第10話:裏切りの足音 ~ 勧善懲悪の向こう側
突然背後から声を掛けられたウダは硬直していた。
そこに立っていたのは最高権威組織の首脳であるウダをも硬直させる存在。
覇気のある声を発したのは、国家免許センターの発案者にして、現国家行政の頂点に君臨する総理議長の男だった。
「そ、総理議長!」
突然現れた最高権力者の姿に、さすがのウダも普段浮かべている不気味な笑みが表情から消える。
「驚かせたようだね、すまない」
「な、何故こちらへ?本日は外交閣議のはずでは?」
「いやなに、予定が変更になってね。ウダ君、少し話せるかね?」
「!」
ウダは総理議長の体格と風格に押し流されるように、二人してその場を歩き去って行く。
一気に緊張の解けたセンターの面々は、それぞれ大きく息をつきながら二人の後ろ姿を最後まで目で追うのだった。
総理議長の命じるまま、並んで通路を歩くウダは早速議長から本題をふられる。
「運営は順調かね?」
「えぇ、まずまずといったところかと」
「ブタバナの連中には手を焼いていないか?」
「手強いですね。中でも国営放送と懇意なところなんかは特に」
「ははは、過去君らが連中の汚職に毅然と立ち向かってから、会長の男はセンターを目の敵にしているだろうからな」
「前職でよくお見受けしましたが、やはり怪物ぶりは健在かと」
「全く、いつまでも元気なジイさんだな」
ウダは近況を報告する傍ら、別の話題を持ち出した。
「ブタバナ派の連中も問題ですが、地下組織の連中に何か動きは?」
「変わりない。相変わらず連中からの"恋文"が絶えなくてね」
「反対デモも過激化しています。ただの殺害予告と侮らないようにされて下さい」
「分かっている。脅しやテロに屈することだけはあってはならない」
「えぇ」
すると、ウダは少し声を落とし、周囲に聞き取られないようにある提案を呈す。
「現状は我々が圧倒的優勢ではありますが、だからこそ窮鼠猫を噛むものです。今は完全国家建立に向けた大事な時期、何があっても邪魔はされたくありません。いっそのこと、"少し乱暴な方法"を使っててもブタバナを追いやるべきでは?」
ウダが黒い本音を漏らした途端、議長は立ち止まりその大きな体格をウダに向け見下ろしながら強い口調で放つ。
「ウダ君、先に言っておく。私が掲げる理想国家は勧善懲悪などと言う安上がりなものではない」
「!」
「例えブタバナといえど、私にとっては幸福にすべき国民の一人だ。主張の違い、正義の衝突がある中でも決して全国民の幸福を諦めてはならない」
「…」
「いいかね?国のために人があるのではない、人のために国があることを忘れてはならない」
議長が放つ胆力に、若干の物怖じを見せるウダ。
「し、失礼しました。肝に銘じておきます」
「実は、今日はそのことを話しに来た」
「え?」
「昨今、免許の厳格化が目覚ましいと見える」
「!」
本題を切り出す議長を前に身構えるウダ。
「法も規則も必要だ。しかし、縛り上げるだけが統治ではない。君らには次の会議で少し考えてもらいたいと思っている」
議長は険しい表情のまま昨今の免許厳格化に難色を示す。
ウダは下手な抵抗は見せようとせず、そのまま言葉を受け取る。
「…稟議させていただきます」
「よろしい」
議長はウダの承諾に表情を緩め、力強く相手の肩に手を置いた。
「とは言え、君らセンターの働きには心から感謝している。これからも期待している。では失礼する」
そう言い残し、議長は颯爽とその場を歩き去って行った。
そんな議長の背中を、ウダはまじまじと見ながら思考を巡らせる。
(…まずい、想像以上に穏健派。とてもじゃないが殺人免許などというものに承認を下すとは思えん。"稀代の革命家"と謳われる割にはずいぶんと生ぬるいお方だ…)
ウダは新免許創設の最終承認者である総理議長が、免許制度の緩和を提言したことに強い危機感を覚えていた。
(唯一我々への罷免権を持っているのもあの男。下手な説得をすれば私はセンターにいられなくなる。どうしたものか…)
打開策が見つからないまま、ウダもまたその場から去って行くのだった。
-4日後-
ザキルは人気のない工場地帯に停車した車中にいた。
自身の手で相棒ニチョウを撃ち殺してしまってから、4日間の音信不通を経て"闇討ちマン"の暗躍を再開する。
ウダからの指令着信を受信するザキル。
<私です。ご気分はいかがですか?>
「用件を言いやがれ」
<結構。資料を送ります>
ザキルはスマホに送られてきた資料を確認する。
<未成年の時に監禁強姦殺人を犯した男です。20年の懲役を経て出所のニュースが話題となっています>
「この野郎を殺ればいいんだな?」
<ええ、ご遺族の気持ちも込めて思う存分制裁をお願いします>
「殺人免許の進捗は順調なんだろうな?」
<ご心配なく。着実に有効なデータが集まっています>
「ゴエイジンだったか?他の連中は賛成してんだろうな?」
<ええ、とても前向きです>
「そうか。この闇討ち計画がセンターの暗躍だってことがめくれたら俺たちは終わりだな」
<ザキル君…>
ウダは強い違和感を覚え話を遮る。
<どうしました?今日は随分と、口数が多いですが?>
「…」
ザキルはそのまま電話を切ってしまった。
すると、助手席に置いておいた私用のスマホを取り上げ"録音停止"のボタンをタップする。
ウダとの専用通信スマホを後部座席に放り投げると、ザキルはエンジンをふかし車を走らせ始めるのだった。
-1時間後-
一人のガラの悪い男が繁華街を闊歩していた。
男は背後からつけてくる大男の存在に気づく様子はない。
やがて人気のない路地裏に入ったタイミングで、背後に構える大男から声をかけられる。
「テメェがブチ込まれてる間に、少年法は改正されたぜ」
「え?」
男が振り返った瞬間、振り上げられた漆黒の木刀は空の満月を割った。
一瞬で振り下ろされたそれが男の脳天にめり込むと、鈍い音が周囲に響く。
「ッガ…!?」
男はそのまま倒れることも許されず、ザキルからの乱れ打ちを食らい続ける。
全身の骨が砕けた末、肺に肋骨が突き刺さり、男は内出血による窒息死でこの世を去った。
ザキルは男の息が止まったことを確認すると、現場の生々しい映像をスマホに収め、その場から去って行くのであった。
その頃、五叡人の一人であるウダは自身のオフィスにいた。
高級レザーチェアに座りノートパソコンの画面を眺めている。
「…ついに、この時が来たか」
ウダは何か棒グラフのような資料データを睨むようにして見ている。
タイトルには"国家犯罪率並びに通報局への通報件数"と示されていた。
それらは長らく横ばいながらも微増を続けている中、とある時期を境に大きく下落している。
そのXデーとなったのは、ザキルの暗躍が世間に認知され、"闇討ちマン"と称されるようになった時期であった。
「ザキル君の効果は証明された。いよいよだ…」
ウダはノートパソコンの画面を閉じ、迫る殺人免許プレゼンへ意識を集中させるのだった。
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