第20話 与謝野アキコ、合作する(下)


  ※※※※


 与謝野アキコ「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に」

(訳:夕方の太陽が落ちていく丘にさあ、イチョウの葉っぱが散ってるんだよ。それが金色の、小さいトリみてえな形をしてた)


 与謝野アキコは歌を詠み終えると、山川トミコに「ほ~い」と言って紙を渡した。

「――これでラストだな」

「うん、アキコちゃんありがとう!」

 トミコは紙を受け取ると、マサコといっしょに出版社に交渉に行く。そうして、3人の合作『恋衣』は無事に世に出ることになった。

 この『恋衣』は、当時はかなり絶賛されていたらしい。

 まず、生田チョウコウという評論家に褒められた。次に若山ボクスイという詩人が日記に『恋衣』のことを書いている。

「尾崎コウヨウの『金色夜叉』といっしょに買った。読んだら眠れなかったよ!」

 もちろん批判がなかったわけではない。

《山川トミコと増田マサコって、要するに、与謝野アキコのパクリだろ?》

《いるんだよなあ、女が自由に露悪的なことを言ってりゃバズるって戦略をマネするバカがさあァ!》

 という、酷いディスをする意見もあるにはあったという。

 なにが露悪的だバカヤロウ。てめえが偽善的に生きてるだけだろうが。

 まあ、そんな感じで『恋衣』は大いに売れた。与謝野アキコと山川トミコと増田マサコは、3人で横並びに飲み歩いていたという。

「いやあ、ハッハッハ! いい気分だな!」

 アキコはそう言いながら歩いた。

 もちろん3人とも見た目がいい、だから、ナンパ師に声をかけられることも少なくなかった。

「お嬢ちゃんたち、女の子だけで飲んでるの? 寂しくないのかなあ?」

「俺たちとイイ店で遊ばない?」

 そうやって男たちが声をかける。すると、とっくに泥酔していたアキコが振り返ってこう回答した。

「悪ィな~! アタシには与謝野テッカンっていう好きピがいるからよお、男は間に合ってんだよ!」

 そんな彼女に続いて、もっと酔っている山川トミコが言う。

「私ィ~! 男の子と遊ぶよりも、アキコちゃんといっしょにいたほうが楽しいで~す! アハハハハ!」

 そんなアキコとトミコを見ながら、マサコはただ笑っていたという。

「お兄さんたちごめんね~? ここ百合の花が咲いちゃってるわあ!」

 こんな風にダラダラと飲み歩き、1905年、明治の世の中を3人の女たちが楽しんでいたのである。

「でもさ――」

 と、酔ったアキコは呟いた。

「ときどき思うんだよ。アタシ色んなヤツらに迷惑かけてんじゃないのかって」

「アキコちゃん――?」

「だってテッカン先生と結婚したのだって、そうだろ? もともと奥さんが、タキノさんがいた人なんだ。

 それに今は、弟に死んでほしくないって気持ちで書いた歌が炎上してたろ? 偉い評論家先生ともレスバして、テッカン先生にいっぱい負担かけちまった。

 ――アタシ、もしかして、すげえクソバカなんじゃねえかって自分のことを思うことがあるんだよな」


「そんなことないよ!」


 と山川トミコは叫んだ。

 このときには、2人とも酔いが回りすぎていた。

 トミコはアキコの和服を掴んだ。

「私のクラスメイトにも、いたよ。家族が戦争に取られちゃった女の子。でもなにも言えなかったの。

 アキコちゃんはそういうさ、誰にも言えない、女の本音を歌ってる!

 アキコちゃんは女の子に勇気を与えてるんだよ! だから私はアキコちゃんを尊敬してて、ライバルだと思ってて、だからとなりに立ちたいの!

 アキコちゃんが、自分で自信を持てないなんて、そんなのダメだよっ!」

 彼女がそこまで怒鳴ったあと、うしろにいたマサコはゲラゲラ笑って「お前らマジで酔っ払いすぎっしょ!」と言った。


 アキコは少し黙ったあとで、「ありがとな、トミコ」と笑った。「これからもいっしょに、色んな歌をさ、いっしょに、いっしょにさ、やろうな」

 そう言ったと史実にはある。

 それに対してトミコのほうも、にこにこ笑って「そうだよアキコちゃん!」と大声を張り上げた。


 なお、この約束は叶わない。トミコは『恋衣』刊行直後、二度と治らない病気にかかって死ぬからである。

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