第19話 与謝野アキコ、合作する(上)


  ※※※※


 与謝野アキコが集合場所に行くと、山川トミコは昔どおりの格好で待っていた。和服、おさげ髪に丸メガネの大人しそうな少女だったという。

 もうひとり、女が待っていた。彼女の名前は増田マサコという。そばかすまじりの顔、そして、髪をうしろに束ねたスタイル。

「トミコォ!」

 とアキコは言った。「めちゃくちゃ久しぶりだな。ええ? 大学でなにを勉強してたんだよ?」

「ふふ、英文学。これからはエゲレスとかアメリカの文学を知るのも大事だと思ったの」

「へぇ! すげえ! インテリじゃねえか!」

 それからアキコは、増田マサコのほうに目を向けた。

「えっと、たぶん初めまして?」

「はーい」

 とマサコは笑った。「あーしの名前、増田マサコって言うっス。前に『明星』にも寄稿したこともあってぇ、たぶん役に立てると思うっスよぉ?」

 山川トミコと増田マサコは、どちらも日本女子大学に通っていたと記録には残っている。どうやらそこで親交を深めて、文学的な友人になっていたらしい。

 なお、当時、アキコの夫である与謝野テッカンはこの3人を花にたとえて呼んでいる。

「山川トミコちゃんは儚げな白百合で、増田マサコさんはしたたかな白梅、そしてアキコくんは誰よりも強い白萩だな」

 という風に。

 ――マジでさあ、そうやって女を不用意に花にたとえたりするから変に勘違いされるんだぞテッカンくん。

 ともかく、こうして3人は料理屋に集まって合同の歌集をつくることになった。主導者は山川トミコだったと史実には残っている。

「タイトルは『恋衣』にしたいの。どうかな?」

 と、トミコは言った。

「恋衣? そりゃどういう意味だ」

 そうアキコが訊くと、

「あのね、服を脱げないのと同じように、恋の気持ちが離れてくれないの――そういうテーマにしようかなあって」

 と、トミコは薄い胸の前で手を合わせた。

 ――もちろんこのとき、トミコは、未だにテッカンに片想いをしていた。

 2人の会話を聞きながら、マサコのほうは中華麺をすすりながら「あーしはそれでいいっスよお?」と頷いていたらしい。

 この3人は、和歌のスタイルは大きく違っていたと史実にはある。トミコは言いたくても言えない女の気持ちを控えめに歌い、マサコはしたかかに、分かる男にだけ分かるように歌って、そしてアキコは誰にでも伝わるように大胆に詠んでいたのだ。

 実際に、ここで、彼女たちの当時の和歌を引用してみよう。


 山川トミコ「髪ながき少女とうまれしろ百合に額は伏せつつ君をこそ思へ」

(訳:髪の長い女の子に生まれました。白百合の前で顔を伏せています。大好きなのはあなただけです)


 増田マサコ「しら梅の衣にかをると見しまでよ君とは云はじ春の夜の夢」

(訳:あーしのドレスに白梅のニオイがしたの。もしかしてキミがきてくれたの? 春の夜の夢みたい)


 与謝野アキコ「春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ」

(訳:青春は短い! なにが永遠の命だよ。アタシのエロいオッパイをお前に触らせてやる!)


 こんな風に、山川トミコと増田マサコと与謝野アキコは3人で歌を詠み合い、本に載せる作品を選び合っていった。

 アキコの夫であるテッカンも、こういう妻の活動を応援していたらしい。

 山川トミコは「あ、そうだ!」と言った。

「この歌集にも、さあ、『君死にたまふことなかれ』を収録しよう!」

「うええ!?」

 アキコは声を上げた。

「マジで? え、なんでそんなこと思うんだ?」

「なんでって――今となってはさ、アキコちゃんの代表作だし、雑誌に載ってるだけのままで消えちゃうのはもったいないよ。ちゃんと、もっと色んな人に読んでもらわないと!」

「ええええ!」

 アキコはさらに戸惑った。

 彼女はこのとき、頭がぐるぐるしてきたという。感情のままに任せて発表した作品が大炎上し、さらに、有名な評論家を怒らせて地獄のレスバ。

 そして夫のテッカンに迷惑もかけた。たしかに売れたけど、炎上商法みたいなものだろうと思っていた。


 ――えっ、あの作品、マジで後世に残す感じになっちゃうの?

 とアキコは感じた。

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