第11話:自殺免許 ~ 魂の救済

-数日後の夜-

ザキルは遠く離れた街のバーにいた。

カウンター席に一人で座り、ゴッドファーザーを飲み干す。

空いたグラスを見つめながら物思いにふけっていると、バーテンダーの男が声をかけてきた。


「次、何にされますか?」

「…同じモンでいい」

「お強いですねぇ。もう5杯も飲まれているのに」


バーテンダーの男は台の下に目をやると、氷が切れていることに気づいた。


「おっと!申し訳ございません、買ってきますのでしばしお待ちを」


そしてバーテンダーの男はジャケットを羽織り店を出て行った。

店内にはザキル、そして反対側の席に座る女性の二人きりとなった。

酩酊した様子の女性は頭を落としており、その表情は髪で隠れて見えない。

ザキルは気にせず、葉巻を吸いながらバーテンダーの帰りを待っていると、突然背後のVIPルームから二人の若い男たちが出て来た。

二人は酩酊する女性を挟み、カウンター席に座る。


「お姉さん、大丈夫ぅ~?」

「一人?飲みすぎじゃない?」


20代前半と思われる装飾品まみれの男たちは、馴れ馴れしい口調で女性に話しかける。

肩がすり合うほどの距離感で男たちに迫られているが、女性は意識が朦朧としており、まともな反応が出来ない様子だった。


「あら~?身体熱いよ?ちょっと横になろっか!」


すると、男たちは女性を抱え上げ、自分達が飲んでいたVIPルームに女性を担ぎ込んだ。

部屋の鍵を閉め、女性をソファに寝かせる。

軽く頬を叩きながら女性の意識がないことを悟ると、男たちは目を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。


「へへへ、ラッキー!どっちから行く?」

「今回はオレでしょー!」


そういうと男は女性が着ているブラウスのボタンをはずし始める。

下着が露になったところで、女性は違和感に気付き目を覚ました。


「…えっ?っきゃ…!」


女性が大声を上げそうになったところで、男は咄嗟に女性の口を手で塞ぐ。

状況を理解した女性は必死に暴れ抵抗するが、二人の男に力づくで抑えられ身動きが取れずにいた。


「静かにしろ!」

「おい!早くやっちまえ!」

「ん-っ!ん-っ!ん-っ!」


必死に助けを求める若い女性。

男たちはそんなことお構いなしといった様子で行為を強行しようとする。

相手を抑えながら片手で急いでベルトを外し、ズボンを下ろす男。

するとその時、部屋の中に轟音が轟いた。


「へ?」


男たちが動きを止め振り返ると、鍵を蹴破られたドアの前に立っていたのは、額に青筋を走らせた任侠面の大男。


「だっ、誰お前!?」

「…今は何者でもねぇ。ただの機嫌が悪ぃ通りすがりだ」


やがて二人の男は、逃げ場のないVIPルームで鋼鉄の拳を全身に浴び、シラフのまま意識を失った後、部屋の床を鮮血で染めるのだった。



-数分後-

「…っち」


強姦未遂の男たちを打ちのめしたザキルは、収まらないむしゃくしゃを感じ小さく舌を打つ。

救われた女性は、目の前で起こった怒涛の展開に少し呆けている様子だった。

少し怯えながらザキルをまじまじと見つめ、その場から動こうとしない女性。

やがてザキルは女性の隣に腰を下ろし、ポケットから葉巻を取り出しながら声をかける。


「自業自得だ。自重しろ」

「!」

「なんのヤケ酒かは知らねぇが、次はねぇ」

「…」


すると、女性からは意外な返答が返ってきた。


「…ほっといてよ」

「あ?」


ザキルは横目で女性の方を見る。

ほんの数分前に襲われていた女性が今見せているのは、抜けない恐怖からくる"震え"ではなく、何故か悲壮と落胆に満ちた暗い表情だった。


「どうでもいいから。アンタに関係ないでしょ」

「…勝手にしろ」


ザキルは決して事情を聞きだそうとはせず、立ち上がりVIPルームを出た。

すると、氷を買って来たバーテンダーの男と鉢合わせする。


「あ、お帰りですか?」


ザキルは財布から飲み代以上のお札を取り出し、バーテンの胸ポケットに突っ込む。


「ドアの修理代だ」

「え?」

「ゴタついた。中で寝てるガキ共を通報しとけ。監視カメラの映像はあるな?」

「!」


バーテンダーの男は部屋の中を覗いた。

血まみれで床に倒れる二人の男とうなだれながらソファに寄りかかる一人の女性、事情を察知し、小さく息をつく。


「お怪我はありませんでしたか?」

「女は無事だ。抱え事がありやがるらしい。送ってやれ」

「あぁ、彼女ですね…」

「あ?」


バーテンダーの男は、その女性を見ると何か事情を知っているような素振りを見せた。

そして、女性に悟られないよう店の隅に移動し、静かにその素性が語られる。


「彼女、息子さんを交通事故で亡くされたんです」

「!」

「可哀想に、見ていられませんでした。相手は普段から交通違反を繰り返す男だったらしいのですが、運悪く官僚のお偉方。金と人脈にモノを言わせて事実上の無罪放免。息子さんの不注意だ、車の不備だと言い逃れした挙句、運転免許すらはく奪されなかったそうですよ…」

「…」

「免許制度というのも、やはり完璧ではありませんね…」


二人が立ち話をしている最中、突然部屋の中から女性が出てきた。


「ねぇ」

「!」

「ちょっと付き合ってよ」


ザキルは突然の申し出に戸惑いながらも、女性と共にタクシーに乗り込む。

そして到着したのはとある交差点。

夜更けであることから車の往来はほぼなく、静かな空間に信号の点滅が繰り返されている。

よく見ると、電信柱の元には慎ましく花が手向けられていた。


「ここで、あの子轢かれたの…」

「!」


女はまるで倒れ込むかのように電柱に寄りかかると、背を合わせてゆっくりとその場に腰を下ろした。


「今でも信じられない、あの時のこと、ほんの数時間前まで笑ってたのに。何であの子が?何で?何で…?」


女性は空を見上げながら声を震わせる。


「もう、耐えられない…」


そう言うと、女性はポケットから何か錠剤のようなものを取り出した。


「?」


続けて女性が取り出したのは一枚のカード、本人の顔写真が刻印されたそれには、あることを許可する内容が記されていた。


「そいつぁ…!」


ザキルは目を広げて驚いた。


「ここで死のうって決めてたの。あの子、まだここにいるかもしれないから」

「お前…!」


消え入りそうなかすれ声の女は、はっきりとその表情に死相が浮かんでいる。

手に握られる免許証には"自殺認定証"の文字。


「悪いんだけどさ、後のことお願いできる?」

「あぁ?」

「救急車だけ呼んでくれればいいから。手続きは全部終わってる。これも何かの縁だしさ」


そして、女がケースから錠剤を取り出しそのまま口に放り込もうとする刹那、ザキルは駆け寄り女の手を握り制止した。


「…離して」

「一旦落ち着け。酒を抜け」

「離してってば」

「頭冷やしてからもう一度考えろ!」

「助けてるつもり?」

「あぁ?」


先ほどまで生気のない表情だった女性は突然眼光を強め、ザキルに対し睨みを利かす。

そして周囲に響き渡るほどの怒声を上げ始めた。


「もうウンザリなの!アンタみたいなやつ数えきれないほどいたわよ。"生きてればいいことある"だの"忘れることも必要だよ"とか"息子は母親のそんな姿見たくないよ"だの、どいつもこいつも、無責任なきれいごとばっかり言ってんじゃねぇ!!こっちの気持ちを考えようともしないし、責任を取るつもりもないクセに。お前らが私とあの子の何を知ってるの?お前らみたいなバカで自己満足しか脳にないクソ野郎共が偉そうなこと言うな!!"忘れろ"って?"前向きに生きろ"だって?できる訳ねぇだろうがぁぁ!!!」


まるで錯乱したかのように叫び散らかす女性、目の前のザキルはそれでも女の手を離さず、じっと相手を見つめていた。

すると、


「離してよ…」

「…」

「お願い…、お願いだから…」

「!」


精魂は尽き果て、最後の力を振り絞るようにつぶやき始めた女が見せたのは、瞳から流れ落ちる悲嘆の雫。

ザキルは思わず手を緩めてしまった。


「もう、無理なの…。本当に、もう、無理なの…」


ついにザキルはその手を完全に放してしまった。

再び相手の手を握ろうとしても、決してザキルの身体に力が入ることはなかった。

そしてついに、女は自らの意思でその生涯に幕を下ろした。

鼓動が止み、力が抜け、魂の抜け殻となった肉体はその場で横に倒れる。

傍で手向けられている小さな花がそよ風に揺れる姿は、最愛の存在が彼女の昇天を歓迎しているかのように見えた。

ザキルの目の前に横たわっているのは、自身の無力により守れなかった一人の命。

しかし、それは皮肉にも自身が背を向けたセンターが、苦痛からの解放という形で救った存在でもあった。

やがて、暗闇をつんざく赤いサイレンが遠くの方から聞こえてくるのだった。


第一章:完

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