第4話:新免許"暴力" ~ 2人の暴君警官コンビ
-数日後の昼間-
とあるパチンコ店の駐車場で子供の泣き声が微かに漏れ聞こえていた。
「パパァ~、パパァ~!わぁぁぁぁん!」
声のする方向には一台の軽自動車が停まっている。
車中では窓ガラスにへばりつき、大泣きしながら父親を呼ぶ男児の姿。
2歳児ほどと思われる小さな子供以外、車中には誰もいなかった。
力一杯の声を上げる男児だったが、車のドアや窓は締め切られており、広大で人気の無い駐車場ではその声に気付く者はいない。
周囲にはハッキリと、"子どもの置き去りを許しません!"という上りが乱立しているにも関わらず、今まさにそれが起こっていた。
狭い空間に一人で閉じ込められ、恐怖と寂しさから顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き叫び助けを求める男児。
やがて、その軽自動車に向かって父親と思われる40代ほどの男がうなだれながら歩いて来た。
「ちっきしょお!あそこで止めときゃよかったんだ…」
男はぼやきながら車に乗り込むと、我が子に対して無造作に声を投げる。
「うるせぇなぁ!ピーピー喚くんじゃねぇ!」
男は子どもを抱き上げる素振りすら見せず、そのまま運転席に座りエンジンをかけた。
男児は父親の帰還に辛うじて泣き止んだものの、どこか相手の機嫌を察している様子で、泣き腫れた目を擦りながら嗚咽と共に静観している。
それでも、やっと現れた父親の愛情を受けようと小さく声を発する。
「パ、パパァ…」
「…」
父親の男はその声に答えようとすらしなかった。
無言でスマホをいじっていると突然、車内に大きな影がかかる。
それに気付いた父親が右のガラス窓を振り向くと、一人の大男が拳を振り上げていた。
「え?」
次の瞬間、振り下ろされた男の拳はガラス窓を叩き割り、クモの巣状に無数のヒビが入る。
「ひぃっ!?」
その大男はメリケンサックをハメた手で、運転席のドアを引きちぎるかの勢いで開ける。
そして父親の胸ぐらを掴み、車の外に引きずり出した。
状況が理解できない父親の男は地面に転がりながらも上を見上げると、そこに立っていたのは一人の筋骨隆々な警察官。
全長2mに届きそうな程の巨体、金髪オールバックの直下に複数の青筋を立てた任侠面には、今にも相手を殺してしまいそうな程の怒りが滲んでいる。
「テメェのガキを車に放り込んでパチンコたぁ、大層じゃねぇか、あぁ?」
「ひっ、ひぃ!?」
すると、警官の男は一切躊躇することもなく、相手の頬を勢い良く殴った。
「グヘェェッ!」
痛みからその場にうずくまる男は、負け惜しみのように声を荒げる。
「テ、テメェェ、ぼ、暴力だ!体罰だ!絶対に訴えてやるからなぁぁ!」
それを聞いた警官の男は手を休めるどころか、再び相手の胸ぐらを掴み上げ身体を無理やり引き起こす。
そして、胸ポケットから取り出した自身のある身分証を相手の目の前に突き付けた。
「はぁ?…え、そ、それは!?」
父親の男は先ほどまでの強気な姿勢を一瞬で失い、だんだんと表情が青ざめていく。
相手が驚く最中、警察官の男は更にきつく締めあげながら、迫力満載の任侠面で言い放つ。
「車に置き去りにされたガキがどんな気持ちだったか、そいつを感じ取れる神経はあるか?熱中症でくたばっちまう可能性を予想する脳みそはねぇらしいな、あぁ?」
「ひぃっ、ひぃぃ、す、すすす、すみません!」
相手が窒息する勢いで相手の服の襟をきつく締め上げ、そのまま身体ごと持ち上げる警察官の男。
すると、車中に残された男児は、父親の窮地を見て再び大泣きを始めた。
「わぁぁあーん、パパァァ、パパァァーー!!」
「…」
すると警察官の大男はどこか冷静になった様子で、父親の男を地面に放り落した。
「ッゲヘ、ッガ、ッガハ、ッアァァー…」
「毒親野郎が。今この場でバラしてやりてぇところだが、ガキのお陰で命拾いしたな。とっとと免許証を出しやがれ!」
周囲に野次馬が集まる中、ガラスの破片で手や顔の数か所から流血する父親の男は、人生に絶望したような表情で、財布から大人免許証を差し出し、その場に倒れ込むのだった。
–同じ頃-
少し離れたスーパーマーケットでは夕飯の買い物をする主婦たちや多くの客で賑わっていた。
いつもは平和な日常の光景だが、この日は少し違い、大勢が並ぶレジの先頭から品の無い怒声が聞こえてくる。
「お箸はいりませんか?って聞けや!弁当買ってるのが見えねぇのか?」
「あっ、す、すみません…!」
買い物かごに缶ビールと幕の内弁当を入れた60代後半ほど思しき男が、若い女性店員に食って掛かっていた。
男の態度に怯えながら謝るその女性店員は、胸元の名札に若葉マークが貼られている。
しかし、男はそんなこともお構いなしといった様子で高圧的な態度を続ける。
「なんで袋が有料なんだよ?それくらいサービスしてもええやろが!お客様は神様ちゃうんか?あ?」
「あ、いえ、その、でも、決まりで…。えと、タッチパネルを押してもらえますか?」
レジの液晶画面にはアルコールを購入する客に対し、20歳以上であることを同意するタッチ画面が表示されている。
「あぁ?このオレが未成年に見えんのか?お前、いい加減にしろや、コラァ!」
理不尽な言いがかりをつける男は、他の買い物客からも白い目で見られている。
よれたジャンパーを羽織り、顔には白い無精ヒゲ、シミだらけのキャップからは寝ぐせの酷い毛髪が伸びている。
女性店員も委縮しきってしまい、ただただ肩をすぼめ下を向くばかりだった。
すると、レジの後部に並んでいた一人の女が動き出した。
口元で風船ガムを膨らましながら歩く女は警官の制服を身に纏っている。
カツカツとクレーム男の背後まで近づくと、女は手に持っていたコーヒー缶を握り、男のこめかみをフルスイングで殴り飛ばした。
「ッガァァ!」
クレーム男はレジの外まで転がり飛ばされ、痛みで朦朧としている。
ひどいめまいの中、辛うじて態勢を立て直そうとするも、衝撃が足にきていた男は立ち上がれずにいた。
すると、警官の女が男へ歩み寄り、フラフラの状態である男の顔を力強く踏みつけた。
「あがぁぁっ!」
「よぉ、オッサン。ずいぶんと威勢がいいじゃねぇか。あぁ?」
男がその姿を見上げた先には、金髪コーンロウヘアーの女性が怒りと卑下を混ぜたような表情を見せていた。
「お客様は神様だぁ?ずいぶんとまぁ懐の小せぇ神もいたもんだなぁ」
まるでチンピラ同然の物腰で男に詰め寄る警官の女。
華奢な首元には蛇の尻尾を模した刺青が彫られている。
「テメェみてぇなアル中が免許持ちとは思えねぇけどよ、優しい優しいこのアタシはちゃーんと教えてやるよ。いいか?店側にも客を選ぶ権利ってもんがあんだよ!」
女性警官はダメ押しの蹴りを男の土手っ腹に叩き込む。
「ぐへぇっ!」
そして、自身の胸ポケットからカード型の免許証を取り出し、男の目の前に突き出した。
「…そ、それは…!」
本人の顔写真が掲載された隣には、「ニチョウ・オウメ」という名前と、"種類"の欄には"武力"の文言が記されていた。
「運が悪かったな。"暴力持ち"のサツに見つかっちまうなんざ厄日だぜ、オッサン」
"武力施行認定証"、通称"暴力免許"を携帯する女警官ニチョウは、痛みと恐怖に苛まれる男に対し追い打ちの蹴りをお見舞いするのだった。
ニチョウと名乗る女性警官は、カスタマーハラスメントをする高齢男性の免許証から管理番号を控えると、男を店の外に追い出した。
そのままスーパーの駐車場でスマホをいじりながら待機していると、一台のパトカーが迎えに到着する。
運転席に座っていたのは、先ほどパチンコ店の駐車場でネグレクトの父親を成敗した大柄な任侠面の男だった。
「ちぃーっす。お疲れっすー」
「おう」
「そっちどうでした?」
「問題ねぇ。ガキも無事だ」
「あっはは。ザキルさんに当たるなんて運のない野郎っすねぇ~」
ニチョウはその大男のことを"ザキル"と呼んだ。
「次だ」
「へーい」
相棒としてコンビを組むザキルとニチョウは、阿吽の呼吸を見せ次の現場へと向かう。
ニチョウが店で買った缶コーヒーを飲む横で、ザキルは鋭い目を光らせながら運転し車を走り進めて行く。
暴君コンビとして名の知れる二人が辿り着いたのは、とある古いアパート。
車を降りた二人はツカツカと3階まで上がり、308のドアを強めにノックする。
「サツだ。開けろ!」
しかし、中から誰か出てくる気配はなかった。
ザキルは再び強めにドアを叩く。
「さっさと開けろ!ブチ破られてぇか!」
すると、ザキルの怒声に観念したかのように、ゆっくりとドアのカギが開く音が鳴る。
15cmほど開けられたドアから姿を見せたのは、悲壮に満ちた表情を浮かばせる若い女性。
「あ、あの…。なん、でしょうか?」
すると、ザキルはドアの淵を持ち無理やり全開に広げ、相手の許可もないまま中に入って行く。
「あぁっ!?ちょ、ちょっと!」
ニチョウもザキルの後に続く。
二人が部屋の中で見たのは、パッと見で30匹は超えると思われる猫の大群だった。
決して広いとは言えないアパートの部屋は、小さな同居者たちで埋め尽くされている。
ザキルは目を光らせ、住人の女を問い詰める。
「テメェの免許登録じゃ、飼ってるのは3匹のはずだ」
「うぅ…」
「どう見ても10倍はいやがる。どういうことだ?」
追い詰められ、観念した様子の女は何度も頭を下げて謝った。
「っす、すす、すみません、ごめんなさい!本当に、本当に申し訳ありません!」
そして、肩を震わせながら消え入りそうな声で事情を話し始める。
「あ、あ、あの、経営していたネコカフェが潰れてしまって…。で、でも、この子たちを殺処分するなんて、どうしても、出来なくて…」
部屋にいる猫たちは、どこか険悪な雰囲気を察している様子で、飼い主の女に頭や身体を擦りつけたり、よそ者であるザキルたちを威嚇するなど、それぞれの反応を見せ始める。
そんな中、ザキルは険しい顔で女の様子を静観していた。
「ちゃんと面倒は見れてます!お店も必ず立て直しますから、だから、だから…、お願いです!どうか、その、な、何とかならないでしょうか…?もう少し、もう少しだけ待ってもらう訳にはいかないでしょうか?お願いします…!!」
飼い主の女は土下座して懇願する。
表情は見えなくとも、目に涙が浮かんでくることは声色で伝わっていた。
極限まで丸まった身体は小刻みに震える。
「泣けるねぇ。猫ちゃん守るためボロアパートで倹約生活ってか?けど虚偽申請ってのぁ感心できねぇなぁ~」
ニチョウは部屋の中を見回し他人事のように言い放つ。
飼い主の女は飼育免許の経済審査を回避するため飼育数を虚偽申請していた。
免許失効にも値する重罪を検挙され、まさに絶体絶命だった。
ザキルは、ただただ怯える女を見下ろしている。
重苦しい空気が漂う中、数十秒の沈黙を経てザキルは静かに口を開く。
「半年だ」
「…え?」
「それ以上ケツは持たねぇ。死に物狂いで何とかしろ」
「!」
そう言い残すと、ザキルは部屋を出て行く。
相棒のニチョウは少し驚いた表情を浮かべつつも、ザキルについて部屋を出て行った。
パトカーに戻ったザキルは、車内の無線から本部へ報告する。
「こちらザキル、ハマサキ地区カチコミ、異常なし」
<こちら通報局本部、了解>
その風貌に合わない温情を見せたザキル、ニチョウはその様子を少し気にかけた。
「いいんスか?」
「何がだ?」
「最近、ペット周り厳しいらしいッスよ。ガサまで入れちまったから言い訳できねぇし」
ザキルが人情で虚偽申請者を見逃したことで、センターから自らが罰則の対象になることを懸念するニチョウ。
しかし、ザキルに動じる様子は無かった。
「あそこにいたのはペットじゃねぇ、家族だ」
「はぁ~あ、出た出た。聖者モード発動かよ」
「ああ?」
「なんでもありやせーん。誰かにめくられなきゃいいけど~」
ニチョウは呆れ顔を見せながら手を頭の後ろで組む横でザキルは車のエンジンをかけた。
「今日は上がりだ。引き上げるぞ」
「へーい。行きますか、天下のお膝元"国会免許センター事務局"様へね」
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