第2話
新暦496年。旧大陸より北方の地にオクセンシェルナ朝エステルスンド王国。今、反乱状態に陥っていた。
国王イクセル2世は偉大な王だった。多くの改革を打ち出し国を豊かにしていった。しかし、これは多くの貴族の反発を招く結果にもなっている。年老いた今になっては過去の偉大は姿は何処へやら、城の中に引きこもるようになっている。臣下の中には次の王を決めようではないかと密かに話されている。
イクセル2世には3人の子が居た。長男ヨハンネスは幼い頃から病弱であったが成人まで生き延びた。順当に行けば彼が王位を継ぐはずであった。それをよしとしなかったのが次男クート。クートは多くの貴族、騎士を抱き込み反乱を起こした。それに立ち向かうだけの力をヨハンネスは用意できずにいた。そこに手を差し伸ばしたのが三男マルクス。ここにヨハンネス陣営とクート陣営に別れて、戦が始まる。
傭兵隊長『エルフリーデ』はヨハンネス陣営に参戦し、この戦に挑んでいる。
彼女らが今いる場所はエステルスンド王国の首都にあたるブルワ近郊。そこから数十キロ北にクートが指揮する部隊が、地方に点在する、彼と手を組んだ貴族の部隊と合流しながらブルワに進行しようとしている。彼女らが戦ったのはその先遣隊。
戦死者から武器と防具を剥ぎ取り撤収の準備に入る。
その時、エルフリーデは回収された武器の山の中から何かを探している。
「う~ん、これか?それともこれか?」
彼女が両手に持っているのは二本の剣。先程の戦闘でボロボロなった自分の剣を捨てて、新しい剣を選んでいるのだ。あのような戦い方をしていれば、どれだけ素晴らしい名刀だろうと、すぐに刃こぼれして使い物にならないだろう。
両手に持った剣も自分に合わなかったのか武器の山に戻し他の物を探す。
「これでも無い。あれでも無い。はぁ、私に合うのが無いなぁ」
今回倒した敵はそれほど多くない。だとしてもそれなりの量はあるが、彼女は選り好みをしている。それを見かねたのか執事が話しかけてくる。
「お嬢様。どうですか、見つかりそうですか?」
「はぁ、駄目ね〜装備は良かったから期待してたのにねぇ。どれも古い物ばかり、あの剣ほどの素晴らしい物は無いわー」
疲れたのか地面に手をつき、腰を地面に下ろす。
「ならばこの剣はどうでしょう」
と言って執事は一つの剣を差し出してきた。
「何これ。こんな剣あったかしら」
「先程、お嬢様と話した貴族が持っていた物です」
「ああ、あの無能ね」
「ええ、そうです。これは何でもこの戦乱に備えて新しく作られた一品だそうで」
「へぇ。金は持っているのね。見せて頂戴」
執事に手を差し伸べる。彼は自分の主人の命令に従い、剣は渡す。
剣を渡された瞬間。彼女はこの剣に秘められた力の一端を感じ取った。
「これは…」
「お気づきになられましたか」
「この剣、魔術が付与されているな」
「左様です。旧大陸ではあまり見なくなった代物です。教会が禁止令を出して以降に作られたのは珍しい」
「北方(ここ)はまだ教会の勢力が浸透していないのからね」
彼女らの言う教会とは。『プロトス教』の事である。旧大陸の大部分を支配する宗教であり、神に仇なす物を破壊、あるいは封印を謳っている。魔術も例外ではない。彼らは封印と称して各地でそう言った品を回収している。一部では魔術の研究をしているのではないかと囁かれている。
今では珍しくなったこの剣をエルフリーデは鞘から抜き、刀身を見つめる。あまりに美しい刀身に惚れ惚れした。
「なんて綺麗なのかしら。一度も使われていないよう」
「魔術によって綺麗に保たれているのでしょう」
「これなら私の使い方に耐えられそう!」
喜び、剣を眺める。これから新しい相棒になるそれに期待と、今度はこれまでの安物共とは違うと言う所を見せつけて欲しいと思う気持ちで心がいっぱいである。
頬を赤らめて剣の付け根、ツバのあたりを見る。刀身は美しく磨き上げられ鏡のごとくエルフリーデの顔を写している。そしてツバにキスをする。
「相当気に入ったようですね、お嬢様」
「当然でしょ!口づけしたくなるくらいにはね!」
剣を一通り見終わり、鞘に納める。
「さて、戻りましょう。我々の王都(ホーム)に」
回収した防具類を遠くに止めていた荷馬車に積めて、捕虜はそのまま歩かせる事にし、ブルワに帰還する。
エルフリーデは指揮官であり、家から馬を持参している。彼女は捕虜と同行する。隊列の丁度中央にあたる場所。先頭は自分の執事に任せている。
戻る道中。捕虜の1人が彼女に話しかけてくる。
「おい、吸血鬼女。この後、俺達をエサにするのか?」
エルフリーデに軽口を叩く。彼女に従う兵士が、口を開いた捕虜を黙らせようとするが、彼女はそれを制す。
「良いんですか隊長?」
兵士が自分の指揮官に聞く。彼女はコクンと頷く。その指示に従い捕虜から離れる。
「貴方、その言葉、帝国の出身ね」
「そ、そうだ。それがどうした?」
「こんな寒い北の地まで来て傭兵するとはね。そんなにあの次男は金払いのが良いのかしら」
「ああ、もちろんだ。今からでも遅くないぞ、あっちに付くと良いぞ!」
「そうね…それも悪くないわね」
「そうだろう。なら…」
彼が言い終わる前に彼女が口を挟む。
「だけど、そうすると敵の数が減るわね。そうしたら私の取り分が無くなってしまうわ」
「取り分…?」
「そうだわ。貴方の勇気に免じてさっきの答えを教えてあげるわ。これから貴方達は私の食事(エサ)にはならない。その代わり、王の居城に連れて行かれ、毎日ありとあらゆる拷問を受けてもらうわ。素敵ね!まぁ、もしあの次男が勝って城を開放したら助かるかもね。勝てればの話だけど」
「気狂いめ!」
「そのへんにしておきなよ。私の口添えでどうとでもなるのよ?」
彼女がそう言うと捕虜は黙って歩き続ける。
数時間後。エステルスンド王国の王都『ブルワ』に到着する。
王都の郊外には多くのテントが設置されている。ヨハンネス陣営に加わった軍のものだ。
「こうしてみると長男もそれなりに兵を集めたわね」
「我々のような傭兵が半分ほどでしょうか」
「もう半分は地元の兵士か。長男陣営に付いた貴族は現国王の臣下と弱小貴族。それに比べて次男陣営には大貴族のほとんどが加わった。これはなかなか厳しい戦になるな」
エルフリーデは自分の部隊を休ませるように指示を出し、執事に後は任せた。そして捕虜を軍の司令官に渡す為、彼らと通訳を連れて司令官のテントに向う。
司令官は国王の臣下の1人であるホルシュタイン卿が務めている。彼のテントは他の質素なテントとは違い、貴族である彼のテントは美しい生地を使った豪華な物だ。出入口には2人の兵士が見張りについている。兵士は現地の兵士なのでエルフリーデの言葉は分からない。なので通訳に彼女が来た事、捕虜を連れて来た事を伝える。通訳の内容を理解し、兵士の1人がテントに入ってゆく。それからすぐに兵士が出ていて通訳に何か話す。そして通訳が。
「隊長だけ入っていいとの事です」
「わかった。寒いだろうが君は外では待っててくれ」
「分かりました」
通訳は返事をし、捕虜達と待つことに。
彼女がテントに入る。テント内の中央には大きな机が広がり、その上には大きな羊皮紙が広げられている。紙に書かれているのはこの辺りの地図。机の囲むように5人の男たちが囲んでいる。入口の反対側、テントの奥に立っているのがホルシュタイン卿である。中肉中背の体で、顔には深くシワが刻まれて、若い時はさぞモテたのだろうと思われる。彼がエルフリーデでに入って来るのに気づくと。
「おお、傭兵隊長アイゼンシュタイン殿。よくぞご無事で」
彼女に近寄り、握手をしようとしてくる。彼女は拒むこと無く握手する。他の4人はこちらを見ている。
「ホルシュタイン卿、私が生命を落とす思っていたのですか?」
エルフリーデは笑顔で応える。
「なぁに。ただの形式的な質問ですよ。ささ、こちらに。酒はどうです?良い果実酒が入ってね」
「酒も良いですが。戦況はどうなのかしら」
そう聞くと彼は先ほどの笑顔から難しい顔をする。
「そうだな。コイエット、説明を」
コイエット。彼はホルシュタイン卿の4人の側近の1人であり、彼の軍事顧問であり、参謀。
「我々の兵力は一万ほどです。対するクート陣営の方は、情報が正しければ2万を超えると報告が出ております」
「と言うことだ。今の今までどう対処するか悩んでいったのだ。いやはや困ったものだ」
「なら酒を飲んでいる場合ではないでしょ。飲むなら勝利を勝ち取った時に」
彼女の正論に彼は参ったと思われる表情する。
「全くその通りだ。だが、飲んでないとやってられんのだ。我輩は本来、内政を担当したのですぞ。それが地位が一番高いからと言って軍の司令官に任命されるとは…国王には困ったものだ」
彼はポケットからハンカチを取り出す。テントの中は外より暖かいが、おそらく疲労からなのか額から汗が出ている。それを拭き取る。
「気晴らしになるか分かりませんが捕虜と会いますか?何か情報を持っているかもしれません」
「そうだな。会ってみるか」
2人はテントから外に出て、捕虜の元に向かう。彼らを見張っていたのは通訳ともう一人若い兵で戦闘前にエルフリーデに質問を出したのも彼である。
2人は捕虜が逃げないようにしているのではない。捕虜が他の兵士から暴行を受けないように見張っているのだ。
「こちらです、ホルシュタイン卿」
「ほほう。装備は、外しているんだな。ん?」
ホルシュタインは何かに気が付いた。それは捕虜の中に居た1人にだ。思わずこの地域の言葉で話しかける。
「君は、コンラートくんではないか!?」
自分の名前をいきなり言われたのか、コンラートと言われた人物はおどろき声を上げる。
「その声は、おじさん?」
彼らの言葉が分からないエルフリーデは通訳に話す。
「彼らは何を話しているんだ?」
「どうやら知り合いのようですね」
エルフリーデはホルシュタインに質問する。
「彼は知り合いですか?」
「ああ、アイゼンシュタイン殿は知らないか。彼は大貴族の1つである『ブルームヘム家』の御子息だ」
エルテルスンド王国に存在する大貴族はそう多くないが、その中でもブルームヘム家はかなりの力を持っている。社交界でも幅を利かせており、ホルシュタインはその繋がりで顔を知っていたのだ。
コンラートは縋るようにホルシュタインに話しかける。
「おじさん。あの女の話は本当なのか…?」
彼は頭には疑問が浮かぶ。「何の話だ?」思わず聞き介してしまう。
「捕虜は拷問にかけると…俺は帰れるよな…?」
どうやら先ほどの話を誰からか聞いたのだろう。凄く怯えていた。
「身代金を払えば帰れるよ。そう怖がることはない」
怯えるコンラートを安心させようとする。
その話を通訳から聞いたエルフリーデはホルシュタインを呼ぶ。
「ホルシュタイン卿。ちょっとこちらに」
「どうしたのですかアイゼンシュタイン殿?」
彼女は耳打ちし何かを吹き込む。聞き終わりホルシュタインは。
「そんな…それはあまりにも…」
「これは戦争なのですよ。非情にならなくてなりません」
「うむ…」
彼は少し考え込む。そして。
「分かりました。そのように伝えます」
「ありがとうございます。ホルシュタイン卿」
そしてコンラートの元に戻り、話を始める。
「実は王の命令で捕虜には拷問かけるように勅令が出ているのだよ」
「おい!さっきの話が違うではないか!さてはあの女何か吹き込まれたな!」
エルフリーデは笑っていた。言葉は分からないが何を言っているか分かったのだ。
それを見てコンラートは。
「何を笑っている。この吸血鬼!悪魔め!」
エルフリーデに掴みかからん勢いだった。それをホルシュタインが間に割って入る。
「よせコンラート。彼女を怒らせるな」
何とか引き離し話を続ける。
「それでだ。コンラート、君が持っている情報を話してくれたら拷問はしないと約束しよう。どうだい、良い取引だろう?」
「そ、それは…」
情報を話すという事は、仲間を売るという事になる。それは無能と言われた彼であっても簡単に決断できることではない。
彼の態度に痺れを切らしたのかエルフリーデは。
「捕虜の1人を連れてきてくれ」
自分の兵士に命令を飛ばす。兵士の1人が捕虜を連れて来る。
「アイゼンシュタイン殿。何をなされるのです…?」
額にかいた汗を拭いながらホルシュタインは彼女に聞く。彼も薄々は気づいていた、彼女が今から何をするのかを。
連れてこられた捕虜は今から何をされるのかわかっているのかひどく怯えている。
「2人でそいつを抑えろ」
そう言われて通訳ともう一人の兵士が捕虜を取り押さえる。
「や、やめろ…やめてくれ…」
「なにすぐに終わるさ」
エルフリーデは短剣を鞘から抜く。それ剣先を捕虜の人差し指の爪の間に差し込む。少しづつ、それでいて確実に爪を剥がす。
「あああああ!」
捕虜は悲鳴をあげる。爪はパカリと開いてしまう。
その光景を見ていたコンラートは怯える。
「おじさん…」
「これはやり過ぎた…」
人差し指が終わった後。
「ふう。次は中指だな」
エルフリーデは次の指に取り掛かろうした時。
「お、おじさん。話す、話すから。俺にはやらないでくれ!」
「よく言ったなコンラート。なら、あのテントの中で話そう」
そう言われてホルシュタイン達はテントに入って行く。彼らが入るのを見届けた彼女は短剣をしまう。
「まあこんなもんか。そいつは連れて行け」
痛みのあまり涙で顔をぐしゃぐしゃしていた捕虜は他の捕虜の元に返される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます