第09話 与謝野アキコ、略奪する(上)


  ※※※※


 結論から言うと、鳳アキコは与謝野テッカンに通算で三回くらい射精させていた。

「アキコくん、ダメだ、だめっ、だめだよぉっ」

「ガタガタうるせえんだよテッカン! もうテメエはアタシのもんだ! アハハ! タキノのおなかんなか出す精液は一滴も残さねえ! ぜーんぶ搾り取ってやる!」

 そうやって、二人は愛し合ってしまったという。

 さて。

 これだけだったら一夜の過ちということで話は済んだのだが、のちに彼らの不倫は怪文書で世間中に告発されることとなってしまった。


 どうやら山川トミコに惚れていた男が『明星』サークルにいて、彼女が片想いしていたテッカンを恨んでいたらしい。

 そうして覗き見をしていたのだ。

「テッカン先生め! ぼ、ぼくのトミコちゃんの心を奪っておいて、奥さんもいるくせに、そのうえアキコとセックスしまくってるなんて、ゆ、ゆゆ、許せないぞお!」

 彼はそう思っていたらしい。

 なんか、モテない男の生き様っていつも惨めだよな。

 まあ、そんなわけで怪文書『文壇照魔鏡』が生まれ、鳳アキコと与謝野テッカンは誹謗中傷に晒されることになった。

 書かれていた文章は、こういう内容だ。

「テッカンは妻がいるのに教え子と不倫している!」

「テッカンは女の心を弄ぶ最低のクソ野郎である!」

「テッカンが文学をやっているのはインテリ少女をたぶらかしてベッドに連れ込むためだ!」

 こんな文章が世間にバラ撒かれることになった。


 合宿から帰ったテッカンは、ただ、両手で顔を覆ってうずくまるしかない。


 山川トミコは、怪文書を読んで「ひどい――」と呟いた。

「ありえないですよ、こんな、こ、こんな誹謗中傷。今からでも訴えましょう! ぜんぶウソなんですからこんなの! 先生!」

「違うんだ」

「えっ」

「僕はたしかにアキコくんに襲われた。怪文書の内容はウソじゃないんだ」

「えっ、ええ、え」

 トミコは青ざめた。アキコちゃんとテッカン先生が、セックスをした?

 しかし、テッカンはそのあとゆっくりと顔を上げた。

「でも、僕はアキコくんを天才だと思う。今ここでアキコくんを僕が裏切ったら、この才能は誰にも知られないまま埋もれてしまう。

 そんなことになるくらいなら、僕は汚名をかぶる。そうしてアキコくんを世間にデビューさせてやる」

「な、なな、なに言ってるんですかテッカン先生」

 トミコはこのとき、与謝野テッカンの文学的情熱に改めて気づいたという。

 

 この様子を奥から覗いていたのが、林タキノである。

 ――ふーん、あたしじゃなくてアキコを取るんだな、テッカン先生。

 彼女はそう思っていた。そうして、

 ――なんかもう疲れちゃったなあ。

 とさえ感じた。もともと与謝野テッカンは、タキノにとっては別の女から略奪した男である。

 自分が誰かから男を奪ったなら、逆に自分が奪われることくらいは覚悟しておくべきだ。

 ――潮時かな。

 タキノはそう思って、和服の襟を直して廊下を去っていった。そして、そこで鳳アキコと鉢合わせになった。

「? タキノさん?」

「お、鳳アキコ――」

 タキノはただ、うろたえていた。それに対して、アキコは泰然としていた(めちゃくちゃ堂々としていたという意味である)。

「安心しろよ、タキノさん?」

「あ?」

「テッカン先生のことはアタシがこのオッパイとオマンコで幸せにしてやるからな。アンタは別の男と幸せになりゃいいんだよ」

「てめえ――」

 タキノは激怒しながら拳を握る。


 だがこのとき、女同士の対決で既に勝敗は決していた。

 鳳アキコは、才能と肉体美で与謝野テッカンを篭絡し、林タキノから彼を奪ってしまっていたのである。

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