第3話

 ホルシュタイン達がテントに入って数十分後。入口から彼1人だけが出てきた。顔には先ほどの困った表情から一転して晴れやかな顔をしてエルフリーデに近づき。


「アイゼンシュタイン殿。コンラートはすべてを話してくれたよ」


「それで、どんな情報を?」


「それは会議の時に話そう。君も出席してもらうよ。さぁ指揮官と参謀たちを集めよう」


 彼の表情からして、余程重要な情報持っていたようだ。会議の席で話すと言うことは、敵の作戦計画に関係する何かと容易に予想ができた。


 それから時間が立ち、エルフリーデは会議が行われているテントに入る、それと通訳を連れて。中ではホルシュタインと各部隊の指揮官及び参謀が集まってきた。先ほど戦況を説明してくれたコイエットも同席していた。


「アイゼンシュタイン殿、遅かったですな」


「私用で遅くなりました。申し訳ない」


 彼女がそう言うと。


「なに、気にしていないよ。では始めるか」


 ホルシュタインは彼女が何をしていたのかわかっているようで、それほど咎めなかった。

 会議はエステルスンドの言葉で話された。彼らの言葉の少ししか分からないエルフリーデは通訳に話を聞くことになる。


『ではコイエット・ボルグよ、説明をしてくれ』


 分かりました、と返事を返して話を始める。


『今回。捕虜からの情報提供により、クート陣営は本隊から別動隊5000を分けたとの事』


 情報を聞いた同席している指揮官達はざわつく。クート陣営は数的優位を捨てたのか、それとも陽動なのか、彼らは動揺する。

 コイエットは気にすることなく話をつづける。


『別動隊は迂回し、ここ王都(ブルワ)を目指しながら支持者を集めている。今の所、以上です』


 話を聞き終わり、1人の指揮官が声を上げる。


『5000が離れているとはいえ、正面にいるのは15000。 まだ我々が数的不利であるのは変わらない。支持者を集めて戦力を増やせば、2正面で戦わなくてはならない』


『ノルドグレン。確かに貴方の言う通りだ。ここは戦わず、城塞に閉じこもるか』


 王都ブルワは。王都の名を冠した城と周囲に広がる城下町、それを取り囲むように城塞が築かれている。城塞は強固で敵を寄せ付けない、旧大陸有数の建築家に作らせたそれは、何者も打ち破ることはできないと豪語されている。

 ノルドグレンと言われた指揮官の意見に同調し、守りの姿勢に入る案が出た。他の指揮官もそれに続く。だが、ホルシュタインはそうでは無かった。


『君たち、何を言っている。これは千載一遇の時なのだ!』


 彼は立ち上がり、自信満々に言う。その姿は先ほどの弱々しい態度しく額の汗を拭う事はない。


『ではコイエット。あれも話してくれ』


『はい。これも捕虜からの情報なのですが。我々、ヨハンネス王太子側に付いた北部貴族が増援に1万を差し向けたとの事。これはクート側に捕われた伝令が持っていた書類から漏れた情報です』


 会議に出席していた人達からは。


『おお!それは素晴らしい報告だ!』


『これで戦況が逆転できる!』


 など、好意的な声が上がる。だが、エルフリーデ、ノルドグレンなどの一部の指揮官は厳しい顔をしていた。彼女は通訳に話しかけ、このように発言するよう指示を出す。命令に従い会議に口を挟む。


『意見具申、よろしいでしょうか?』


『構いません。君は…』


 コイエットら、ここに居る全員がそちらに目線を向ける。


『私は、アイゼンシュタイン傭兵隊長の通訳をしているディートリヒ・ファン・デ・アンゲラーです。私の雇い主の意見を申してよろしいですか?』


『ではアンゲラー、話してくれて』


 彼に促され話し始める。


『北部からの援軍がもし真実なら、挟撃すれば敵を撃退するのは可能でしょう。しかし、連絡が取れていない今の段階では連携は望めないのではないか。そこはどう考えているつもりですか?』


 アンゲラーの視線の先。コイエットに向けられている。他の出席者も同様に彼を見ている。コイエットの表情は気まずいと言ったものだった。そこで彼は自分の上官であるホルシュタインに目を向ける。椅子に深く座り込んでおり、腕を組み目を閉じている。


『確かに、アイゼンシュタイン殿の意見は正しい。私もそこまで愚かではない。その事については考えがある。我輩はここのあたりの出身でな、近道も回り道もよぉく知っておる。そこでだ』


 椅子から立ち上がり、皆で囲んでいる机に広げられた地図に指を指す。


『現在敵は、北西から南下しブルワに向かって進軍している。北西から北部に行くのが近い、北東にも道があるが遠回りだ。だが、丁度中央に近道がある。そこから行けば時間的遅れはほとんど考えなくても良い』


 堂々とした口調で話し続けてたホルシュタイン。表情は自身に満ちていた。話していた内容をアンゲラーが翻訳しエルフリーデに伝え、返事を翻訳する。


『それが本当ならば、今すぐにでも伝令を出さなくてはなりません。今回の1件もありますから護衛を付けるのを進言します』


 彼女の意見に全員が納得していた。そしてホルシュタインが口を開き。


『アイゼンシュタイン殿の進言を受け入れよう。では護衛の選定を任せてもよいな?』


 彼の言った内容を翻訳して理解し、彼女の知っているエステルスンドの言葉で返事をする。


『分かりました』






 会議が終わり、皆テントから出ていく中。エルフリーデも出ていこうとする。そこにホルシュタインが止めてくる。テントには彼ら二人だけになる。


「アイゼンシュタイン殿。少しよいか?」


「何でしょう?」


「君の活躍にヨハンネス皇太子様が興味を持ってな。是非とも会いたいと言ってきているのだ。どうだ、悪い話ではないだろう?」


 止められた理由を聞いて納得した。この国で二番目に偉い人物に謁見出来るのだ。これはまたとない機会である。エルフリーデはすぐに返事を出す。


「それはありがたいお申し出ですね。慎んでお受けしましょう」


 彼はとても喜んだ。


「いやぁ良かった。君は気難しい人物と思っていたから断られると思っていたのだよ。ヨハンネス様に良い報告ができるな」


 彼の笑みには、自身の成果に喜びこの先の出世が約束されたと嬉しく、それが顔に出ている。彼女はその全てを読み取る事はできないが、何か邪な考えをしているなと感じ取れた。

 エルフリーデは質問をする。


「1人で謁見するのですか?」


「ヨハンネス様は大陸の言葉が分かるから、君1人で構わないが。何か気になることがあるかい?」


「私の副官と通訳も連れていきたいのですが、良いですか?」


「それは構わないが。副官とはあの初老の男性か?」


「ええ、そうです。彼は私の執事でもあってね、小さい頃から付き合いなんだ。今回もお父様が私のお目付け役として同行している。まぁ、私も同行してもらって少し安心しているよ」


「なるほど…お目付け役か。それならヨハンネス様にも伝えとくよ。通訳は彼だったな、確かアンゲラーと言ったな」


 少し笑みを浮かべている。彼は二人の関係をただの部下と上官との関係と思っていない。恐らくアレだと。


「通訳は駄目ですか?」


「いや、駄目ではないよ。貴女はどうしても連れていきたいと言うのなら構わないよ」


「それなら良かった」


「それにしても、アイゼンシュタイン殿も隅に置けないな。アンゲラー、中々いい面構えをしているではないか。我輩の若い頃には及ばないがな」


 彼の発言に思わず少し苦笑してしまう。


「お気づきでしたか。あまりバレない様にしていたのですがね」


 エルフリーデとアンゲラーは恋人、いや、愛人の関係と言った方が正しいだろう。なぜ愛人なのか。それはエルフリーデ自身が決まった相手を持ちたくないからである。


「はは、我輩の様な伊達男にかかれば簡単ですぞ。昔を思い出しますなぁ」


 ホルシュタインは虚空を見つめ、かつての若い時代を思い出す。


「知っていてもあまり口外しないようにお願いしますね」


 自分の聞き手の人差し指を立てて唇近くに持ってゆく。


「分かっておりますよ。若い者に水は差しませんよ」


「それは良かった」


「では、ヨハンネス様に伝えてきます。また城で」


 二人はテントを出る。一人は城に、もう一人は自分のテントへ。

 彼女は自身のテントに戻る。テントの入り口には兵士が二人、見張りに立っている。その一人はあの若者である。エルフリーデは何回も会っているこの若者に話しかける。


「若いの今は見張りか」


「そうであります!隊長殿!」


 初めて会った頃とは打って変わって、地方特有の訛りも無くハッキリとした発音で返事をする。


「良い返事だ。君なら立派な戦士になれるぞ。いや、もうなっているな」


 彼女の言葉に頭の中に疑問が浮かぶ若者。


「そ、そうでありますか?」


 思わず質問をしてします。


「ああ、あの時戦っていたよな。あれが初戦だったのだろう?それを戦い抜いたのだ、立派な戦士だ」


「ありがとう…ございます!」


 若者はあの時、彼女の戦いぶりを少し見ていた。戦いの前に「恐ろしい化け物」と聞いていた。いざ戦いと見た時、恐ろしさよりも、頼りになり、誰よりも先に戦場をかけるあの姿。自身が今まであったどの女性よりも強かった。


「君、名前は?」


「俺ですか。俺はハーメルンと言います」


「ハーメルン、覚えた。次の戦いは私と共に戦列を並べるぞ」


「こ、光栄であります!」


「では見張り頼んだぞ」


 彼女の叱咤激励に、背筋を伸ばし足を揃える。自身が敬愛する上官にこんな事を言われて思わずとってしまった行動だ。今の自分に出来る最大の敬意の現れである。

 彼の姿を見て、頬を緩めるエルフリーデ。ハーメルンの若く、あふれ出る未来に対する活力、この青年は立派に成長すると確信を持った瞬間だった。そんな彼を過ぎ去りテントに入る。

 テントの中はホルシュタインの物と違い、折り畳み椅子、机、ベッド、どれを見てもとてもとても質素である。決してアイゼンシュタイン家が貧乏という訳ではない。代々続く傭兵稼業で稼いだ金額は、そこらの貴族よりも持っている。なら彼女が金を使う事が出来ないのか。そうでは無い。

 彼女の金の使い方は他にあるからなのだ。

 ベッドに座りおもむろにブーツを脱ぎ始める。このブーツは家畜の革を使用し、丁寧になめされ、職人の手により細部までこだわった一品となっている。一兵卒が使うような靴などとは比べ物にならない高級品。それを脇に置き、ストッキングのままで地面を歩く。

 歩きながら来ている衣類を脱ぎ始める。上着を地面に落とし、帽子は帽子掛けに投げ、そして下着だけの状態でトランクに向かう。

 トランクはとても大きく、他の家具たちとは違い質素な物ではない。特に目立った装飾があるわけではないが、普段の使用に耐えうるしっかりとした作りだ。

 金具を外し、中身を開ける。中には今着ていたモノよりも豪華な服が入っている。彼女が金を掛けているのは服である。

 中身を取り出し、ベッドの何着か置く。それらの服を見て、右手を軽くグーにして自身の顎に当てて考え込むポーズをする。この国で国王の次に偉い人物に会うのだから、正装に着替えなくてはならない。今まで戦闘に着ていたのはもう古いモノであり、かなり汚れが目立っている。

 

 「ふ~む…」


 考え込む。どの服を着て行こうかと。服たちを吟味する。

 右の赤にするか。だが、赤は血を連想する。これから戦が待っているのだ、それも大規模な。とても気に入っていたのに残念がる。

 なら真ん中かの黒か。黒なら文句は出ないだろう。無難と言っていいか。だが、無難と言う事は他の者も着てくる可能性が高い。今回は無しだな。

 最後左の服。これは珍しい紫の服。紫の染料は限られた地域でした産出する事が出来ない。この珍しさをもってしてなら、きっと皇太子も目を奪われるだろう。


「これにするか…?」

 

 いや、待て。確かこの地域はある色が不吉を表していた事と思い出す。その色は珍しい色との事。

 

「う~ん…」


 右手を額に当てて考え込む。こうなるならホルシュタインに聞いておけばよかったと後悔する。

 他に持って来ているのは戦闘時に着る服ばかり、正装に着るモノは三着のみ。

 立った状態で考え込んでいると、外から彼女を呼ぶ声がする。


「隊長殿!客人が来ておりますが入れても良いでしょうか?」


 声の主はハーメルン。


「誰かしら?」


 返事を返しながら散らかった服を片付ける。


「ノルドグレンと言っております」


 先ほど作戦会議に同席していた人物である。


「ちょっと待ってと伝えて」


 数分後。

 少し待たされたノルドグレン。これくらいで腹を立てる人物ではない。彼は辛抱強く粘り強い事で定評がある男だ。そんな彼が少しの時間にも関わらず落ち着きの無い様子をハーメルンは目撃している。

 

「ノルドグレン殿。どうぞ中へ」


 テントの垂れ幕を手で持ち、中に入る為の入口を作る。垂れ幕を持っているのはハーメルンともう一人の兵士。

 彼は足早にテントに入る。


「アイゼンシュタイン殿。少し話が…」


 彼が目撃したのは下着の姿のエルフリーデ。思わず彼も少し動揺した。すぐに落ち着きを取り戻す。


「着替え中だったのか…すまなかった」


 直視しないように手の平で目線を隠す。

 しかし、当の本人は堂々と椅子に座ってゆったりと机に肘を置いている。


「なに構わんよ。生まれたままの姿ではないのだから」


「そうか…今回は話が合ってここに来た。聞いてくれるか?」





 


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