第5話:免許国家の風景 ~ 免許と言う名の人権
国家公認で"暴力免許"を付与されているザキルとニチョウは、本日の公務を終えパトカーでセンター事務局へ報告に向かっていた。
交差点の赤信号で停車すると、助手席に座るニチョウがとある光景に気付く。
「お!」
ニチョウの声に反応し、ザキルも同じ方向を見る。
窓ガラス越しに見えたのはとある児童養護施設。
中庭ではたくさんの子供たちが和気あいあいと遊び駆け回っている。
そんな施設の外から、中の様子を食い入るように見ている若い男女の姿。
二人はうっすらと目に涙を浮かべながら、一人の男児を目で追っている。
「ケンタ…。よかった、元気そうだ」
「うん、ほんと、よかった…」
両親と思われる二人から見つめられているとは知らず、ケンタと呼ばれた男児は友達と楽しそうに砂遊びをしていた。
「もう少し、もう少しだからな。すぐに迎えに行くからな!」
「ケンタ…」
感情を抑えきれない母親の女性は、口を押えながら懺悔の雫を地面に落とす。
何も言わずそっと肩を抱き寄せる父親の男、二人はやがて静かに施設を去って行った。
「あ~らら。勢いのデキ婚で経済審査に落とされたと見た。最近じゃ家族免許の審査も厳しいらしいスよ」
ニチョウが淡々とした口調で状況を言い当てる横で、ザキルは神妙な面持ちを見せる。
すると、今度はザキルが運転席の窓からある光景に気づいた。
「免許制度反対ー!」
「人権侵害を許すなー!」
「神の裁きをー!」
白昼堂々、無数のプラカードを掲げた団体が街中で大声を上げている。
「おーおー、デモも増えてきたスねぇ」
「死に物狂いだな…」
「そりゃそうスよ。今のご時世で免許剝がされちゃ家畜同然。このままじゃ連中地下に沈んで一生裏のシノギ。お天道様と今生の別れってね」
ニチョウの指摘通り、反対デモを行う団体に中途半端な雰囲気は一切なく、まるで自身の命そのものを必死に守り抜こうとする鬼気たる表情が浮かび上がっていた。
「地獄の沙汰も免許次第ってか。世知辛いねぇ」
やがて信号が青に変わり、車は法定速度に則り走り出すのだった。
-それから30分後-
センター事務局に到着したザキルとニチョウはパトカーを降り職員専用出入口へと向かう。
ドアに設置されたリーダーにセキュリティカードをかざし開錠の音が鳴る。
中に入り短い廊下を歩き進むと、金属探知機のゲートと一人の若い男性警備員が待ち構えていた。
「金属品や装備をこのカゴの中に入れて」
二人は渡されたカゴに、それぞれ手錠や警棒、無線機や警笛などを入れ警備員に渡す。
ザキルは両上を広げ身体検査を受けると金属探知機をくぐり事務局本部へと向かう。
「次、来い」
警備員の男がニチョウに身体検査を迫る。
「優しくしてねぇ~ん」
ニチョウは相手をからかう様な口調で両手を大きく広げた。
警備員の男は特に反応を見せることなく検査を終えると通行許可を出す。
「よし、行っていい」
ニチョウはポケットに手をしまい、ニヤニヤした表情で警備員そばに歩み寄る。
警備員の男は少し構えた表情を見せたが、ニチョウはお構いなしに男の耳元まで顔を寄せる。
「下手くそ」
そう呟くと、ニチョウは男の頬をベロリと下からじっくりと舐め上げた。
動揺した様子を堪え隠す警備の男だったが、明らかにその表情は強く歪む。
そんな男の様子を見て、ニチョウはケラケラと笑いながら金属探知機をくぐりザキルの後を追うのだった。
ザキルとニチョウが到着したのは街の中心地に位置するとある役所施設。
リノベーションされたばかりの大きな建物の周囲には、広大な駐車場が広がっていた。
"国家免許センター事務局庁舎"と書かれた正面玄関の自動ドアにはひっきりなしに人が往来している。
中では目的別に分かれた窓口があちらこちらに点在していた。
それぞれの場で、職員と来訪者が面と向かった位置に座り合い手続きをおこなう光景は、どこにでもある役所風景。
しかし、耳を澄ませると穏やかではない声色が聞こえてくる。
「次の方どうぞー」
「ったく、やっとかよ」
「お待たせいたしました。更新のお手続きですね?おかけ下さい」
「早くしてくれよぉ、こっちは急いでんだからよ」
免許更新窓口に座る青年職員が迎えたのは、下っ腹の出たふてぶてしい態度の中年男性。
書類を放り投げるようにして相手に差し出し、椅子に腰を落とすと足を組んでポケットに手を突っ込んだ。
青年職員は決して体格がいい訳ではないながらも、毅然とした態度で男と向かい合う。
「はい、拝見します。少々お待ちを」
中年の男は貧乏ゆすりをしながらどこか落ち着かない様子だった。
青年職員の様子を伺いながら、あちらこちらに目が泳いでいる。
すると、青年職員は書類内容に違和感を見つけた様子で、相手に問いただし始める。
「あなた、ペットの犬を飼っていますよね?」
「うっ…!」
中年の男は明らかに表情が引きつった。
「あ?ああ、いや、あー、、いや?そ、そうだったけかぁ…?」
「きちんと記録に残っていますよ。ダルメシアン犬の雄で4歳。ペットの健康診断書がありませんが?」
「あっ、あぁ!そうだそうだ!いやぁ、実は先月死んじまったんだよ!」
明らかに何か嘘をついている様子の男。
青年職員はそれを悟り、鋭い顔つきになり更に問い詰める。
「それはご愁傷様です。であれば死亡証明書と葬儀認定書の提出が必須ですが、お持ちですか?」
「いやっ、あっ!そうそう!違うわ、忘れてた!逃げちまったんだよ!だからどうしようもなくってよぉ」
「どちらですか?」
「逃げた!逃げたんだよ!悪ぃ悪ぃ!」
「そうですか。それは立派な管理不行き届きです。規約に従い飼育免許は剥奪、大人免許から5点の減点として処理します。いいですね?」
「はぁぁ!?なっ、なんだとぉ!?」
青年職員は聞く耳を持たないといった態度でパソコンに向かい、男の情報を入力処理していく。
大幅な減点措置になることに激昂した男は、椅子から立ち上がり職員の青年に掴みかかる。
「テメェ!フザけんじゃねぇぞ!たかが犬コロ一匹で5点だぁ?あぁ?」
胸ぐらを掴まれた青年職員だったが、一切怯える様子を見せず冷静な態度で机の下にある警報ボタンを押した。
すると、施設内でけたたましい音が鳴り響き、すぐさま数名の屈強な警備員が現れ中年の男を取り押さえる。
「いだだだだだだだ!は、離せぇぇぇ!」
間もなくして連行される男、その様子を見た周囲の来訪者は憐れんだような目で眺めていた。
「あっちゃ~。ご愁傷様~」
「ありゃ相当な"ペナルティ労働"がつくぞ」
「だな。どれ位だと思う?」
「ん-、無給農家5年ってとこじゃないか?」
「いい線だな」
大きくざわついた役所内だったが、やがて職員や来訪者達も落ち着きを取り戻した。
また、隣の窓口では別の職員が堂々と来訪者へ説教を飛ばしている。
「無免許の女性と外泊!?君ねぇ、もしものことがあったら責任取れるのか?バカなことするな!」
「すっ、すいませんした…」
ベテラン風の男性職員から怒鳴られ、若い来訪者は肩を落とししょげている。
その隣の窓口では、女性職員が淡々と手続きを行っていた。
「はい、承認が下りました。今から家族免許を再発行しますね」
「あああ、ああ、ありがとうございます!もう二度と、不倫したりしません!」
歓喜に湧く来訪者の男は、若干震える手で職員から免許カードを受け取っていた。
広いフロアのあちらこちらで散見されるこのような光景。
免許制度が第二の司法として機能し、強い裁量権を与えられているセンターは通常の役所とは一線を画した堅固な姿勢を見せる組織となっていた。
国民もまた、社会的ペナルティの高い減点や無免許となることに戦々恐々としながら、免許センターの職員たちに従順に従う。
やがて、ザキルとニチョウがフロアに姿を見せると、先ほど職員に対し恫喝した男が警備員に連れられて行く姿が飛び込んで来た。
「離せぇぇ、離してくれぇぇ、頼むからぁぁ!」
まるで断末魔のような悲鳴を上げる男を見て、ニチョウは嬉しそうにニヤける。
「ひゅ~、相変わらず賑わってるねぇ~」
広大なフロアに職員や来訪者たちで溢れかえるセンター事務局内。
最新設備と国内外のエリートが集結する権力拠点において、免許という名の人権を求めた国民たちは余念がない面持ちを浮かべていた。
ザキルとニチョウは、本日摘発した違反者のデータを担当の事務職員に報告する。
個々の管理番号や現行犯として犯したマナー違反の詳細はパソコンへ入力されていった。
「はい、OK。お疲れ様、今日は違反者二人ね。それじゃ今週末も引き続きよろしく」
「あぁ!?まーたシフトかよー?」
「仕方ないでしょ。人手が足りないんだから」
「ならさっさと人増やせよー」
「そうしたいのは山々なの!でも色々と予算の問題があるのよ」
「おたくらエリート連中が給料取り過ぎてんじゃねぇのぉ~?」
ニチョウが過剰勤務に文句を言っている横で、ザキルは突然とある人物の在局を担当職員に問う。
「エニシゲはいるか?」
「え?局長?今は会議中だけど、もう少しで戻って来るんじゃないかな?」
エニシゲと呼ばれたその人物は、センターの事務局のトップを務める存在であると伺えた。
「お、噂をすれば!」
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