第4話:"闇討ちマン"の活躍 ~ 黒い英雄が得た血みどろの信用
-翌日-
早朝からあるニュースが世間を賑わせていた。
<速報です。昨日未明、サンノミヤ地区の線路で列車の衝突事故がありました。列車は踏切で停車していたタクシーと衝突し、車内からは国家予算案委員会のゲスグチ次官の遺体が発見されました。警察は何かしらの事件性があるとみて捜査を始めています>
映像には現場の凄惨な状況が映し出され、それを見ていた国民は各々の反応を見せる。
「げー!グッチャグチャじゃん!」
「ゲスグチってちょっと前に飲酒で事故起こした奴だよね?」
「そうそう、子ども轢いちゃったやつねー」
「はは、見事な天罰じゃん」
「だね、このオッサンなーんか嫌いだったんだよなー」
その頃、ザキルはとある交差点に立っていた。
それはあの夜、目の前で一人の女性を見送らざるを得なかった痛烈と安息の場所。
手向けられている花をじっと見つめた後、持参した花束を同じ場所に添える。
こうして、ザキルの初仕事は無事終わりを迎えたのだった。
-数日後の夜-
とある総合病院の出入口では、一人の医師が報道陣から詰め寄られていた。
「ヤブノさん、裁判で証言を改めるご意向はありますか?」
「すでに診察ミスだったと複数の証言が出ていますが?」
「きちんとレントゲンは見られていたんでしょうか?」
「亡くなられた患者のご遺族に何か一言!」
医師の男は報道陣の問いに答えることはなく、しかめっ面のまま人込みをかき分けながら進む。
そして待機していた車の後部座席に乗り込むと、車内で大きなため息をついた。
「全く、毎日毎日…」
「お疲れ様です。大変ですね」
運転席に座る専属運転手が男の労をねぎらう。
「裁判、大丈夫でしょうか?慈愛会の医師たちが先生を怠慢診察だと証言してるらしいですが…」
「っち。偽善者共が…」
やがて送迎車は報道陣を振り切り走り出す。
「SNSでもかなり叩かれてるみたいですね。このままだと敗訴の可能性も…」
「構わん、どうせ大した賠償金にはならんだろ。小銭程度ハイエナ連中にくれてやる」
「これ以上、仕事を逼迫させる訳にはいかないでしょうからね」
「その通りだ。私は忙しいんだよ。貧乏人のレントゲンなんぞ、そうじっくり見てやれる訳ないだろうが。身の程を知れ!」
適当な診察で数人の患者を死に追いやった医師の男は、横柄な態度で開き直っていた。
やがて車は医師の自宅前まで到着し、本人は車を降りて正面の門を開ける。
その時、
「お注射の時間だぜ…」
「はぁ!?」
突然門の中から黒づくめの大男が現れ、鋭利な何かを医師の喉に突き立てた。
「っが、っあ…、っあ…」
スマホのライトに照らされたそれは、医療用の注射器だった。
やがて大男により注射器内の液体が医者の身体に注入されていくと、医者の男は苦しみ悶えだす。
やがて医師の男は白目をむいて微動だにしなくなってしまった。
「…バカにつける薬はなかったか」
そう言い残し、ザキルは家の門からゆっくりと出て行くのだった。
また別の日、ニュースではある痛ましい事件の記者会見が報じられていた。
「施設の管理体制に問題があったのではないでしょうか?」
「亡くなるまでの間、何が起こったのか、詳しく説明をお願いします!」
正面の椅子に座り、報道陣の追求を受ける白髪の老人と両サイドに座る関係者たち。
この日、託児所内の空調管理にミスがあり、一人の乳児が熱中症で死亡するという凄惨な事件が世間を騒がせていた。
鎮痛な空気が会場を支配する中、似つかわしくない態度を取るのは施設長の男だった。
「え~っと、なんだっけな。あ、チナツちゃん?あ、いや、チナちゃん?ははは、年を取ると記憶力が、へへへ」
自身の責任で一人の幼い命を奪ったとは思えないほどヘラヘラした態度で、資料をめくりながら応対する園長の男。
「いやぁ~、まぁ~、ちゃんと確認はしたつもりだったんですがねぇ。仕方ないですよね。ははは」
狂気の沙汰とも言える男の態度に、施設に子供を預ける保護者たちは言葉にならない怒りを充満させている。
一切反省のない態度で満足のいく説明もないまま、記者会見は終了した。
-同じ日の夜-
施設長の男は近くの健康ランドでマッサージチェアに座ったまま眠りこけていた。
やがて閉館の時間となっても、その場で眠ったままの男。
すると、突然現れた一人の大男に口を塞がれ、その場から連れ去られて行く。
無人となった館内をひたすら引きずられ、大浴場まで連れて来られると、高温サウナ室の中に放り投げられた。
「あぁぁっ!」
非力な老人である施設長の男は、なされるがままに倒れ込んだ。
そして大男はドアを閉め、外から鉄の鎖でドアを完全固定する。
外に設置された制御盤を操作し、冷え切ったサウナ室内の温度が急上昇し始めた。
「なっ、なな、なんだ…!?」
男は必死に外に出ようとドアに手をかけるも、老人の非力で鎖を千切れるはずもなく、ガチャガチャと音を鳴らすのが精一杯だった。
すると、ガラス窓の外から覗く大男と目が合う。
「思う存分整ってやがれ」
そう言い残し、大男はその場を後にした。
サウナ室の中で助けを叫ぶ男の声は誰にも届くことなく、無人の施設に微かに響く。
やがて夜が明けた翌日。
この日、施設は営業を再開することなく数台のサイレン車に囲まれるのだった。
こうして立て続けに行われたザキルの黒い正義は、世の中に対し本人の想像を遥かに超えた影響を与えることになるのだった。
そして近い将来、道徳と引き替えに得た血まみれの信用が、この国の窮地を救うことなど、知る術もないのだった。
ザキルが世間的に話題性の高い悪人を討ち始めてから約2週間。
5件に及ぶ因果めいた犯行スタイルにより、瞬く間に世間では暗躍するザキルの噂が広まる。
「SNS見た?また”闇討ちマン”出たって!」
「見た見た。今回はどっかの会社のパワハラ上司だって」
「あー、社員自殺したやつでしょ?その同じ場所で殺されてたってさ」
「おー、さっすが闇討ちマン!」
ザキルの暗躍は全国で老若男女問わず"闇討ちマン"の通称で英雄視されていた。
一部、その過激な犯行スタイルや存在を批判する声があがるものの、社会通念に根ざす信賞必罰の精神が多くの賛辞を生み出す結果となっていた。
「正体気になるよねー、どんな人なんだろ?」
「やっぱ地下マフィアの誰かっしょ?こんなヤバいことするなんて」
そんな中、当の本人は夜の波止場に立っていた。
左手に持つウィスキーボトルを傾け、葛藤の深酒に酔う。
すると、ウダから渡されたスマホから着信音が響き、そのまま受信するザキル。
<ザキル君、私です。お一人ですか?>
「何の用だ?」
<いえ、労をねぎらいたいと思いましてね。素晴らしい成果を上げています。この調子でお願いいたします>
「ほざいてろ」
<それと、ひとつ警告です>
「あ?」
ウダの真剣な声色にザキルは黙って耳を傾ける。
<時折、警察の監視カメラにザキル君の姿がキャッチされている模様です。もう少し慎重な行動を心がけて下さい>
「…」
<万が一、我々の暗躍や関係性が知られたらどうなるか、分かっていますね…?>
ザキルはその問いに返答することなく、一方的に通話を切った。
さざ波の音を聞きながら、ストレートのウィスキーをのどに流し込むと、ザキルは静かにその場から姿を消すのだった。
-同日の18:30-
閉庁時間を過ぎたセンター事務局では、数人の職員たちがひとつのデスクに集まり、コーヒーブレイクを満喫し始める。
事務局内においても、ザキル扮する闇討ちマンの話題で持ちきりだった。
「いやぁ、不謹慎かもだけど爽快だよなぁ」
「ほんとねー。けど一体どんな人なんだろ?」
「お前女泣かせまくってるからヤられるかもよ?」
「ちょ、冗談よしてくれよ!」
談笑に花を咲かせていると、フロアのテレビが夕方のニュースを流す。
国営放送チャンネルに合わされていた映像からは、センターへの不信任に偏った報道が流れる。
<夕方のニュースです。先日行われた調査委員会の報告によると、国家免許センター運営事務局において、不正経費の申告が明らかになりました>
「!」
職員たちが映像にくぎ付けとなる中、キャスターは淡々と原稿を読み上げていく。
<調査の結果、国家免許センターより申告された必要経費額とその実情に大きな開きがあり、委員会は余罪の有無を追求する方針を明らかにしています>
同じスタジオにいる初老男性のコメンテーターは、ネチネチとした口調で私見を述べる。
「いやぁ、あるまじき行為ですねぇ~。いくらセンターが国を救ったとはいえ、許しがたいことですよぉ。もはや独裁陰謀は明らか、この程度の不正なんて気にも留めてないでしょうなぁ~」
報道内容を見た職員たちは怒りを滲ませる。
「ふざけんなよ、何だよコレ?」
「大きな開きって、ボールペン1ダース分漏れただけなのに、それに決済前にちゃんと修正したのに!」
「大袈裟に報道しやがって、切り取りもいいところだろ…」
「いちいち気にするな。キリがないぞ」
「まぁ、今の調査委員長はブタバナの腹心だからなぁ…」
職員たちは日常的に行われる嫌がらせに近い報道に辟易としていた。
一気に疲れが現れた職員たちは、早々に公務を切り上げそれぞれ帰宅解散となる。
その後、事務局を出た一人の男性職員はブチブチと不満を漏らしながら夜道を歩いて行く。
「ちっくしょぉ…」
すると、突然夜をつんざく叫び声が響く。
「うわぁぁ!」
「!?」
声のする方向を振り向いた男性職員の目に飛び込んできたのは、バッドを振り上げる一人の男。
咄嗟のことに反応できず、職員の男は不審者が振り下ろすバッドの餌食となってしまう。
衝撃に倒れこんだ職員を、男は何度も何度もバットで殴打し続けた。
「偽善組織めがぁぁぁ!!」
必死に身体を丸め防御する職員であったが、やがて痛みと衝撃から意識を失い身動きを見せなくなった。
その様子を見た不審者の男はバッドをその場に捨てた挙句、何かの書置きをその職員のポケットに突っ込み、どこかへ走り去って行ってしまったのだった。
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