第7話:天敵ブタバナの登場 ~ "舐め"られない相手

突如として事務局に現れた不穏なオーラを纏った集団、その中心に立つ男。

160cmほどの身長とジャケットを押し上げる脂肪腹、醜悪な顔つきを上から見下ろすと、頭頂部は見事なバーコードに仕上がっている。

実年齢65歳を大きくリードした風貌を見せるのは、国内政党"差苦狩党"党首のブタバナ・タオレだった。


「なぁ、誰だ?この汚ねぇオッサン」

「な、何?ニュース見てないのか?」

「あ?」

「ブタバナ・タレオだよ!」

「お偉いさんか?」

「今の総理議長に匹敵するパワーを持ってる政界の大物だ」

「あー、なんか聞いたことあるな。確かセンターの天敵だろ?」

「そりゃ、野党だからね」

「ほーん。で?そいつらが一体なんの用だ?」

「さあ…。けど間違いなく何かの嫌がらせだ。政権転覆を狙ってるんだ。総理議長の支持率を急上昇させている僕ら免許センターを目の敵にしてる」

「なーにビビッてんだよ?こっちは総理議長って頭がバックについてる天下のセンター様だろ?」

「そう簡単じゃないんだよ…。奴らのバックには"国営放送”が…」


人海戦術で虚勢を張るために役割のない議員を多く従えるブタバナだったが、背後に構える議員たちも政界ではある程度名の通った強者ばかりだった。


「暇人どもが…」


一人の職員が皮肉を込めてそう呟く。

ヒソヒソ話でエニシゲの説明を聞いたニチョウは、改めてブタバナという男をしげしげと見た。

ブタバナは、いやらしい笑みでエニシゲを見上げている。


「業務は捗っているかね?」

「え、えぇ、まぁ。どのようなご用件でしょうか?」

「ふふん、君らが発行している武力免許の件についてだがねぇ」

「!」

「改めて内容を説明してもらえないかねぇ?」

「え?」


ブタバナはどこか含みのある言い方でエニシゲに説明を求めた。


「は、はい。一部の警察官に認可されている"武力施行認定書"、警官が現場の判断により軽犯罪やモラル違反に対し適度の武力を用いて取り締まれる制度です」

「その目的は?」

「犯罪抑止と防止、被害者を未然に救済するための制度です。"警察は事件にならなければ動けない"という法律の穴と煩雑さを解消するための試みです」

「ほう?それでぇ~?」

「え?」

「その免許は一体何を許可するのかね?」

「で、ですから、認可された警官は現場の状況に応じて適度な武力の施行が認可され…」

「"適度な武力"?君、今そう言ったかね?」

「え?は、はい…」


すると、ブタバナ後ろに構える議員から1枚の資料を受け取り内容を読み上げる。


「本日午前14時頃、ハマサキ地区のパチンコ店駐車場にて40代の男性が暴力警官により2針を縫う怪我を負ったそうだ」

「!!」

「同時刻、同地域、スーパーマーケット内で同じく暴力警官により60代の男性がこめかみを剥離骨折する怪我を負った報告が上がっている」

「え…」

「説明したまえ、これは一体どういうことかねぇ~?え~?」

「そ、それは…」

「君、これが"適度な武力"とでも言うつもりかね?大問題じゃないかね?犯罪を抑止するどころか警官自身が犯罪者となっては本末転倒というものだろ」


ブタバナは本日ザキルとニチョウが検挙した現場の報告をいち早く聞きつけ、相手の喉元にナイフを突きつけたような得意気でネチネチと嫌味を並べ始める。


「昔から君らが掲げる免許制度にはあちこちから問題視の声が上がっていたがねぇ。これはセンターの極めて大きな汚点ではないのか?ええ?」


エニシゲの表情が曇る。

各所の権力組織に多大な影響力を持つブタバナのひと言は、ただの脅しだとしても聞き流せないものだった。

エニシゲは必死にその場を取り繕い始める。


「あ、あくまで正当な取り締まりの一環だったという認識です」

「なんだとぉ?大けが人を出しておいてか?」

「警官本人の安全を守ることも重要です!相手の抵抗度合いによっては、強い取り締まりが必要な場合もあります」

「っふん!詭弁を」


二人のやり取りを傍観していたニチョウは、自身の行いが槍玉に挙げられていることに気づき、不敵な笑みを浮かべた。


「な~るほど。アタシらをダシにいちゃもんつけに来たってワケね?」


ニチョウはそう呟くと、静かにブタバナへと近づいて行く。


「あ!ニチョウ君!」


ニチョウはブタバナの目の前に立つと腰に手を当ててブタバナを見下ろした。

周囲の政治家たちが警戒する中、ブタバナ本人は胆力に余裕を見せ堂々とニチョウを迎え撃つ。


「ふん、どうやらスーパーの事件は君が起こしたようだね?」


ブタバナは手元の資料に掲載されているニチョウの顔写真と本人を見比べ確信を得ていた。


「見るからに野蛮そうだな。その首に見える刺青はペニスの先っぽかな?知能レベルが伺えるわい」

「…」

「何だね?何か意見でもあるのかね?人間の言葉を喋れるのであれば聞いてやろう」


すると、ニチョウは一瞬口角を上げた。

そして次の瞬間、素早い手業でブタバナの股間を強く握りあげた。


「!!!」


周囲が驚き、ブタバナが驚きと痛みに硬直する中、ニチョウは相手の耳元で静かに口を開く。


「まぁそう、熱くなりなさんなって。こうタマが小さくちゃ、役人の頭なんて務まらないんじゃないですかい?」

「あおぅっ、ぬをぉぉ…」

「ウチら、ちぃとばかし気性の荒い人間が集まってるもんでね。少し大目に見といて下さいやぁ」


エニシゲは大慌てでニチョウを引き離す。


「バッ、バカ!お、おい、やめろ!」


ニヤニヤと笑いながら、ブタバナから引き離されるニチョウ。

額に脂汗を浮かび上がらせながら、ブタバナは荒い呼吸で声を荒げる。


「くんぬぅ~!バカ女がぁ!ナメおってぇぇ!」

「あぁ?なんだ、"舐めて"欲しかったのか?けど無理だろ。小さすぎてそのデブ腹の中に沈んじまってるからな」

「!!」

「薬無しで勃たせられんのよ?」


侮辱の限りを尽くされたブタバナは頭頂部まで怒りを沸騰させ、ついに言葉を選ばなくなり始める。


「貴様らぁぁ!!覚えておけ、この私を侮辱したことを後悔させてやるわぁぁ!」


ケタケタとあざ笑うニチョウをよそに、センター職員たちは自身の職位が危機にさらされていることに強い危機感を感じている様子だった。


「おい!そのメス猿の資料を今すぐ出せ!国会で晒し首にしてくれる!ザキルとか言うクズの分もだ!」

「あ?」


ザキルを名指しで悪く言われたことでニチョウから笑顔が消え、一変険しい顔つきになる。


「公務を隠れ蓑にしとる暴漢チンパンジー共めが!そんな税金泥棒なんぞこの私の力で即時抹消してやるわい!」

「あぁ?テメェ、今なんつった?あぁ?」


自身が敬愛するザキルを侮辱されたニチョウは、今にも飛び掛かりそうな勢いで一歩を踏み出した。

すると、隣にいたエニシゲは瞬時にニチョウの肩に手を置き動きを止めた。


「止めるんだ、ニチョウ君!」

「離せ!黙ってられっか!」

「落ち着いてくれ、ここで突っかかって行けば連中の思うツボだ!」

「あぁ?」

「連中は"国営放送"と繋がってるんだ!」

「!」

「ここでコトを荒げたらどんな報道されるか分かったもんじゃない!俺たち役所はマスコミと報道に隙を見せる訳にはいかないんだ…」


エニシゲの説明通り、ブタバナは国内最大の影響力を持つメディア組織"国営放送局"と癒着関係にあった。

会長の手を借り、常日頃からセンターに対する切り取りや湾曲報道で議長の支持率に小さくない影響を及ぼしていた。

ゆくゆくは政権交代を目論んでいることから、現総理議長最大の功績であるセンターへの嫌がらせ行為は集中と過激さを増す最中の暴力免許騒動。

また、事務局職員たちにとっては過激派デモやクレーマーを増幅させる悩みの種でもあった。

エニシゲの危機感を感じさせる眼差しを見て、何とか気持ちを沈めたニチョウだったが、ブタバナの発言がその流れを変える。


「こんの青二才共がぁ!貴様らのような世間知らずのガキ共が道楽で政治家ごっごをしおってぇ!」

「!」


ブタバナの発言にエニシゲは強く反応を示した。

踏み止まったニチョウがエニシゲの顔を見ると、普段とは見慣れない鬼気とした表情が浮かんでいる。

そしてエニシゲは数歩前に歩み出て、ブタバナの目の前で言い放つ。


「お引き取り下さい」

「はぁ!?」

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