第27話 与謝野アキコと源氏物語(上)
※※※※
他の女についても書いておこう。
増田マサコはこの頃、茅野ショウショウという男から求愛されていた。
「マサコちゃ~ん! 俺は君のことが、好きだ~!」
そんな熱烈なアプローチを受けていたという。
ショウショウは、同じく『明星』に寄稿していた仲間のひとりである。そんな彼から好きだ好きだと言われまくったことは、マサコにとっては大きな出来事だった。
「え、あ、あーし?」
と彼女は頬を赤らめた。「いや、でも、あーしってトミコちゃんみたいに可愛くないし、アキコ先輩みたいにカッコよくもないし――」
「そんなことは関係ない! 俺が好きなのは君だけなんだ! 結婚しよう!」
「え、えあ、ええええ――!?」
史実によれば、マサコは愛するよりも愛されたいタイプだったらしい。ショウショウに口説かれるなかで、すっかり彼のことを気に入ってしまっていた。
そして、そんなやりとりをとなりで見ていたのがアキコだった。
――やべえ、人が人を好きになる瞬間を初めて見ちまった! まいったなあ。
ところが、マサコとショウショウの恋愛は当然のように実家から反対された。
令和に生きる私たちには想像もつかないが、当時は結婚と言えば「家と家を結びつけるお見合い婚」がメインだった。「個人と個人がくっつくだけの恋愛結婚」は不良のすることだったのである。
アキコのように、相手と既成事実を先につくって男に責任を取らせるというのは反則中の反則だったと言っていい。
「マサコ! おまえバカか!」
彼女の父親は、そう怒鳴った。
「家のことをなんだと思ってるんだ! まさか、あの与謝野アキコとかいうチンピラの文学に騙されてるんじゃないだろうなァ!? あんなもの、ただの遊びだろうが! 女の自由だの、恋愛だの、情熱だの、ぜんぶ戯言だ!」
父親に𠮟りつけられるなか、マサコは、ただ唇をきゅっとひきしめていた。
手元にあったのは、トミコとアキコといっしょにつくった歌集、『恋衣』だ。
「じゃあ」
とマサコは言った。「勘当していいっスよ」
「なんだと? なにを言っている、マサコ」
「あーしだって!」
と、マサコは大声を出した。「あーしだってトミコちゃんやアキコ先輩みたいに自由に生きるんスよ! 親の決める結婚なんかクソ食らえだ! 女には、誰とオマンコするか決める権利があるんスよ!
それがロマンだ! それが人権だ!」
マサコはそこまで言い切ると、肩を怒らせながら部屋を出ていったという。
結局のところ、ケンカの末に根負けしたのは彼女の両親のほうだったと記録には残っている。
こうしてマサコは、日本女子大学を卒業してからという条件つきで茅野ショウショウと結ばれ、茅野マサコという名前になったのであった。
2人は外で遊びながら、
「マサコちゃん、本当に可愛いよ、可愛い。目を見て言うよ、綺麗だ。本なんかもう読めないよ」
「もおショウショウさんったら~、通りの人が見てるっスよ~?」
こんな感じで平気でイチャつきまくっていたという。
これは一般論だが、恋愛というものは、互いに愚かになることを言うのだ。
そんなマサコの愛を、アキコは大いに祝っていた。
「いいなあマサコ! これでテメエも晴れてアタシたち不良の仲間入りだぜ!」
「あははは!」
マサコはしばらく笑ったあと、「トミコちゃんにも報告したんスよ」と言った。
「めっちゃ喜んでもらえて、よかったー! って感じだったっス!」
「へえ」
「でも」
とマサコは言った。「ちょっとだけ思っちゃんスよ。トミコちゃんが大変なときなのに、あーしが幸せになっていいのかって」
「トミコはそんなこと気にする女じゃねえよ。あいつは人の幸せを自分の幸せみたいに思える女だ」
とアキコは言った。
「アタシたちは、アタシたちがやれることをやって土産話をつくればいいんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます