第4話

「聞こうじゃないかノルドグレン殿」


「ありがとう。話と言うのは護衛の件なのだが」


 作戦会議で提案された伝令の事のようだ。ホルシュタインがエルフリーデに命令したのはその護衛の選定。彼自ら向かうという事で、彼女自身も慎重に人員を選ぼうと思っていた。その矢先、ノルドグレンがやって来たと言う事だ。


「ああ、ホルシュタイン殿も危ない橋を渡るね」


「その通りだ。俺もあの時驚いたよ」


 あの時、他の同席者は彼の勇気ある行動に称賛を上げていた。だが、エルフリーデ、ノルドグレンの一部の人は声を上げず静かに見守っていた。

 この地に詳しく、近道を使って増援の部隊との連携を取る為に自ら進んで向かうのは素晴らしい行為だ。だけど、今回の場合は彼が総司令官と言う事が問題なのだ。

 部隊の指揮官が偵察に行くのは良くある事。自身で地形を見て、戦い方を考える。なら伝令は。

 伝令も危険な任務である。それも敵が進軍している中、近道と言って敵支配地域

を横断すると言うのだ。地元の人間ならホルシュタイン以外にも居ただろう。なぜ彼が行かねばならないのか。エルフリーデは、作戦会議の時から思っていたが、本人に言うことは無かった。危険を冒すのに快楽を感じていたのか、そのように思っていた。

 彼女が胸の中に思っていた事をノルドグレンに言う事にした。

 

「ふむ。アイゼンシュタイン殿はそう思ったわけか。出世する為とは思わないのか?」


 その意見に以外な事を言われたのか。


「なるほど、そう言う事か」


 彼も彼女の問いに少し驚く。


「あまり出世には興味が無いようだな」


「肩書きはもう持ってる。これ以上何を求めろと?」


「持っている者は、持たざる者の気持ちは分からんか」


 彼の言葉に彼女はムッと怒りの感情を出すでも、心が分からないからと悲しむでもなく。ただ一つの疑問が浮かぶ。


「人間はそれを地位が欲しいのか?」


「大体の人間は欲しいと俺は思う。少なくともホルシュタインは欲しい人間かな。だけど…」


 言葉を詰まらせるノルドグレン。


「だけど…なんだね?」


「いやね。彼はそんな事をしなくともかなり高い地位を貰えるはずだと思ってね。彼は内政に関しては優秀と言っていい、平時なら王の右腕になれる。まあ劣勢側に居るから焦っていると思っているのかな。クートが敵側を全員死刑にするような人間とは思わないし、何なら雇いたいだろう。まぁ、ここじゃなくとも他国でもやっていけるし、彼の未来は暗くはない」


 エルフリーデ自身も、ホルシュタインの事を多くを知っている訳ではない。ノルドグレンの口から初めて聞いた事だってある。彼女にも「自分は内政担当だと」言っていた。


「ならなぜ、ヨハンネスに付いたんです?中立な立場に立っていれば良かったのでは?」


 それを聞いて彼は下を向き、暗い顔をする。ノルドグレンの表情に気づき、疑問の顔を浮かべるエルフリーデ。彼女の目はとても純粋であった。戦闘時は、目に炎を宿らんとする勢いがあり、闘志に満ちている。

 だが、今の彼女は純粋は少女のよう。

 その目にやられたのか、彼は話始める。


「これは内密にしてくれよ」と前置きをして。


 今から話される事は、公にはなっていない内戦までの経緯。もちろんノルドグレンの私見、延いてはヨハンネス側に付いた者たちから見た内容である。


 今の国王であるイクセル二世は、国民から賢王と呼ばれるほどの男だった。国民を虐げる事をしなかった。その代わりに貴族の税金を上げた。国民からは支持されて、貴族からは反感を買った。表立って批判が無かったのは、貴族と言っても多くの財産を持っている一部のみである。このまま続くと思われていたが、国王がおかしくなったのはここ数年の事だ。

 一般的には国王が年老いて思考力が衰えたからと思われているが、実はそうでは無い。

 ある食事の時、王が倒れたのだ。それから体調が悪くなり、寝たきりの状態となった。王の代わりに摂政が政治を執り行った。この人物がこれまでと同じ政策を行えばよかったのだが、上手く運ぶ事は無く。彼は病床にふしている国王のうわ言を、そのまま政策に取り入れたのだ。摂政に選ばれたのは人物は王の腰巾着で、王の命令が無ければ動けない人間だったのだ。

 他に居なかったのか?答えは「はい」だ。他の側近達は王を見限ったのだ。

 最近になり国王の体調が戻った時のは、王と個人的に親しい人物数名だけが残っていた。

 国王が病にふしている時、側近達の間で次期国王を決める会議が密かに行われていた。無論、王の許可など取っていない。順当に行けば、長男であるヨハンネスに王位が渡るはず。しかし、彼は病弱である。皆はそれを危惧していた。そこで次男のクートが候補に上がる。そこで対立が起こった。長男側と次男側の二つの派閥に分かれる。

 長男側派閥の一番上に居たのがホルシュタイン。彼が先導して今の長男陣営が形成された。一方の次男派閥はと言えば、ほとんどの側近が彼の側に付いた。

 そう、王を見限った元側近が王の次男であるクートに接触し、今回の内戦をそそのかした。

 次男陣営は、貴族の中でも武闘派と言われる指揮能力に優れ、戦力が充実している者たちを集め、数と質を両方併せ持った軍隊を揃える。

 対して長男陣営は、数は集めたが、指揮能力があり、実戦経験のある将兵を集めるのに苦労していた。部隊の総司令官を決める話でも長男派閥を引っ張ってきたという理由で国王がホルシュタインを選んだのだ。


 話が終わるまでエルフリーデは静かに聞いていた。


「これが、これまでの経緯だ。そこで改めて話がある」


「なんだね?」


「君がホルシュタインについて行ってはくれないか?」


「ほう。吸血鬼であるこの私に?」


「そうだ。信じれるのは君しかいない。他の奴は信じられん」


「一介の傭兵隊長である私を信じるのか?そんなに仲間が信じられないのか?」


 痛い所を突かれたのか、頭を抱える。


「君には言おう。あの作戦会議に参加した中に裏切り者が居る」


 それを聞き彼女は興味を持った。基本的に吸血鬼同士で殺し合う事は無い。戦争中、両陣営にそれぞれ雇われて否応なく戦わなければならないと言う例外を除けば。同族を殺す事を忌避している。

 その為、同族で殺し合う人間を下等な、自分達の食事源としか思っていない。エルフリーデはその人間の行為に興味を持っていた。どんな感情で戦うのか、そして裏切るのか。


「裏切り者か…ノルドグレン殿は誰と思っている?」


「それは…」


 言葉を詰まらせる。彼自身が言ったことだが、まだ誰が裏切り者なのか確証が無い事から来るものだった。


「分からない…だが、確実に居る!」


 最後は自信を持って言う。


「分かった。貴方が言った事を信じよう。つまり、護衛は私に任せて、自分はここで裏切り者探しをすると?」


「そうだ。アイゼンシュタイン殿、貴女しか居ないんだ!ホルシュタインは貴女を信じきっている。どうか頼む」


 力強く、どこか悲しげ、言うなれば悲壮感が漂っている。


「それは契約か?」


「契約…ああそうだ!契約だ!」


「では私は何を貰えるのだね?」


「この戦いに勝てば、俺も高い地位に付けるだろう。その時はエステルスンドでのその地位を貴女にやろうではないか。どうだ?」


 彼女は少し考える素振りをする。


「残念だが、それでは契約は成立しないな」


「なら…そうだな。俺の家に代々伝わる秘宝をやろう」


「ほう、それは?」


 興味を持つ。ノルドグレンはこれだけは言いたくなかったと言わんばかりの顔をする。


「西にある島に居たとされる王が使っていた剣だ。しかも、そいつには魔術が付与されている。貴女が持っている剣よりも強力な物だ。これならどうだ!」


「うん、悪くない。気に入ったよ、契約成立だ」


 契約が交わされた事に歓喜を上げたい彼だが、行儀が悪いし、相手に悟られたくないので冷静を保った態度を取る。


「契約成立か。では書類は後で作ろう。その前に」


 ノルドグレンは手を指し伸ばす。契約の証の握手をしたがっている。彼女も断る事もせず、握手を交わす。彼の手は、温かくゴツゴツした表面は、夏の日耕される畑を連想され、土の匂いが感じ取れそうである。

 それとは対照的にエルフリーデの手は、美しい象牙を彫り出した彫刻とも思える。だが、熱を感じない。冷たい。エステルスンドの凍った大地だ。彼はそう思ったが、不思議と嫌ではなかった。それどころかもっと握っていたいとさえ思える。

 これ以上握っていたら、何かが起こるかもしれない。すぐに手を離した。たった数秒の事でこれほどなのだ、もっと握っていたらどうなっていたか。寒気がした、それは冷たさから来るものではなかった。手を離した時、エルフリーデは少し笑っているようにノルドグレンには見えた。


「では私はこれで。その前に一つ聞いてもいいか?」


「なんだね」


「ホルシュタインは何故貴女を信じているんだ?」


「それはな、私と契約を結んだからだよ」


「傭兵契約とは別にか?俺よりも良い地位を与えると言って別の契約を結んだのか。だからさっきはあの条件は飲まなかったのか」

 

 自分で言った事に結論に納得したが次の言葉で打ち消される。


「いや、傭兵契約だけだよ。それ以上は何も貰ってない」


「それだけか!?あんなに信頼されるのか!?」


 ただの傭兵隊長にこれほどの信頼を置く事に驚いている。


「良い事を教えてやろう。我々吸血鬼は契約を重んじる。これは絶対だ、ホルシュタインはそれを知っていたのさ」


 吸血鬼は悪魔の子孫と人々には伝えられている。彼ら自身もそれを信じている。悪魔は契約を非常に重要視している。その為の吸血鬼達も一度交わされた契約はどんな事があろうと必ず守ると。世間一般にはあまり知られていない。知っている人間は、歴史に詳しい者だけだ。


「そう…なのか」


 どこか歯切れの悪い返事をする。彼自身納得はしていないが、エルフリーデの言葉とホルシュタインを信じる事にした。

 

「では頼んだぞ。書類は後で使いに渡させる」


 そそくさとテントから立ち去る。

 テント内には静寂が訪れる。エルフリーデはテントの出入り口を見つめる。静寂を切り裂いたのは彼女の意外な言葉。


「執事、どう思う?」


誰も居ない室内に響き渡る。この問いに答える声が聞こえたのは外から。


「このような事が起こっていたとは。しかし、驚きましたな。国外にも賢王の名は知れ渡っているのに、家臣選びに失敗していたとは」


 自然な会話であった。元々から居るかのように。執事であるギュンター・グルーゲルは、気配を消してテントの影に隠れて話を聞いていた。それも最初から。エルフリーデは彼が居る事に気づいていた。ノルドグレンが来なければ、謁見する為の服を決めてもらおうと思っていた。


「そうね。で、ノルドグレンはどう思う?」


「あの若造ですか。長男陣営の中でも実戦経験があり、指揮官としての能力は高いでしょう。少し調べたのですが、彼は東欧遠征にも参加しているようですね」


「ガリシア王国に来ていたの!?東の果てまで行って魔物退治で生存権拡大の手伝い?物好きね」


 ガリシア王国。旧大陸の東に位置する大国である。エルフリーデ達も王国内のある地域を根城にしている、言わば故郷である。ガリシア王国主導で東への勢力拡大を狙った軍事行動、通称「東欧遠征」。ガリシアより東は魔物が支配する地域であり、奴らを追い出し、人間を入植させようとしている。


「でもあの男気に入ったわ。私に触っても数秒は耐えていた。強い精神力を持ってる。誇り高き戦士には敬意と尊敬を持たなくてはね」


「お父上の心得を守っているようですね。関心です」


「当り前じゃない。誇り高い吸血鬼であり、勇敢な者と戦う戦士であり、そして戦場を渡り歩く傭兵ですもの」


「素晴らしい。お嬢様は立派なドライシュワーター(三本の剣)です」


 三本の剣。彼女が言った「吸血鬼」、「戦士」、「傭兵」。この三つを指している。彼女の祖父が掲げた言葉である。


「ありがとう。所で服は何が良いかしら?」


「紫がよいでしょう。この国では縁起が良い色です。縁起の悪い色は緑です」


「あぁ、そうだったわね。ではこれを着ていくわ。着替えはすぐ終わるから、アンゲラーを呼んで外で待ってくれる?ヨハンネス皇太子に会いに行くからね!」


「かしこまりました」


 それ以降、声は聞こえなくなった。その場から離れたのだ。トランクから紫色の服を取り出し支度をする。

 服を着て、ブーツを履き、腰のベルトに新しく手に入れた剣を装着し、お気に入りのつばの広く羽飾りの付いた帽子を深く被る。

 支度を済ませて、持って来ていた姿見を見る。


「ふふ、完璧ね。では」


 自分の姿を確認し、テントを出る。

 出ると外にはハーメルンともう一人が見張りをしている。その先にグルーゲルとアンゲラーの姿。二人は謁見する為に正装に身を包んでいる。


「ご苦労ハーメルン。そして君もな。二人とも交代していいぞ。今日はゆっくり休め」


「「ありがとうございます」」


 二人は大きく返事をする。良い返事をすると思いながらグルーゲル達に近づく。


「アンゲラー、似合っているわね」


「ありがとうございますアイゼンシュタイン様」


「では諸君。会いに行くぞ病弱王子に」







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