第6話 妻で居る限り、小さな事でも見逃がしたらあかんのや
三カ月後の夜、奥の寝間で、素肌に長襦袢を身に着けた綾乃が姿見に見入っていた。長襦袢は先ごろ四十九日の忌明け法要を済ませた母親の形見分けだった。黄薔薇を思わせる綸子の地色に薄墨一色で枝垂れ桜を描いた艶やかな色模様の透けた薄い長襦袢の下に、成熟した女が息づいていた。抜けるような色白の肌に豊かな胸、括れた腰、艶やかな恥毛、ツンと突き上がったヒップ・・・
この肉体の何処が不満なのよ・・・
綾乃は、躰が熱く火照った。
あの慎ましやかなお母ちゃんが、心の奥に、誰も知らない秘かな情熱や恋を隠していたのかしら・・・華やぎや艶めきをこんな長襦袢の下に包み隠して生きて来たのかしら・・・
「おう!こりゃ凄い!」
突然、部屋へ入って来た高之が大仰な声を挙げた。
「いかん!見たらいかん!堪忍や・・・」
綾乃が慌てて前を合わせた。
「どうしてや?夫婦やないか」
「そやかて、うちら、未だ闘争中や」
「阿保!・・・それより綾乃、この可哀相な男を慰めてくれよ、な」
「何です?一体?」
「中野優香に振られたよ。他に良ぇ男が出来たらしい・・・」
「まあ、真実に?」
「嘘じゃないよ」
そう言いながら高之が綾乃の肩に手を懸けた。
彼女は素早く身を躱して言った。
「彼方へ行っておくれやす。今、長襦袢を着替えますさかい」
「どうして着替えるんだ?そのままで良ぇやないか」
「けど・・・」
二人は揉連れて動いた。
長襦袢が綾乃の肩から滑り落ちた。
「あぁ・・・」
喘ぎながら、綾乃は胸の中で思っていた。
これで何もかも解決した訳でも、許した訳でもないわ。砂の城を築くような虚しい努力でも、妻と言う座に居る限り、やっぱり、城を崩す穴はどんな小さなものでも見逃さずに埋めて行かなあかんのやわ・・・
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