第2話:殺人免許計画 ~ 1億人の死神

「さ、殺人免許!?」

「左様です」


ウダの発言に耳を疑う二人。

ザキルは眉間にシワを寄せたまま黙りこくっている。


「また、驚かせてしまいましたね」

「…おちょくってんのか?」

「我々はいたって大真面目です」

「ほぉ…?」


ザキルとエニシゲは食い入るようにウダの話に耳を傾ける。


「名称や制度詳細に関してはまだ協議が必要ですが、主には必要十分な理由があると認定された被害者や遺族などに対し、加害者への報復殺人を許可する制度です」

「報復殺人…」

「左様。どんなに法や免許で規制をかけたところで、監視外の場で狼藉を働く者は後を絶ちません。教育機関でのいじめ自殺、企業組織でのパワハラ自殺。先日も小学校の女子トイレで集団暴力を受ける女子生徒の映像がSNSに流れてきました。実に痛ましい」


ウダは鎮痛な面持ちを見せながら続ける。


「人員や監視能力だけの問題ではない。パワハラ上司は業務の一環だったと言い張り法の裁きや免許剥奪を逃れるでしょう。法の網目というものは実に緩い。しかし」

「!」


ウダは声色をひとつ落とし、核心に迫る。


「"人から強く恨まれれば死刑判決を受ける可能性がある"となれば、不道徳な輩達ももう少しお上品になってくれるとは思いませんか?」

「えぇ…?」

「いつ、どこで、誰に、どんな恨みで。国民全員が監視員、背筋が伸びることは間違いないでしょう」

「…」

「取り締まり能力の限界と法の脆弱性には我々も長い間頭を悩ませてきました。これらを一挙に解決するべく、我々は大きな計画に踏み切ることにしたのです」

「だから、人殺し免許を発行するとでも言てぇのか?」

「これは大規模な粛清が目的ではありません。あくまで自戒の助長。無論、承認基準は厳正かつ公平にして勧善懲悪。承認数は制度が機能していることを証明するための最小限に留める予定です」

「つまり、時々"見せしめ"を出して必要以上には認可を出さない?」

「その通り。あくまで目的は治安向上とアンモラルの撲滅です」

「恐怖政治、というやつですか?」

「言い方を変えればそうなります。しかし政府の独断で行うものとは違います、あくまで国民が主体。言うなれば"民主的恐怖政治"といったところでしょうか」

「し、失礼ですが、あまりにも独裁的で非現実的かと…」

「国民から全幅の信頼を寄せられる今のセンターであれば、決しておとぎ話ではありません」


息を飲むエニシゲ、黙って傍聴するザキル、ウダは計画の全貌を打ち明け始める。


「しかし、事はそう簡単ではない。新免許制度成立には他4人の五叡人メンバーとセンター長、そして総理議長の認可が必須です。過激な内容ゆえ、それなりのエビデンスが必要。国情向上に効果的と理論的にも数字的にも証明されたものでなくてはいけない。そこで、ザキル君、アナタの力を是非ともお借りしたい」

「!」


すると、ウダから闇に満ちた提案が告げられる。


「我々が指定する人物に対し、秘密裏に制裁を加えていただきたい」

「!」

「もう少し端的に言いましょう。世間的認知度が高く、法や制度の影に隠れる困り者たちに、影からアナタの拳を突き立てていただきたいのです」


ザキルはウダの提案を受け、その真相を瞬時に察した。


「リハーサル、ってか?」

「ご名答」


海から聞こえる波音だけが車内に響く。


「もし、公に大きな恨みを買っている悪党たちが次々と闇討ちされる事件が続き世間に広まれば、恐らくは犯罪やモラル違反も大幅に現象するはず。そのデータを元に私が全力で法案を押す打算です」

「…」

「歴史的かつハイリスクな試みです。しかし、挑戦する価値は大いにある。これまでの歴史は愚か、神話の世界ですら成しえなかった"完全統治完全国家"の礎となることを確信しています。どうか、ご協力願えないでしょうか?」


ウダの話を聞き終わったザキルは少し考えた様子を見せた後、静かに口を開いた。


「ご高説ご苦労だったな。他を当たりな」

「!」

「インテリ野郎の口八丁さすがだと言いてぇところだが、俺はこれ以上の免許なんざ望んじゃいねぇんだよ」

「ザキル!」

「エニシゲ、お前もとっととセンターとは縁を切れ」

「え!?」

「これ以上免許屋を続けるな。おつむが免許に支配されちまったらタマでモノが見れなくなる。昔のお前に戻れ」

「ザキル…」


交渉決裂の間際、ウダは予想外のことを口走る。


「防げたかもしれませんよ?」

「あぁ?」

「防げたかもしれません。信頼していた相手に逃げられた妊婦が自害するなんて悲惨な事件は」

「!」


一気にザキルの表情が強張った。


「事故で息子を失った母親は、罪と罰から逃げる加害者をその手で八つ裂きにしたかったことでしょう。殺人免許があればその取得が生きる目的となり、早まった決断はしなかったかもしれない」

「テメェ…」


ザキルの琴線に強く触れるウダは不敵な笑みを浮かべている。


「そっから先は慎重に言葉を選びやがれ。テメェが第一号になりたくねぇならな」


眉間にシワを寄せるザキルを、どこか挑発するかのように説明を続ける。


「一部の国民は今の法に絶望しています。初犯であれば殺人罪ですらたかだか10年程度。少年法もすでに敗北。理不尽に家族を奪われた遺族は反省の無い形式的な手紙を送り付けられ怒りに震える。報復のチャンスもない。そういった人々を少しでも救える。いえ、そもそもそんな人々を生み出してはいけない」

「…」

「先日のニュースではスピード勝負に盛り上がった愚かなチンピラ共が衝突事故を起こし、無実の家族が死亡しました。たかだか懲役3年程度で許される罪でしょうか?」

「…」


ザキルの脳裏には、裏切られた末にわが子と心中した妊婦、そして自暴自棄の末に息子の元へと旅立った母親の姿が浮かんでいた。


「ザキル君、どうか、協力してはいただけませんか?」

「…」

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