第6話:家族免許の弊害 ~ 目前の1人か、無罪の1億人か
尋ねられた職員はザキルの後方を指差した。
二人が振り返ると、そこにはノートパソコンを脇に抱えたメガネの青年が歩いていた。
どこか育ちの良さを伺わせるハイソなスーツ姿、見るからに温厚そうな顔つき。
両脇に歩き並ぶ部下の職員と真剣な表情で話しをしている。
「エニシゲ」
「ん?あ、ザキル!」
ザキルが名前を呼ぶと、エニシゲという男は反応し立ち止まった。
部下たちに先に行っておくよう指示を出し、男はザキルたちの元へ歩み寄る。
「お疲れ様。報告に来たのか?」
「やっほー、エニちーん」
慣れ慣れしくあだ名で呼ぶニチョウ。
ザキルも含め、互いが近い関係性であることを現していた。
「時間あるか?」
「あぁ、大丈夫だよ。どうした?」
「話がある」
「そうか、分かった。なら屋上に行こうか」
「ニチョウ、お前はここで待ってろ」
「へーい」
ザキルと事務局長であるエニシゲは、そのまま二人だけでセンターの屋上階へと姿を消して行った。
残されたニチョウと職員は二人の様子を伺いながら噂話をする。
「ザキルさん、局長になんの用事かしら?」
「まぁ、大体の察しはつくけどな」
「え?」
その頃、若きセンター事務局長であるエニシゲと庁舎の屋上に訪れたザキル。
二人は柵の前に立ち、街の風景を見下ろす。
すると、ザキルは徐にポケットからとある駄菓子を取り出し、エニシゲに差し出した。
「え、これ!」
それは"コーヒーシガレット"という名称のタバコの形を模したコーヒー味の糖菓子だった。
「懐かしいなぁ!まだ売ってたんだ」
二人は箱の中からそれぞれ一本取り出し、口に咥え思い出に浸りながらそれを味わう。
「ははっ。昔、二人でこうやって大人ごっことかしてたよな」
にこやかな顔で昔を懐かしむエニシゲ、ザキルもまたその光景を思い出しているようだった。
「…順調か?」
「ん?まぁそれなりかな」
「そうか」
「で、何かあったのか?ザキル」
「…」
「何か相談があって来たんだろ?」
旧知の仲であることを伺わせる二人、エニシゲは何かを察しザキルへ問い質す。
口に咥えていた砂糖菓子を食べきり、ザキルは静かに口を開いた。
「家族免許の審査、もう少し何とかなんねぇのか?」
「え?」
「親からガキを引っぺがすのは、もう少し情けがあってもいいだろ。金が全てか?」
ザキルは今日の公務中、児童施設の前で見た光景が忘れられずにいた。
現場で多くの涙を見て来た傍ら、制度に強い疑問を持ち始めていたザキルは一部始終をエニシゲに打ち明ける。
「…そうか。そんなことがあったのか」
エニシゲは友として、幼馴染として、ザキルの心情を最大限に汲み取りながら現実的な説得をし始める。
「課題があるのは分かってるよ。現場にも苦労かけるけど、制度のお陰で救われている人がいることも理解してほしい。貧困が原因で親子が無理心中するニュースなんて、もう見たくないだろ?」
「…」
「"気持ちさえあれば"なんて綺麗事の裏に隠れた悲惨さを見過ごしちゃいけないんだ。制度の狭間に吸い込まれる人がいるのは分かってるけど、目の前の1人のために制度が崩壊すれば、罪のない1億の人が犠牲になる」
「んなこたぁ言われるもまでもねぇんだよ」
「だよな。俺たちも頑張ってるよ。けど免許センターは発足してまだ5年目だ。制度と組織っていうのは本当にいろいろと難しいんだよ」
「頭のお前がそんなシャバいこと吐いていいのか?」
「俺はただの"雑用"局長だよ。実際に権限を握ってるのはセンター長と"五叡人"の皆さんだ」
「ゴエイジン?」
「センター長直属のトップエージェント達。世界中から厳選された5人の叡智人で凄い人たちさ。彼らがこの免許国家を作り国を救った」
「どんな連中だ?」
「分からない」
「あぁ?」
「月いちのオンラインミーティングでお話するけど、姿形どころか素性さえ謎だよ」
ザキルはまた一本、箱から取り出した"コーヒーシガレット"を口に咥える。
「支援政策は進んでんのか?」
「ああ、順調だよ」
「そうか…」
「ザキルの気持ちは分かるよ。相変わらず、女、子どもに優しいんだな」
「ほざけ」
ザキルはそれ以上の言葉を返すこともなく、ただ静かに街並みを眺めていた。
「お前ら免許屋のお陰でクソ野郎どもをしょっ引きやすいのは確かだ。邪魔したな…」
力無くそう言い放ったザキルは、残りの"コーヒーシガレット"をエニシゲに手渡し、その場を去って行った。
その背中を見送るエニシゲは、物憂げな表情を浮かべながらも、仕事への決意を新たに公務に戻るのだった。
屋上でエニシゲとの対談を終えたザキルは、そのまま1階の事務局フロアへ降りて来た。
「お!お帰りっすー」
ニチョウと合流し、事務局を後にしようとしたザキルだったが、ある窓口に座る女性に強い違和感を感じ立ち止まる。
「…堕ろせって、ことですよね?」
もはや、頭上に"どんより"の文字が浮かび上がりそうなほど、肩を落とし暗い雰囲気を醸し出す一人の来訪女性。
対応する女性職員も明らかに曇った表情で、どこか申し訳なさそうに話をしている。
「どうしても施設に預けるのにご抵抗があるなら、ご出産はお勧めできません。無理に引き取ってあなたが大人免許まで剥奪されたらご自身の生活すらままならいですし、保障も受けられないので、お子さんの将来にも大きく影響が…」
「でも、このままだと、一生子供と一緒には暮らせないんですよね…?」
「それは…」
一通りの説明を受け終わった女性は、職員から受け取った数枚の書類をカバンに入れ、会釈をしてその場を去って行く。
様子が気になったザキルは、対応した女性職員へと歩み寄った。
「どうした?」
「えぇ。あの方、身籠ってらっしゃるんだけど、相手の男が妊娠を知った途端に逃げたらしいわ」
「!」
「純粋そうな人だった。騙されたのね、可哀想に…」
その女性職員は、憐れんだような目で事情を話す。
「彼女の経済状況じゃ、特別母子家庭認定はしてあげられないし、施設には入れたくないって言うから。今ならまだ堕ろせるし…」
ザキルは来訪者の女が置かれた状況を案じ、不憫と怒りを感じていた。
何とかしてあげたい気持ちでいっぱいだったが、先ほどのエニシゲとの話が脳裏をよぎった。
(目の前の一人のために組織が崩壊すれば、罪のない1億の人が犠牲になる)
「…っち」
「ザキさん?どうしたんすか?あっ…」
ニチョウはザキルの様子が気になり声をかけたが、背中越しから伝わる怒気を察知し一歩後退りをする。
ザキルは何も言わず、その場を去って行った。
「あちゃー、ご機嫌ナナメかー」
一人で去るザキルの背中を遠目に見送るニチョウ。
すると、それまで落ち着きのある静けさを見せる事務局内に突然どよめきが走った。
一人、また一人と、職員たちは望まぬ来客集団の存在に気付き始める。
「え!?」
「うわ…」
「おい、マジかよ…」
来訪者や職員たちが視線を向ける方向を振り返るエニシゲとニチョウ。
そこには一人の小柄な男を中心とする30人程のスーツ姿の集団が闊歩している姿。
「!」
エニシゲはその存在にピンときた様子だったが、ニチョウは呆けた表情で傍観している。
やがて集団は二人の前に立ちはだかり、リーダーと思われる小柄な男がエニシゲに声をかけた。
「お邪魔するよぉ」
「ど、どうも。ブタバナさん…」
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