第3話:免許国家の誕生と回復 ~ 「小さな島国の奇跡」
-それから4年後-
とある平日夕方、お茶の間のテレビではいつも通り各局のニュース番組が映し出されていた。
<次のニュースです。本日、法務局は本年度の犯罪検挙率を発表しました。発表によると、総検挙率は26万4485件と、昨年度の56万8104件から、50%以上の減少であることが分かりました。これは、過去30年の中で最高水準となります>
法務局の責任者が晴れやかな顔で記者会見に臨む映像を、全国各地の交番で警官たちが穏やかな表情で眺めている。
「どうりで暇な訳だよなぁ」
「まったくだよ。平和ボケで鈍りきっちまう」
「ほんと信じられねぇよな、ほんの数年前までま石投げれば犯罪者に当たる世の中だったってのに」
続いてキャスターはまた別の明るい話題を報道する。
「経済局の発表によりますと、今年度のGDP、国内総生産は約4.9%と大幅な上昇を見せ、先進国の中でも第2位の好成績となりました。またそれに伴い、国内株価も上昇し、新高値を更新しています。また、免許失効者を対象とした"ペナルティ労働制度”により、農家や介護業界の人材不足の解消も加速しているとのことです」
どのチャンネルに切り替えても、その内容は国の好転を報道する内容一色に染まっていた。
「政府は今年の予算案を発表する中で、福祉や子ども食堂の充実を目的とした"こども家庭局"の創設を公表しました。今年中にヤングケアラーやネグレクト家庭の完全撲滅を視野に入れています」
政府の担当者が力強い声明を発表する中、全国各地の教育機関では隠れた貧困や登校拒否が激減し、一様にして明るい学校生活が広がっていた。
アナウンサーやコメンテーター達がにこやかな表情でニュースを喜ぶ中、テレビの映像は中継先へと繋がれる。
「現場のヒライシさーん、そちらの様子はいかがですかー?」
「はーい、こちら、国内有数の観光地であるエダ神社に来ております。ご覧ください、現場は海外の観光客の方々で溢れ返っておりますー!」
映像の中では世界各国から訪れた観光客がごった返し大盛況を見せていた。
現地の若い女性キャスターがその中の一人にインタビューのマイクを向けると、西洋人と思われる観光客は笑顔で答える。
「この国は本当に素晴らしいわ。今では世界で最も安全で美しい国だと思います。将来は移住も考えています」
茶の間や大型交差点の巨大ビジョン、ひいてはスポーツジムのテレビでニュース映像を見る人々もほっこりとした表情を見せる。
かつて険しい表情で汚職や不倫、事件やスキャンダルだけをつるし上げるだけの番組内容は完全に姿を消していた。
街中を歩く国民一人一人の表情も上向き、明るい話題や笑い声が絶えない国土が広がっている。
長年低迷を続けていたこの国は、総理議長のとある抜本的な政治改革により"小さな島国の奇跡"と称される劇的な回復劇を、僅か4年足らずで成し遂げていたのであった。
同じ日の夜、とあるクラブでは盛大な盛り上がりを見せていた。
爆音と煌びやかな照明が差し乱れるフロアでは、お立ち台に上った派手な衣装の若者たちが踊り狂っている。
そんな折、クラブの出入り口では新たに3人組の女性が入店しようとしていた。
受付のボーイが出迎え、女性たちに不思議なひとことを言い放つ。
「いらっしゃいませ、3名様ですね?それでは"大人免許"のご提示をお願いします」
3人の女性たちは当然のことと言わんばかりに、バッグや財布から一枚のカードを取り出しボーイに提示した。
内容を確認したボーイは笑顔を見せ、3人組を店内へと案内するのだった。
また、別の場所ではビジネスホテルのロビー受付で似たような会話が漏れ聞こえてくる。
「大変申し訳ございません。当ホテルでは"大人免許”をお持ちでない方のご宿泊はお断りさせていただいております」
「んっだよ、ここもかよ…」
「恐れ入ります。免許をお持ちの方のみがご宿泊していただくことで全てのお客様へご安心を提供しております。それによりより多くのお客様をお招きすることが当ホテルの方針でして」
そんなホテルの真向いには、大きな川が流れている。
一組の若いカップルは、そのムードがある夜景を川沿いから眺めながら会話を楽しんでいた。
「ごめんね、急に呼び出したりしちゃって」
「ううん、大丈夫。何かあったの?」
「実はさ、これ見てほしくて」
若い男性はビジネス用のブリーフケースから一枚の書類を取り出し、相手の女性に見せる。
「え!?就職決まったの!?」
それはとある会社から渡された内定通知書だった。
驚きに満ちた女性に対し、男性は堂々とした笑顔でうなずく。
女性の驚きが冷めぬまま、男は続けてポケットから小さなケースを取り出し、その中身を開いて女性に見せる。
「!!」
そこには、慎ましくも鮮やかに光輝く小さな指輪がはめ込まれていた。
「これで"家族免許"の申請に行けるよ。マユミ、結婚しよう!」
「ッ…!!」
感情が溢れ、言葉にならない様子の女性は両手で口を押えたまま大粒の涙をこぼし始めるのだった。
翌日の夕方、各局のニュース番組は一律に生中継の映像を流していた。
映っているのは無人の議長官邸。
やがて、報道陣が待ち構える前に多くの大臣や官僚を従えながら一人の男が威風堂々たる姿を見せた。
身長190cm、体重100kg程と思われる体格から醸し出される風格は、明らかに他を圧倒している。
短髪にまとめ上げられた髪と、仕立てのいいスーツ、還暦という年齢を感じさせない覇気が溢れる自信を感じさせる。
報道陣が固唾を飲んで見守る中、静寂を破り、政府最高権力者である"総理議長"の記者会見が始まった。
「国民の皆さん、日々のニュースなどでご存じのことと思いますが、この国は今、確実に栄光への道を歩んでいます」
映像の中で総理議長が話し始めると、映像を見ている国民はみな釘付けとなっていた。
「我々が宣言した"免許制国家"への改革は当初様々なご意見があり、暴政だと揶揄されたこともありました。しかし、国民一人一人のご理解とご協力のお陰で、実に素晴らしい結果に繋がりましたこと、ここに深い感謝の意を表明します」
総理議長が頭を下げると連動して、背後に立ち構えている大臣や官僚たちも一律で頭を垂れる。
それと同時に、報道陣のフラッシュライトが光り乱れた。
「…謝罪会見以外でお偉いさんが頭下げる映像なんて、何年ぶりだろうな」
ひとりの報道記者が小さく呟くと、頭を上げた総理議長は会見を続ける。
「国民一人一人の人格やモラルを免許制により保障、維持することで、ありとあらゆる成果を生み出しました。治安向上、経済回復、外交好転、またそれらの効果が波及した適材適所や人材不足の解消、枚挙にいとまがありません。無論、時には痛みを伴うこともありました。しかし、皆さん本当によく耐えて下さいました。必ず我が国を世界最高の国へと導いていきますので、これからもどうかついて来て下さい」
惜し気もなく堂々と力強い宣言を言い残し、議長はそのまま官邸を後にした。
その場に残された報道陣は誰一人として質問や野次を飛ばすこともなく、総理議長の圧倒的な漢気と広い背中を味わい心地いい気分に浸っている。
それは映像を通して見ていた国民もまた同じだった。
「免許制ばんざーい!総理議長ばんざーい!」
「やってくれたよあの男!正真正銘歴代最高の総理議長だ!」
「しかしまさか"免許制国家"とはなぁ。最初聞いた時はついに迷走しちまったかと思ったぜ」
「今年中に全部の免許コンプリートだぁ!」
今、この国では総理議長が立ち上げた"国家免許センター"の主導により、生活のあらゆる面に免許制度が導入されていた。
集められた5人の首脳人たちが叡智を持ち寄り神がかり的な運用を成功させたことで、治安、経済、外交、ありとあらゆる面で劇的な向上と成功を収めていたのだった。
殆どの国民が歓喜と称賛に沸く中、一人苦々しい表情で会見を見ていた男がいた。
「うぬれぇぇ、あのでくの坊めがぁぁあ!!」
4年前、国会にて総理議長に胸ぐらをつかまれたブタバナという政治家は、リモコンをテレビ画面に投げつけ悶えていた。
「今に見てろ!必ず粗を見付けて失脚させてくれるわぁぁ!」
その頃、国を救った5人の革命児たちはとある秘密会議室に集まっていた。
室内のモニタでお礼会見を眺めながら功績を讃え合っていた。
「いやぁ、楽勝楽勝~!こんなことも達成できなかったなんて、どんだけ税金泥棒が政治家名乗ってたって話ッスよ~」
「ここまで実に有意義な仕事でした。これだけのスペシャリストが集まったとはいえ、やはり国作りとは手応えがあります」
「ですが、やはり最大の功績は議長殿でしょう。何かとガミガミうるさいお偉方や既得権益のご老人たちを黙らせてくれた。我々が最大限の力を発揮できたのは最大の裁量権をもぎ取ってくれたお陰です」
「間違いないッス!」
すると、突然話は切り替わり、とある新免許制度の話が持ち上がった。
「油断は禁物。まだ栄光は始まったばかりだ。緩まず次の施策に取り掛かろう。例の件、進捗を聞こうか?」
「ええ、例の"新免許”ですね?」
「あー。"アレ"ね。どんな感じッスか?」
「今時点で全国50人の警官に認可を下ろしました。対象者は昨日から公務中に携帯しています」
「へぇ、50人?少なくないッスか?」
「現在は試験期間中ですので」
「だが画期的だ。成功した暁には全国の警官に配布するとしよう」
「はは、そうなったら全国民どもが震えあがるッスねぇ。もう立ちションもできなくなるわコレ」
「期待は大きいですね」
5人の首脳たちが密かに目論む"新免許”の存在、それを携帯した警官たちの常軌を逸したパトロールが今、始まろうとしていた。
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