第08話 与謝野アキコ、不倫する(下)
※※※※
こうして与謝野テッカンたちは合宿所に着いた。湖の見えるコテージだったと言われている。
「うわあ、キレイ!」
山川トミコは嬉しそうに駆け回り、それを見た林タキノは「は、ノーテンキな女」と鼻を鳴らした。そうして鳳アキコのほうは、ただ黙って空のほうを見上げていたらしい。
合宿所のなかで男たちが酒を飲み、ツマミを食うあいだ、山川トミコは編集作業に追われていた。そして、林タキノは旅館の従業員にカネの交渉をしていた。
では、鳳アキコは? 彼女は窓の景色を見ながら黙って和歌を書き続けていたようだ。
「はぁー、はぁーっ!」
アキコの息声が荒くなっていた。このときアキコが書いた歌は、以下のとおりだ。
「その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春の うつくしきかな」
(訳:アタシは20歳だ! クシで黒髪をとかした綺麗な春、カッコいいぜ!)
こういう勢いの良い歌ばかりを、傷だらけの鳳アキコは書いていた。
「清水へ 祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人 みなうつくしき」
(訳:清水寺に行って祇園に行って、そしたら桜の向こうに月が光ってる。今夜アタシが会うヤツら、みんなキレイだ!)
「人の子の 恋をもとむる唇に 毒ある蜜を われぬらむ願ひ」
(訳:よその男から愛されたいってやっぱりヤバイことなのかな? じゃあアタシのクチに毒を塗るから、そこにキスしてくれよ)
「むねの清水 あふれてつひに 濁りけり 君も罪の子 我も罪の子」
(訳:心のなかのキレイなはずの気持ちが、いっぱいになって汚くなっちまった。アンタが悪いんだ、アタシも悪いんだよ)
「くろ髪の 千すじの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる」
(訳:黒い髪がいっぱいいっぱいに乱れちゃった。アタシの気持ちといっしょだ、アタシのカラダも乱れてるよ?)
それを読んだ山川トミコは、顔を赤らめて「うお、おおお、おお~!?」と声を上げた。
「ちょ、ちょっとこれエッチすぎるよアキコちゃん!」
「あ? 別に普通だろ」
アキコはこともなげにそう言った。となりで編集作業をしている林タキノのほうは、なにも言わなかった。
「だってさあ」
と、アキコは言った。
「テッカン先生が評論で書いてたぜ? これからの和歌は自分の気持ちに正直になって詠めってなあ。
だからアタシもそうするんだよ!」
アキコがそう答えて笑うのを、トミコはごくりと唾を呑んで聞くしかなかった(ちなみに言うと、山川トミコの和歌は鳳アキコとは大きく違って、淡い恋心をおしとやかに歌うものだったという)
夜中。テッカンはみんなが眠っているあいだ、それぞれのメンバーが書いた原稿を清書していた。
彼らの書くものにフムフムと頷いて、丁寧に丁寧にペンを走らせるなか、夜空の星が少しずつ動いていくのを見ていた。
「――疲れたなあ」
テッカンがそう呟いた深夜2時ごろのことだ。
背後で扉が開いた。
テッカンはとくに振り返らないまま「どうしたの? タキノ?」と訊いた。
「それとも、トミコちゃんかな。ああ、トミコちゃんの原稿には問題はなかった。心配しないでくれ」
彼はそう言ったのだが、返ってきた返事はいちばん予想外のものだった。
「鳳アキコだよ、テッカン先生」
「え――」
テッカンは振り向いて、そこに、
すっぱだかのアキコが立っていることに気づいた。
「な、えあ、あ、アキコくん?」
「テッカン先生」
彼女はそう言った。
「アンタがほしいんだよ。アンタのカラダが、頭のてっぺんから爪先までぜーんぶほしいよ。なんで気づいてくれないんだ、アタシのこと」
このときアキコは酒に酔っていた、と史実にある。
「え、え」
テッカンがうろたえている隙もなく、アキコは彼に襲いかかって押し倒した。そして、彼女のクチビルと舌が彼の口のなかを犯した。
「ん、んん、テッカン、テッカン――」
「やめ、ん、やめて、アキコくん、あ」
「くく、可愛いな」
鳳アキコは、ケダモノの目をしながら与謝野テッカンの服を脱がしていった。
「アタシに愛されちまったことを、恨めよ?」
「な、なにを言ってるの?」
「昼に書いた歌、気づかなかったのか? いっぱいエロいこと歌ってやったろ? ぜんぶアンタのために詠んだんだよ、バーカ」
「えっ、えっ」
アキコは、その夜、酔いに任せ、淫猥(インワイ)の限りを尽くしてテッカンとエッチしまくり。
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