第5話:第三の天敵"地下マフィア" ~ 望み望まれる再会

-翌日-

搬送先の病院に局長のエニシゲと数名の職員たちが見舞いに訪れていた。


「あ、局長!」


意識を取り戻していた職員は、エニシゲたちの登場にささやかな笑みを見せる。


「だ、大丈夫か?」


職員はベッドから起き上がれない様子で、右腕には大きなギプスがはめられていた。


「はい。いやぁ、やられちゃいましたよ…」

「容体は?」

「右腕はポッキリ。あとはあちこちヒビ入ったくらいなんで大丈夫です。ちょっと入院が必要みたいなんですけど。…すみません、こんなことになって」

「何言ってんだよ、しっかり休め!」

「はい」

「で、犯人は?」

「ああ、逮捕されたみたい」

「マジ?誰だ?もしかして、そいつが闇討ちマン?」

「いや、違うらしい。アリバイもあるって。ってか、オレは狙われる覚えないっつーの!」

(…よかった)


エニシゲはザキルの犯行でないことに安堵した。


「じゃ一体誰が?」

「連中だよ…」

「連中?」


すると、被害を受けた職員はベッドの隣にあるキャビネットから一枚の紙を取り出し職員たちに見せた。

それは職員が襲撃を受けた際に暴漢の男からポケットに詰め込まれたもの。

その手紙に記されていたのはおどろおどろしい字体で書かれた脅迫の文章だった。


「"今すぐ免許制度を廃止せよ、さもなくばお前たちは報いを受けることになる"…か」

「またか…」

「ああ、"地下マフィア”の連中だ」


職員たちはその脅迫文を見て一斉に悟った様子を見せる。


「最近脅迫文書が増えてきたと思ってたけど、連中とうとう一線を越えやがったな…」


ブタバナ派、一般デモ団体に加え、センター職員たちが三大反対派閥として警戒するもう一つの組織"地下犯罪マフィア組織”。

裏稼業を生業する彼らは免許制度発展に伴い、国内で最も迫害を受けてきた組織でもあった。


「荒れ放題だった国情をエサに幅を利かせてた連中からしたら、免許制度や我々を腹の底から憎んでいるでしょうからね」

「今の免許国家じゃ違法商売なんてやりにくくて仕方ないはず。悪いことしなくても金は手に入るんだから、さぞ肩身狭いだろうぜ」

「免許無しじゃキャバクラにも行けない世の中だからな。そのうちコンビニで買い物すらできなくなるかもって危機感感じてんだろ」


すると、病室にある小さなテレビが朝のニュースを流し始める。


<昨夜未明、国家免許センターの職員が何者かに暴行を受ける事件が発生いたしました>


すると、キャスターは事実とは大きく異なる内容を読み上げ始める。


<なお、被害職員は病院に搬送されましたが、大きな怪我はなかったとのことです>

「え…!?」

<警察の調べによりますと、一般人との免許制を巡る口論の末、もみ合いになり軽い怪我を負ったと見られています>


唖然とする職員一同の中で、最初に口を開いたのは被害職員だった。


「"口論”…?"もみ合い”…?いや、ちょっと待てよ…」

「骨折のどこか軽い怪我なのよ!それに相手は一般人なんかじゃないでしょ?犯罪者なのよ?」

「ふざけやがって…」


職員たちの憤りをよそに、国営放送局の息がかかったコメンテーターたちはアンチセンターの姿勢を継続する。


<いやぁ、まぁしかるべき天罰じゃないですかね~?彼らにはこれを機にきちんと国や正義が何なのかを考えてもらいたいものですなぁ~>


その場にいる誰もが怒りに心を震わせる。


「ほぼ肯定してるようなもんじゃないかよ!相手の起訴も報じないなんて、このままだと今度は本当に一般のデモ連中からも襲撃されちまうよ!」


そんな中、最大の温度を見せていたのは局長のエニシゲだった。

強く拳を握りしめた末、堪忍袋の緒を切った。


「もう、我慢できない!俺たちも反撃するぞ!」

「え?」

「説明会を設ける。国営放送局の連中と直接対峙する!」



-ある日の夜-

一人の若い男がスマホをいじりながら人気の無いトンネルを歩いていた。

すると突然、背後から近づいて来た大男が金属バットを振り上げ、そのまま相手の男の背中に振り下ろす。


「がぁっ、あっ…!!」


背中の痛みに悶え苦しむ男に対し、黒づくめの大男は見下しながら言葉を吐き捨てる。


「今だけは理事のパパも頼りに出来ねぇぜ、お坊ちゃま」


そして黒づくめの男はヒビが入っているであろう男の背中に追い打ちのかかとを落とす。


「あぎゃぁぁぁ!」

「黙れ。テメェが見殺しにした生徒は、そんな声すら出せなかったはずだ」


影を纏ったザキルは、暗闇のトンネル内で慟哭を轟かせる教師の男が虫の息になるまで殴打を続けた後、その場から姿を消すのだった。



-同じ頃-

警察本部の休憩室では、机に脚をのっけて椅子に寄りかかるニチョウの姿があった。

どこか気怠そうな様子でスマホをいじっていると、部屋に同僚の男が入って来た。


「おい、ニチョウ、そろそろ行くぞ!」

「ったーく、めんどくせぇなぁ…」

「命令だ、仕方ないだろ」

「闇討ち野郎がヤッてんのはクソ野郎ばっかなんだろ?やらせときゃいーじゃん」

「激しく同感。けど一応は犯罪なんだよ。ほらとっとと立て。表で待ってるからな」


そう言うと同僚の男は休憩室を出てドアを閉める。


「ったーく…」


ニチョウはブチブチと文句を言いながら休憩室を出て女子更衣室へと向かう。

上着を脱ぐと、露になった素肌には首元から全身を巻き回るようにして彫られた黒蛇の刺青。

自身のロッカーから薄型の防弾チョッキを取り出すと、下着の上からそれを羽織る。

拳銃の装填を確認し腰元にさし直すと、上着のボタンを留め更衣室を出た。


「チャカの携帯許可まで出るとは騒がしいこったぜ」


ニチョウが新しい相棒と向かったのは特別作戦本部が設定された警察署内のとある会議室。

普段、生活安全課の監視室として使われるこの部屋には、四方八方に監視カメラの映像が所狭しと並んでいた。

部屋に集められた多くの警察官、その中心では警察部長と思われる男が指揮を執る。


「全員資料に目は通したな?警察の威信に懸けて、何としてでも闇討ちマンを確保せねばならない!」


警備体制が周知される中、ニチョウは気怠そうに話を聞いていた。


「恐らくホシも地下犯罪組織の一員と思われる。連日行われる犯行予告や、議長並びに免許センター関係者への殺害予告との関連性も注意し捜査に当たれ。出動!」


指揮官の男が任務開始の合図をすると、警官たちそれぞれが指定の配置へと向かう。


「よし、行くぞ!」

「どこにだよ?」

「お前、資料読んでないのかよ?」

「あ~」


ニチョウはポケットにしまい込んでいた資料を取り出し、この時初めて中身を確認した。

すると、数ページめくったところに映っていたとある人物に目を留める。


「こいつは!」

「なんだ?どうした?」


監視カメラから撮影されたと思われる遠目で映りの悪い写真には、一人の初老男が映っていた。


「ザンキョウ・ゴウイチロウ…」

「あぁ、闇討ち現場近くで撮影されたらしい」


二人が注視するのはとある裏社会の大物が威風堂々と立ち尽くす姿。

黒の角刈りでいぶし銀な面持ち、比較的華奢な体型には漆黒のコートが纏われていた。


「野郎が表に出てきたってことは、だいぶ穏やかじゃねぇな」

「ああ。だが連中一体どういうつもりだ?世間的な悪人を成敗して国民の支持でも集めたいのか?」

「何のために?」

「総理議長の椅子でも狙ってるとか?」

「はは、そりゃいいや」

「とにかく行くぞ」


こうしてニチョウと相棒の男は表にあるパトカーへと向かって行くのだった。



そそくさと闇討ちマンの捜査に繰り出したニチョウたち。

パトカー内では何気ない会話が交わされる。


「ザンキョウ・ゴウイチロウか。一度お目にかかりてぇもんだな」

「不謹慎だが同感。第三次経済成長の時、血みどろ混沌のマフィア抗争劇を鎮静化して組織をまとめ上げた地下のカリスマ。男としてはちょっと憧れるよ」

「はは、男連中はVシネだの任侠だのが好きだなぁ」

「それはそうとニチョウ、お前最近たるんでるぞ」

「あぁ?」

「公務中はもう少し気合入れろ」

「…うるせぇよ」


ニチョウは両手を後頭部で組み、呆けた表情で窓の外を眺めた。

敬愛するザキルを失ったニチョウの日々は強い喪失感に苛まれていた。

同僚からの指摘も上の空といった雰囲気を見せ、小さく息を漏らす。


(今どこで何してんのかなぁ、あの人…)


すると、ニチョウは突然声を上げた。


「おい!止めろ!」

「え?」


同僚の男はニチョウに言われた通りパトカーを路肩に停めた。

停車と同時に車を飛び出したニチョウは、近くのトンネル出入口付近へ向かうと、その場に血みどろで倒れている男に駆け寄った。


「おい!大丈夫か?どうした?」


全身に強い殴打の痕があり、呼吸を荒げる男は、力を振り絞って事情を説明する。


「お、おとこ…に、いきなり、襲われたぁ…」

「何!?いつだ?どんな野郎だった?」

「さ、さ、さっき、…デカイ…男…」

「どっちに行った?」

「あ、あっち…」


ニチョウは必要以上に痛めつけられた男の姿を見て、世間を騒がせている闇討ちマンの仕業と直感する。


「おい、緊急配備かけろ!この男頼む!」

「あ、おい!ニチョウ!」


そう言い残し、ニチョウは相棒にその場を任せ、被害者の男が示した方向へ単身で駆けて行くのだった。

今、望み望まれる最悪の再会が起ころうとしていた。

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