第3話:計画開始 ~ 再び鬼は躍る

-10分後-

エニシゲは後部座席に五叡人の一角であるウダを乗せ、リムジン車を走らせていた。

暗い車内で続く静寂、ウダは何かの資料に目を通していた。

やがて、ウダの小さな声が沈黙をつんざく。


「エニシゲ君」

「はっ、はい!」


エニシゲは全身に痺れを走らせながら返答した。


「彼とは幼馴染でしたね?」

「は、はい」

「協力してくれるでしょうか?」

「そ、それは…」


返答に困ったエニシゲは、逆に質問を返す。


「あ、あの、この計画って、その…相当リスクですよね?」

「ええ。スタートすればもう後戻りはできません」

「そ、そこまでして治安向上を急ぐ必要があるんでしょうか?今の免許運営でも十分に改善傾向です。その、不謹慎ですが、少数の被害者救済のために逮捕されるリスクを冒してまで…」

「…」


エニシゲの言葉を聞いたウダは窓の外を眺め物憂げな表情を見せた。


「君は、平和な生活を送っているようですね」

「えっ!?」

「いえ、忘れて下さい」

「は、はぁ。あの、もしザキルが断ったら、どうなるんでしょうか?」


ウダは数秒の間を置き、重々しく口を開く。


「それは、考えない方がいいでしょう」

「…」


意味深なウダの発言を最後に二人の間に会話はなくなり、夜道を走るエンジンの音だけが轟き渡るのだった。



その頃、ザキルは一人で港場に残っていた。

優しく流れるそよ風がザキルの口元から葉巻の煙をさらっていく。

自身の葛藤、置かれている立場、そしてエニシゲのこと、悩み抜いた末、遂にザキルは決意するのだった。



-2日後の昼-

国家免許センター首脳の一角であるウダは、自室と思われる場所でリモート会議を行っていた。


「彼が承諾しました。予定通り計画を進行します」


ウダが見つめるノートパソコン画面の会議アプリ上には、4人分の小窓が分割して並んでいる。

それぞれカメラの映像は映っておらず、互いに表情を伺うことなく声だけの会議が進む。


<ひゅ~、激熱じゃーん。面白くなりそ>

<ウダさん、命がけの計画、敬意を表します>

<武運を祈っているぞ>

「ありがとうございます、それでは」


そしてウダは"五叡人臨時会議"とタイトルがつけられている会議アプリを閉じるのだった。



同じ頃、エニシゲは緊迫した様子でザキルに電話をかけていた。


「ザキル、お前、本当にやるのか?」

<あぁ>

「考え直せよ、いくら何でも危険すぎる!」

<お前に泥をかけたのは俺だ。ケジメをつけさせろ>

「だからって…」

<ニチョウの奴はどうしてる?>

「え?あ、あぁ。お前がいなくなってから元気無いよ」


エニシゲの言う通り、ニチョウは敬愛するザキルが去ったことで荒れた生活を送っていた。

公務にも身が入らず、深夜まで飲み歩き、家に帰ると倒れるように眠る毎日だった。

二人が電話している最中も、ニチョウは自宅で下着姿のまま酒瓶を握り、深い眠りについていた。


<切るぞ。もう連絡してくんな>

「ザキル!」


エニシゲの呼びかけが届くことなく、ザキルは電話を切ったのだった。



-同じ日の20時-

ザキルは人気の無い林道に車を駐車し指示を待っていた。

やがてウダから渡された暗号化機能付きのスマホに着信が届く。


<今資料を送りました、最初のターゲットです>


ザキルはスマホに届いたデータ資料を眺める。

記載されていたのは最初の標的となっている男のプロファイルや顔写真だった。


<酒気帯び運転で子供を轢いた官僚の男です。権力を駆使して数字や事実を操作した。政界でも中々評判が悪く制裁が下れば計画にいい影響が出るでしょう>


ザキルはウダの話を聞きながらスマホ画面をスクロールしていく。

すると、資料の最後に添付されていたのは被害者と思われる仲睦まじい親子が映る写真。


「!!」


中心で微笑む5歳ほどの男の子、その後ろに笑顔で立っていたのはザキルにとって見覚えのある女性だった。


<確認が終わりましたらデータは必ず消してください。それではよろしくお願いいたします>


そう言い残しウダは通話を切った。


「何もかもお見通しか?反吐が出る野郎だ」


写真に映っていたのは、あの日バーで知り合った女性だった。

ザキルの脳裏によみがえるのは息子を亡くした女性の慟哭と凄惨な涙、そして最期。

ザキルは渾身の感情を掻き立て、改めて母子の命を奪った男の顔を目に焼き付ける。


「ウダ、今だけはテメェの気まぐれに踊らされてやるぜ」


そう呟き、ザキルは車のアクセルを強く踏み颯爽と現場に向かうのだった。



-同じ頃-

とある高級料亭の個室では、ある三人の男たちが懐石料理に舌鼓を打っていた。

和気あいあいとした空気の中、上座に座る初老の男が豪快な笑い声をあげる。


「はっはっは。いやぁ~、やっと落ち着いたねぇ。ご苦労さん、ご苦労さん」


そう言うと男は、達磨のような太鼓腹に高級日本酒を流し込んだ。

隣に座る付き人の男はその太鼓腹の男に注意を促す。


「先生、今後はどうかお気を付け下さいまし」

「はっはっは、すまんすまん!いやいや、私もついつい油断してしまったよ。歳は取りたくないもんだねぇ~」

「先生にはまだまだご健在でいてもらわないと」

「はーっはっは、分かっとる、分かっとるとも!あんな下流親子のためにこの私が退くわけにはいかないからねぇ。まぁ、国のために必要な犠牲だと思って涙を飲んでもらおうじゃないか。我々はこの酒をたっぷりと飲むとするかね。あーっはっはっはっは」


耳障りな笑い声を上げる横で、付き人の男は正面に座るオールバックの男に深々と頭を下げた。


「いやぁ、今回も先生のお力添えには大変助けられました、本当にありがとうございます!」

「いえいえ、顧問弁護士として当然の事をしたまでです。まぁ、先方さんには気の毒でしたが」


弁護士を名乗った男は静かにほうじ茶をすする。


やがて会合はお開きとなり、官僚の男は付き人が用意したタクシーに乗り込んだ。


「うぃ~、ヤマサキ地区の方向まで向かえ」


運転手の男はそれを聞くと無言のまま車を走らせ始めた。

官僚の男はほろ酔い気分で呑気に鼻歌を歌っている。

すると、目的地に向かう途中、何故かタクシーは線路の真ん中で突然停車した。


「ん!?なんだ?」


官僚の男が違和感に気付くと、運転手の男は帽子を脱ぎ助手席に置く。

露になった金髪の後頭部から伸びる太い首、野太い声が車内に響く。


「運のいい野郎だ。映画みてぇな死に方出来るんだからなぁ」

「あ?何だって?」


そう言い残し、運転手の男はキーを抜き取りエンジンを切った上で車を降りた。

運転手の男はそのまま振り向きもせず、そのままどこかに歩き去って行ってしまう。

訳の分からない状況で車内に取り残された官僚の男は唖然としていた。


「はぁ?お、おい、貴様!なんのマネだ?戻って来い!」


しかし、その声が相手に届くことはなく、運転手の男はその場から姿を消した。

致し方なしといった様子で官僚の男が車のドアノブをひねると、ある違和感に気付く。


「ん!?」


男がいくらドアノブをひねってもドアは微動だにしなかった。

反対側のドア、運転席、助手席はもちろん、窓を開けることさえ出来ない状態だった。


「お、おい、なんだ?一体どうなってる!?」


すると、男にとって終焉のカウントダウンが始まった。

密閉された車内に、踏切の警告音が轟き始める。

状況を理解した男は、血相を変えて暴れ始めた。


「お、おおお、お、おい!誰か!!誰かいないのかぁ!?ああぁぁ!」


人気の無い夜更けの周囲、踏切の中心部に取り残された一台のタクシーが小刻みに揺れる。


「おい!おい!誰か!やめろぉぉ!!うわぁぁ!なんの真似だ!?この私を誰だと思ってるんだぁぁ!誰かぁ、誰かぁぁ!」


やがて遠方から届く轟音、猛スピードで突進してくる数百トンの鉄塊。

渾身の力でドアをこじ開けようとする男の姿も空しく、その時は訪れた。


「あぁぁぁあぁぁーー!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る