第36話 原始、女性は太陽であった(上)
※※※※
と。
まあ、こんな経緯を平塚ライチョウは語った。与謝野アキコと与謝野テッカンの家で、である。
「ほう」
とテッカンは頷いた。「ではライチョウさんは、いわゆるフェミニズムのための雑誌をつくるってこと?」
「そのとおりでございます!」
ライチョウは笑顔で頷いた。「そしてそのために是非、アキコ先生の力を借りたいと思っていますの」
「ちなみに、雑誌の名前はもう決めてるの?」
「はい!」
ライチョウはそう答えると、一枚の紙を出した。
「『青鞜』という名前にするつもりでございますわ」
青鞜。
この名前は、西洋の「ブルーストッキング・ブーム」に由来している。
当時の西洋では、女性があえて黒ではなく青のストッキングを履いてフェミニストであることをアピールしていたという。
ライチョウは、これを「青鞜」と訳して雑誌の名前にしたのだ。
「今の日本では、女は良妻賢母であることばかりが求められて、選挙権もクソもございません。それに治安警察法のせいで、政治活動さえ禁じられておりますの。わたくしは、これを文学の力で変えたいんです」
彼女はそう言った。
「執筆陣も、編集者も、印刷会社と交渉する社員も全て女だけで固めます。女でもこのくらいのことができると示すことで、殿方の皆様を納得させたいのですわ」
そういう演説に先に感銘を受けたのは、
実は、
男であるテッカンのほうだったと言われている。
「それはすごい! ぜひ応援させてほしいな。きっと日本が変わるよ!」
と彼は言った。
アキコはそんな夫に苦笑いしながら、最終的にはいろいろ考えて、ライチョウの提案に乗ったという。
「ま、面白そうじゃねえかよ、ライチョウ。それならアタシが巻頭の詩でもなんでも書いてやる」
こうして18人の社員と7人の賛助人が集まり、婦人月刊文芸誌『青鞜』が発行された。
そこで平塚ライチョウは、創刊の辞として有名な言葉を残している。
「元始、女性は太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。
さてここに『青鞜』は初声を上げた。現代の日本の女性の頭脳と手によって始めて出来た『青鞜』は初声を上げた。
女性のなすことは今はただ嘲りの笑を招くばかりである。
私はよく知っている、嘲りの笑の下に隠れたる或ものを」
そして彼女の言葉に連なるように、与謝野アキコは巻頭の詩を書いている。
「山の動く日きたる、
かく云へど、人これを信ぜじ。
山はしばらく眠りしのみ、
その昔、彼等みな火に燃えて動きしを。
されど、そは信ぜずともよし、
人よ、ああ、唯だこれを信ぜよ、
すべて眠りし女、
今ぞ目覚めて動くなる。」
(訳:山の動き出す日が来た! こう言ってもお前ら信じねえだろ。
山はずーっと眠ってたんだ。大昔は噴火しまくってたのにな。
だけど、別にそれは信じなくていい。
ただこれだけは信じてくれ。
山と同じで、女はみんな眠ってただけだ。今から目覚めて動き始めちまうぞ!)
この詩をライチョウは大いに喜んだと言われている。
余談だが、表紙の絵を描いたのは長沼チエコ。のちに大詩人・高村コウタロウの妻になって詩集『智恵子抄』のモデルになる、あの長沼チエコだったらしい。
ライチョウたちがつくった『青鞜』は日本中の女たちの間にブームを起こした。なかには、ライチョウの家にわざわざ「推し活」でやってくる熱心なファン層もいたと史実には残っている。
だが、もちろん彼女の活動を歓迎しない声もあった。当時の新聞は『青鞜』の存在をほとんど黙殺。あるいは、ディスる記事だけを連発していた。
また、平塚ライチョウの家に石を投げこんでガラス窓を割るヤカラもいたという。
「なにが男女平等だ、バーカ!!」
「家でメシ炊いてろマンコ人間!」
こういう誹謗中傷に耐えながら、それでもライチョウはアキコとともに活動を続けたのであった。
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