第9話:最高権力者の登場 ~ 悪魔を脅かす存在
-13時-
センター職員並びに国営放送局の関係者は広大な会議室に集合していた。
中央の楕円形テーブルを挟み、両陣営が左右に分かれて腰を下ろす。
センター関係者が8人であるのに対し、国営放送側は30人程の人員を揃えている。
互いに牽制しあう空気の中、センター側から配られた資料に目を通す国営放送関係者たち。
その中央には最高責任者である会長の男、その隣には何故かブタバナも構えていた。
(っち、腰巾着野郎が…)
(全くだ。しかし一体何人連れて来てんだよコイツら)
(人海戦術だろ。カマそうとしてやがんだ。怯むなよ!)
職員たちが小声で苛立ちを漏らす中、代表者であるエニシゲのプレゼンが始まった。
「本日はご多忙な最中、ご足労いただき心より感謝申し上げます。それでは、私からご説明させていただきます。まずは資料の1ページ目を」
「あー、ちょっと待った!」
「!」
ブタバナがエニシゲの発表に割って入ってきた。
「君ぃ、名乗りもせずにこのお方の前でプレゼンを始める気かねぇ~?」
「…!」
「わざわざ呼び出しておいてその態度はいただけないなぁ。それに、どこぞの馬の骨とも分からん若造と思われるのもしゃくだろ?ええ?」
「し、失礼いたしました。私、国家免許センター免許管理局局長を務めるエニシゲ・イツキと申します。以後お見知りおきを」
「"初めまして"、エニシゲ君」
「…」
顔見知りであるはずのエニシゲに対し"お前のことなんぞ眼中に無い"と言わんばかりのブタバナ。
センター職員たちが怒りを滲ませる中、エニシゲは毅然とした態度でプレゼンを始めた。
堂々とした態度でこれまでの免許センターが成し遂げた功績や現状をプレゼンするエニシゲ。
特に質問やヤジが飛び出ることもなく、エニシゲは流れのままプレゼンを終える。
「以上が今年のハイライトになります。お伝えした通り、国家免許センターは正しい運営の元で飛躍を続けています。しかし、御放送局の報道にはいささか疑問があると言わざるを得ません。どうか、偏った報道で不用意に国民の不安を煽るようなことは避けていただきたく存じます。合わせて、この成績にご安心いただき、職員の負担を減らすため事務局内の臨時的な定期調査の数を減らしていただくことを進言いたします」
数秒の沈黙、国営放送陣営は誰が口火を切るか互いにけん制し合っている様子を見せる。
そんな中、会長の男が身を乗り出し口を開いた。
「あ~、エニシゲさん言うたかなぁ~?」
「はい」
「"はいらいと"っちゅんは一体どういう意味かいのぉ?」
「え?」
「なんや能書き垂れとる間もなんじゃかんじゃ横文字使うてからに、まーったく内容が入ってこんかったわぁ」
「いえ、あの…」
「こっちゃ耳も遠いんじゃが、もう一度分かりやすーく最初から説明してくれんかのぉ」
「…!」
会長の男は高齢であることを盾にエニシゲのプレゼンが無効であったと主張し始めた。
無論それが単純な嫌がらせであることは誰の目から見ても明らかだった。
「いや、要はですね…」
「あー、それとじゃ」
「!」
エニシゲの反論を遮り会長は流暢な抗弁を始める。
「なんや免許免許言うて威張りくさっとるようじゃが、おたくらの国民支持率を見るとずーいぶん不安定じゃないかえ?こんだけ結果出しとる言うのにおかしな話じゃないかのぉ?」
「で、ですから、それはある種の偏った報道が…」
「はぁ?なんだって?もう一度言ってくれんかのぉ~?」
「…ッ」
まともに会話する素振りを見せない会長の男、その横で勝ち誇ったような態度のブタバナ。
状況を見かねた広報渉外局の女性局長であるアサクサは立ち上がり、勢いよく反論をぶつける。
「お言葉ですが、あなた方の報道は偏りを通り越した悪意が伺えます!センターや免許制度に反対する意見があるのは理解していますが、私たちが成し遂げてきた功績だけを一切報道しないのは一体どういう了見なのでしょうか?」
「放送法っちゅー言葉知っとるかなぁ?色々と規則があるんじゃよ~」
「事実を歪めることが放送法なんですか?先日の職員襲撃事件の報道は一体何なんですか?一体どこに目を付けたらあんな報道になるんですか?あんなことが立て続けに起こって取り返しのつかないことになったらどうするつもりですか?」
温度が沸点に達し、威勢よく反旗を翻したアサクサだったが、会長の男やブタバナはニヤニヤと嘲笑していた。
「おーおーそう怖い顔しなさるなお嬢さん。今日は生理かい?」
「なっ!?」
公務の場で放たれたブタバナの下衆いセクハラに言葉を失うアサクサ。
「がーっはははは!図星だったかなぁ?よしよし、それじゃ今日はこの辺でね」
「あ、ちょ、ちょっと!」
反論の姿勢も空しく、報告会議は会長の男のブタバナの理不尽で一方的に打ち切られてしまったのだった。
-会議終了後-
報告会を終えたセンター職員たちは控え室に戻り、帰り支度を整えていた。
「全くなんなのアイツら!本当信じられない!」
広報渉外局長であるアサクサが怒りの口火を切る。
「ま、あらかた予想してた結果ではあるけどな…」
「既得権益の老害共が…。ひがみと嫌がらせしか能が無ぇのかよ」
すると、控え室に設置されているテレビ画面から国営放送のニュースが流れてきた。
<ニュースです。先月の調査局による国家免許センターに対する国民支持率が公表されました。総国民支持率は81.4%と先々月の88.7%から7.3%と大きな下落を見せました。これは老齢免許の発案による高齢世帯の反発によるものと思われます>
センターに対するネガティブなニュースが流れ、職員たちは重苦しい雰囲気に包まれる。
「噂をすればだよ…」
「クッソ、支持率が上がったときは意地でも報道しないくせに!」
その頃、ブタバナは会長をはじめとする国営放送の職員たちを建物の出入り口で見送っていた。
深々とお辞儀をした後に建物の中に戻ると、ブタバナは地下にある会議室へと向かう。
部屋の中には総勢100名を超える差苦狩党ブタバナ派の議員たちが集まっていた。
「お疲れ様です、ブタバナさん。いかがでしたか?」
「ふん、造作もない。この私を目の前にしてぐうの音も出らんかったわ」
「さーっすがブタバナさん!いや頼もしい!」
「国営放送側もブタバナさんの支持を継続で?」
「無論だ!」
議員たちのどよめきと拍手がブタバナを包む。
「これもひとえに私の魅力と人望の賜物というものよ!はーっははははは!」
「いやぁ、ブタバナさん。これからも頼りにしていますよ!」
「どこまでもついて行きます!正義は我々にある!」
反センター派の議員たちに太鼓を持たれながら、ブタバナは対免許センターへの作戦会議を始めるのだった。
-同じ頃-
センター職員一同はぶちぶちと不平不満を漏らしながら国家集案堂の廊下を歩いていた。
その途中、先頭を歩くエニシゲが反対側から歩いて来る一人の男に気付き、その場に立ち止まった。
「!!」
「ん?エニシゲ?どうした?」
イロヨクからの問いかけに反応することなく、エニシゲは青ざめながら硬直していた。
不穏なオーラを纏い、ゆっくりと近づいて来るスーツ姿の男。
黒縁オーバル型の眼鏡から不気味な眼光を光らせるのは、国家免許センター五叡人の一角であるウダだった。
エニシゲの脳裏に港場の一件がフラッシュバックされる。
やがて、ウダは一行の目の前で立ち止まった。
「やぁ、エニシゲ君」
エニシゲ以外その正体を知らない面々は、挨拶をしてきた男に対し軽い会釈をしつつまじまじと相手を眺めた。
(エニシゲ君、どなた?)
アサクサの問いかけにもやはりエニシゲは反応することができなかった。
すると、今度はエニシゲをはじめ、集まったセンター職員全員が驚きに表情を広げる。
全員の視線は目の前に立つウダではなく、更にその背後に集中していた。
その様子に気付いたウダは、ゆっくりと背後を振り返る。
すると、その存在を視界に捉えたウダもまた驚きに表情を広げた。
「やぁ、お取込み中だったかな?」
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