第8話:もう一人の天敵"国営放送" ~ クビを懸けた友情

エニシゲが言い放ったひと言は周囲を驚かせた。


「な、なんじゃと?」

「お引き取り下さい。来訪者の皆様がお待ちなので」


いち準公務員であるエニシゲが、巨大政党の党首に対し毅然とした態度で反旗を翻した。

予想外の出来事に、ブタバナとその一味も驚きを隠せずにいた。


「聞こえんかったのか?暴動を起こした連中の資料を出せと、私は言ったんだ」

「必要ありません。彼らの公務は正当なものでした」

「貴様…一体何を言っとる?」

「そちらこそ聞こえませんでしたか?理由なら先ほど申し上げた通りです」

「なっ!?」


エニシゲは普段の柔らかい物腰とは一線を画し、堂々とした態度で対峙する。


「おい、小役人の分際でこの私に逆らうのか?」

「大役人の身分でありながら、国情を改善できなかったことに恥はないのですか?」

「なっ、なにぃ!?」

「我々センターは発足してからあらゆる面で国を良くしてきました。犯罪件数と民事裁判の減少、GDP上昇、失業率低下、出産率の向上、地方創生。アナタ方が政権を握っていた時とは正反対の結果です」

「ッ!?」


言葉をのどに詰まらせ、グゥの音も出ずに咳込むブタバナ。


「そんなことだから選挙では孤立無援だった今の総理議長に2万票もの差をつけられたのでは?人脈や資金力をひけらかしていたことが仇になりましたね。歴史上稀に見る完敗だったと思います」

「きききき、貴様ぁぁぁ!!」

「我々はきちんと結果を出している。今日もそのために粉骨砕身の覚悟で公務をします。どうか邪魔しないでいただきたい。お引き取り下さい!」


センター事務局長として誇りを持ち公務に当たるエニシゲは、覚悟と覇気を纏った言葉を盛大に放ち深々と頭を下げた。

ブタバナは沸騰したかのように顔を怒りで赤らめる。

エニシゲによる論破により、まさに言葉にならない怒りでただ全身を震わせるしかなかった。


「きき、き、貴様らぁぁあ!覚えておけぇぇ!!」


苦し紛れの声を漏らし、そのまま事務局を去って行くブタバナ一派。

ニチョウを始めとするセンター職員たちは、清々しい気持ちでエニシゲへ拍手を送るのだった。



センター事務庁舎で大恥をかいたブタバナは、その足でとある場所へ訪れていた。

高級高層ビルの一室、豪勢な応接間で一人の老人相手にセンターでの出来事を説明している。


「がっはははは。そんな威勢のいい小娘がおったかぁ~」

「会長殿!これは笑い事ではありませんよ!」

「落ち着きなっせブタちゃん、分かっとるがなぁ~」


高級スーツを身に纏った80代ほどの高齢男性は扇子を仰ぎながら高笑いをきめている。

やせ細った四肢ながら、どこか覇気を感じさせるこの老人は国営放送の会長を務める男だった。

政界や経済界に屈指の影響力を持ち、報道の頂点に立つ権威者。

過去とある事件をきっかけに、免許センターを敵対視するという点でブタバナとは同盟関係にあった。


「すぐこの不祥事を大々的に報道して下さい!これはチャンスですぞ!」

「わーかっちょるわかっちょるて。この国でほんまもんの力があるのは政治家じゃのうて報道やちゅうことを思い知らせちゃるわい!」

「いやぁ、相変わらず頼もしいですなぁ~」

「造作ないわい。ワシの気に食わんヤツは徹底的にやっちゃるわい~」


職権乱用と腐敗に染まり切った会長の男は再び高笑いをきめる。

これまで公営放送という影響力を悪用し、自身の立場を守り、不利益を排除してきた会長の男。

捏造、切り取り、歪んだ報道などにより、社会的立場を失った人々や組織がある中でも、その絶対的権力が揺らぐことはなかったのだった。



-翌日-

ブタバナと会長の思惑通り、1日を通してザキルやニチョウの公務がニュースとして取り沙汰された。

<昨日未明、警官による傷害事件が発生いたしました。被害者は取り締まり対象の規定に達していないながらも武力行使免許を持つ警官から過度な暴力を受け大怪我を負ったということです。なお、国家免許センターは声明を出し"あくまで公務の範疇だった"と、警官二人を看過する方針です>


ニュース映像を見た国民は一様に不安の表情を浮かべていた。


「え、ちょっとやばくない…?」

「これ警官側の言ったもん勝ちじゃね?センター見逃すってこと?」

「こんなこと許してたらガチの独裁だよね…?」

「やっぱ暴力免許だけは廃止にした方がいいって!」



-同日の19:30-

公務を終えたザキル、ニチョウ、エニシゲは、街中にある大衆居酒屋で酒を嗜んでいた。


「っぷはぁ、生き返るぜぇ~!」


威勢よくジョッキのビールを飲み干すニチョウ。

テーブルの上には焼き鳥を始めとしていくつか酒の肴が並ぶ。

乾杯を終え、労のねぎらいがひと段落したところでエニシゲが注意喚起をし出す。


「二人とも、ニュースは見たね?」

「!」

「いいか?武力免許はリンチを許可する制度じゃない。被害者を見て気持ちが昂ぶるのは分かるけど、庇うのにも限界がある。これ以上無茶はしないでくれ」

「…」


ザキルは何も言い返さなかった。

重苦しい空気を変えようとニチョウが仲裁に入る。


「まぁまぁエニちん、そう怖い顔しなさんなって~。マスゴミ連中の嫌がらせ報道なんて今に始まったこっちゃないだろ~?」

「報道の真偽が重要なんじゃない。どんなにガサツなニュースであっても一定の国民はそれをそのまま信じる。そのニュースが正確かどうかをわざわざ自分から調べに取材する人なんて普通いないだろ?」

「あんな連中のいちゃもんにいちいち怯えてたら仕事にならないぜ」

「俺たちセンターは今大事な時期なんだ。連中に隙を見せる訳にはいかないんだ」

「けどよぉ~」

「我が身の可愛いさだけで言ってるんじゃない。けど、正直言って俺たちももう崖っぷちなんだ」


すると、ザキルはジョッキのビールを一気に飲み干し、静かに口を開いた。


「お前がクビを賭けてオレをサツに入れたことには感謝してるつもりだ」

「!」

「面倒かけた、悪かったな」

「…知ってたのか」


2年前、ならず者だったザキルを見捨てておけず、手を差し伸べ警察組織に編入させたエニシゲ。

ザキルの前科や素行に問題ありと各所からの猛反対を受けたが、押し切る説得材料としてエニシゲは自身のクビを賭けていた。

すると、エニシゲの口から更にくぎを刺す事実が告げられる。


「言わないつもりだったけど、この武力免許は五叡人の皆さんが今一番注目してるって噂だ」

「!」

「今は試験運用中で本格導入に意気込んでる。もし二人の素行で免許が失敗に終われば、五叡人の方々の顔に直接泥を塗ることになる。そうなれば、どうなるか分かるだろ…?」


ザキルとニチョウは神妙な面持ちのまま互いに目を合わせる。


「俺もこんなことは言いたくないけど、直接ブタバナ本人に目を付けられた。責任の重大さをもっと感じてほしい」

「あんなタマの小せぇチビにビビることねぇのに」

「ニ、ニチョウ君!いいか?二度とあんなことするなよ?」

「へいへーい」



その頃、噂の五叡人はそれぞれの居場所からアプリを通じてリモート会議を行っていた。


<人選をミスりましたかねぇ?>

<まぁ免許の性質上、反対派の連中に餌を与えてしまいがちなのは致し方ないかと>

<いずれにしてもブタバナに纏わりつかれては厄介です。注視しておきましょう…>



-翌日-

ザキルとニチョウはいつも通りパトカーに乗ってパトロールをしていた。

街中を走る途中、無線が入る。


<オランジュ地区の公園でトラブル、急行せよ>


無線を受けたザキルはハンドルを切り指定された公園へと急ぐ。

現場に駆けつけると1人の老人が子連れの母親に絡んでいる姿があった。


「真っ昼間っからウルセェだろ!どういう躾してんだ!」

「は、離して下さい!」

「こんガキァ、ぶん殴るぞ!」


老人は母親の腕を強く掴み怒声を浴びせていた。

小さな男の子は母親の脚にすがりつき怯えている。

少しの間問答が続き、子供の遊び声に怒る老人はついに母親をその場に突き飛ばした。


「キャッ!」


母親が大きく尻もちをつくと、次に老人は男の子の頭を強くはたいた。


「うわぁぁぁぁあん!」

「やめて下さい!」


母親が咄嗟に泣く子供を抱きかかえ、身を丸めて守ろうとしている最中、老人の背後に大きな影がかかる。

その影に気づいた老人が振り返ると、そこには怒気を纏ったザキルが仁王立ちする姿。


「ひっ…!」


ザキルは有無を言わさず老人の胸倉を掴み上げ、宙に持ち上げる。


「がっ…!!!」


老人は気道を塞がれ呼吸が止まる。

理不尽な理由で暴行を受けた親子を見て頭に血が上ったザキルだったが、その瞬間ふとエニシゲの言葉が脳裏によぎった。


<これ以上無茶はしないでくれ、正直言って俺ももう崖っぷちなんだ>

「…」


ザキルは急に冷静になり、老人をそのまま地面に落とした。


「失せろ、二度とツラ見せるな」


苦しさから咳込む老人を睨み、迫力のひと言を投げかける。

老人は逃げるようにしてその場から去って行った。

親子からお礼を言われたザキルは、何も言わずそのままパトカーに戻って行った。


「暴行してんだから、一発くらいぶん殴ってもよかったんじゃないスか?」


一部始終を見ていたニチョウからそう言われても、やはりザキルは何も言わなかった。

そのまま二人はパトカーで次の現場へと向かって行ったのだった。



本日の公務を終えた二人は、警察本部へと帰還していた。

それぞれ更衣室で私服に着替え、再び建物の外で合流し繁華街へと向かう。

近くの大衆居酒屋で軽く夕飯と晩酌を済ませた二人。

夜20時頃にその店から出て来ると、辺りはすっかりと日が落ちていた。


「ふい~、今日も疲れましたねぇ。今日もあちこちでデモ団体やかましかったすわ」

「ふん」

「しっかし、この国どうなることやらって感じッスよね」


免許制度の躍進により国が活気づく中、パトロールの現場にいるザキルとニチョウはその歪に沈む人々や現実も多く目の当たりにしていた。


「この前の親子とかもそうだけど、あっちゃこっちゃで免許格差やばいスよね。どっかの国みたいな寝そべり族みたいな輩まで出て来やがったみたいだし。光ありゃ影ありってか」

「…」

「どう思います?」

「何がだ?」

「この免許国家って、未来あると思います?」

「…さぁな」


ザキルが様々な思いを馳せていると、突然ほろ酔いのニチョウが酔った勢いでザキルの腕に寄りかかり甘えた声を出す。


「ザキさぁ~ん、今日送って下さいよ~」

「あぁ?」

「ほらもう辺り真っ暗っすよ~?アタシ一人じゃ怖い~ん」

「ほざけ!どこの世界にお前みてぇなバーサーカー女を襲う野郎が…ん!?」


ザキルがニチョウの誘いを一蹴する中、目の前にある公園のベンチに見覚えのある女性が座っていた。


「あれは…」

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