆっくりとした動作でメガネの位置を直し喋り始める。
「いえ、お礼を言いに来ました」
「!?」
「君のお陰で、無事有効なデータを集めることが出来ました。ありがとうございます」
「…」
「想定通り、闇討ちマンの存在に世間は戦々恐々、見事にマナー違反の通報や犯罪は激減しました」
涼しい顔で喋り続けるウダ。
しかし、素直に感謝の念を述べるにしては、明らかに相応しくない雰囲気をまとっている。
ザキルは強く警戒しながら、ウダの様子を伺っていた。
「先日は少々、厳しいことを言ってしまい申し訳ありませんでした。しかし、こんな短期間で立ち直るとは。さすがです」
「御託を聞く気分じゃねぇ。一体何の用だ?」
「…」
ウダは数秒の重苦しい沈黙を経て、再びメガネの位置を直した。
「いよいよ、この殺人免許の制度をセンター長に申請する時が来ました。そこで、君には最後の仕事をしてもらいます」
「!」
ウダがそう言い終わった刹那、突然周囲に鳴り響くけたたましいサイレン音。
ウダとザキルを挟み、駅地下通路の前後の階段から武装した無数の警察隊が周囲を取り囲む。
冷静沈着なウダをよそに、ザキルは全突入部隊から銃口を向けられた。
「テメェ…、なんのつもりだ!?」
「…」
ウダはザキルの問いに答えなかった。
多勢に無勢なザキルは特に抵抗する素振りも見せず、そのまま突入部隊に取り押さえられた。
両手に手錠がかけられ、身体検査を受けた後、駅の前で待機していたパトカー車内に連行されて行くザキル。
大勢の警官やサイレンの音と光、深夜に相応しくない光景が多くの野次馬を集めていた。
ザキルは一人でパトカー車内に待機していると、隣の席にウダが一人で乗り込んで来た。
「やれやれ、騒々しくなってしまったね。近隣住民の皆様には申し訳ない」
解せないザキルはウダに真相を問いただす。
「どいつのチンコロだ?アウトロか?」
「いいえ。指示した現場から監視カメラをモニタリングしていました。最も、計画当初から誰かが裏切る可能性は常に念頭においていましたが」
「…気付いてやがったのか」
「ええ。あんなに口数の多いザキル君は初めてでしたよ。私の口から証拠となる会話を引き出すためだったのでしょう?」
ザキルは横に座るウダの方を向くことなく、ただただ正面を見ていた。
「なぜ俺を殺さねぇ?」
「はい?」
「口封じするチャンスなんざいくらでもあったはずだ」
すると、ウダは計画の真相を話し始める。
「先ほど言った通り、君にはまだ最後の仕事が残っています」
「!」
「我々の繋がりや自作自演が明るみになれば計画は台無し。流石にセンターと言えどこんな乱暴な方法を行ったとあれば信頼は失墜する。君にはきちんと"単独犯"として存在しておいてもらう必要があります」
「…」
「まぁ分かっているとは思うが、取り調べでは黙秘をお願いします。エニシゲ君のことが心配でしょう?」
「!」
さり気なく、エニシゲとうい人質の存在をほのめかすウダ。
「エニシゲ君へのコンタクトも遠慮していただきます」
続けてウダはザキルの琴線に触れる。
「計画が成功しなければ、ニチョウさんという方の犠牲も浮かばれない」
「…」
「アナタは私を裏切りましたが、私もアナタを裏切りました。手打ちといきましょう。それでは」
ウダはそのまま車から出て行った。
やがて世紀の世直しヒーロー"闇討ちマン"を乗せたパトカーは、夜の街をサイレン音と共に現場から走り去って行くのだった。
-翌朝-
各局のTVニュース番組はこぞって"闇討ちマン"ことザキルの逮捕を緊急速報として報道する。
<昨夜未明、かねてより指名手配であった連続通り魔事件の犯人が逮捕されました。犯人の名前はザキル・リュウザン、28歳。元警察官であり、国家免許センターより武力行使免許を認可されていた過去があるということです。男は犯行の動機など調べに対し黙秘を貫いているとのことです>
恐怖と歓喜で世の中を揺るがせたダークヒーローの素顔に、国民の目は釘付けになっていた。
「うわぁ、見るからにって感じだなぁ~」
「ねー、顔怖っ」
ニュース映像でその存在を知ったのは免許センターの職員も例外ではなく、その中には旧友であるエニシゲの驚く顔も並んでいた。
また、路地裏のバーいつものVIPルームでは、赤スーツの黒人アウトロもそのニュース映像を部下と共に眺めていた。
「兄貴、どうしやす…?」
「何がだよ?」
「ネタ握らされてんでしょ?タレるんスか?」
「…触らぬ神に祟りなしだ。今のセンター様は神より怖ぇからな」
そう言うと、アウトロはザキルから貰った証拠入りのUSBメモリをポケットから取り出し、床に落とした勢いそのままに足で踏みつけ破壊するのだった。
警察署で手続きを終えたザキルが建物の外に出ると、周囲には無数の報道陣と野次馬が集まっていた。
数百数千のフラッシュライトを浴びながら、警察官に囲まれつつ移送車への道を歩くザキル。
周りからは多くの歓声や賞賛が吹き荒れた。
「ザキルー!ありがとー!」
「アンタこそ本当の正義だー!」
「闇討ちマンバンザーーイ!」
一般市民はもちろん、センター反対派の議員や普段免許制度に対し反対デモを行っている団体なども集まり、一斉にザキルに対し謝辞や賞賛の言葉が投げかけられていた。
人々の信賞必罰の精神に強く刺さるザキルの所業は、思想や制度の垣根を越えて民意をひとつにしていた。
「こんな連続暗殺事件から英雄が生まれるなんて、俺たちも立場ないよなぁ」
「全くだ。こりゃ下手したら免許センターを超える支持率かもな」
そんな警官の言葉にも無言を貫くザキルは、そのまま留置場に移送されて行くのだった。
-同日8時30分-
"闇討ちマン"ザキルの逮捕が世の中を席巻したのも束の間、免許センター事務局は開庁時間を迎えた。
とある窓口では、虚偽申告をした巨漢の中年女性に対し、厳しい目の男性職員が机を叩き説教を飛ばす。
「失業手当の不正受給だぁ?ふざけるな!」
「っひ!…だ、だって」
「だってじゃない!免停処分!期限内に全額返金できないなら失効だ!」
免許至上主義国家となった現在では、今日も強気な窓口模様が展開されている。
そんな事務局の職員たちの目が届かない場所で、局長のエニシゲはウダに電話をかけていた。
「ウダさん!ニュースご覧になりましたか?」
<えぇ>
「ザキルが…これからどうすれば?」
<彼は裏切りました>
「え!?」
<我々を告発しようとしました。なので少々計画の前倒しとなりましたが、彼には"単独犯"として獄中で大人しくしておいていただきます>
「え?え?ちょ、どういうことですか?」
混乱するエニシゲをよそに、ウダは淡々と続ける。
<安心して下さい。間一髪でしたが十分なエビデンスが集まりましたので、計画に支障はありません>
「え?」
<ですがもうこれ以上の面倒はご免です。君もバカなことは考えないように。もしヤンチャなことをすれば、身の危険が及ぶのは君だけではありません>
「!!」
<何もしなければ、全て丸く収まります。時が来れば彼のことは何とかするつもりです>
「え…」
<それでは私はプレゼンの準備に入ります。コトが落ち着くまではザキル君へのコンタクトも避けて下さい。では>
そう言い捨てウダは通話を切った。
状況が飲み込めないエニシゲは、スマホを握りしめたまま頭が真っ白になり、ただ立ち尽くすしかないのだった。
そして、国家免許センター創立史上最大のプレゼンが今、幕を開けようとしていた。
第二章:完
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