第32話 【sideシャノン】私が言いたかったこと

 シャノン・ウィンブルグとして生まれた私の人生は、魔法と共にあることを義務づけられた。


 来る日も来る日も、魔法の特訓。

 ウィンブルグ家は今まで、数々の名魔導士を輩出してきた一族だ。女に生まれようが、それは変わらない。


 幸いにも、私には魔法の才能があったらしい


 三歳の頃には、魔法が使えた。

 五歳の頃には、家庭教師の先生より優っていた。

 八歳の頃には、勉強すべきことがなくなった。

 十歳の頃には、私の隣に並び立つ者が周囲にいなくなっていた。


 そんな私を、周りの人は『天才』ともて囃し、ウィンブルグ家初の女当主になることも望まれた。


 当然、好きなことも出来ない。


 常にウィンブルグ家の貴族として、ふさわしい行動を求められた。

 結婚相手も自分で決められない。

 周りの女の子たちが自由に遊んでいるのを横目で眺めながら、私は魔法の訓練に明け暮れた。



 ──もし、貴族として生まれてこなければ。



 私も、ただ自分が好きな人と手を繋ぐことが出来たのかしら?


 もやもやした気持ちを抱えながらも、私はアストリエル学園に入学することになる。


 ここだったらなにかが変わるかもしれない──そう思っていたが、結論から言うと同じだった。


 誰も、私に敵う人はいない。


 みんなは『やっぱりシャノンはすごい』『生徒会長、素敵!』『学園の誇りだ!』って言ってくれるけど、対等に話せる友達は出来なかった。


 だけど、それでもいい。

 だって私は、そういう風に出来ているのだから。


 感情を押し込め、作業をするかのように、つまらない日々を送っていた。



 ──反魔法協会の人間が接触してきたのは、私が三年生に上がった頃だ。



 はウィンブルグ家を人質に取り、私に取引を持ちかけた。


『私たちの言うことを聞きなさい。あなたの家族の命は、私が握っているのです』


 もちろん、最初は抵抗しようとした。

 しかし──私では彼に勝てなかった。


 奇しくも、初めて敵わないと思った相手が、そんな最悪になるなんて……と私は絶望した。


 私の人生はウィンブルグ家が全てだった。

 忸怩たる思いを抱えながらも、私は彼に従わざるを得なかった。


 そして今日──かねてから協会が進めていた学園爆破計画が、実行に移った。


 学園の優秀な生徒を特選メンバーとして遠くに置き、その間に私が学舎に爆弾を仕掛ける。

 そして極め付けは、私自身が爆弾になること。


 今、ヤツによって、私の体には複雑な魔法回路が仕込まれている。一度起動してしまえば、解除は不可能と判断。私はただ、死を待つだけの身となった。


 だけど不思議なくらいに、私に焦りはなかった。


 家族を人質に取られているとはいえ、学園を爆破しようとする凶悪犯。

 そんなバカな私が苦しみ逃れられる、唯一の手段。


 ゆえに死を恐れるどころか、ようやくこの罪悪感から解放されると思っていたのだけど……。



「なんで……っ! なんで、あなたは諦めないのよ!」



 炎の中を突き進む、一人の男がいた。


 ギル・フォルデストだ。


 どうして、協会がギルに目を付けているのか知らないが……私は彼に接触することになった。


『あっ、そうそう。私に敬語なんか使わなくてもいいわよ。私はあなたと仲良くなりたいから』


 当然断られると思って、彼には言ってみた。

 彼もみんなと同じように、私を一人の対等な人間だと見ないんだ……って。


 しかし彼から返ってきた言葉は、意外なものであった。


『そうか。だったら、お言葉に甘えさせてもらう』


 驚いた。

 彼はウィンブルグ家が怖くないの……?


 疑問が渦巻いていたが、それをおくびにも出さず彼と会話を続けていたら、心躍っている自分がいることに気付いた。



 ──もしかしたら、彼なら私を──。



 しかし私はギルを裏切り、今も彼は怖い顔をして一歩ずつ前進している。


「あんたのことは……最初から、気に入らなかったんだよ」


 なにを喋るかと思ったら、彼から紡がれた言葉は、私に対する恨み節。


「いけすかない態度で、なにを考えてるか分からない。いつも本音を隠しているような態度。他の人は違ったかもしれねえが、俺はあんたが『人形』にしか見えなかった」

「やめて! 止まって!」


 これ以上、私の心を揺さぶるのはやめて!


 だが、心から叫んでも、ギルは歩みを止めない。


「あなた、正気なの!? 結界魔法の一つでも張ればいいじゃない! なのに、直進するだけだなんて。焼き殺されたいの!?」

「はっ! 俺は結界魔法なんて上等なものは使えねえよ! 俺に使えるのは『非道な魔法』だけだ」


 また一歩、ギルが近付いてくる。


 ギルは一年生にしては、よくできた生徒だ。彼に匹敵する生徒は、なかないないだろう。


 だが、それまでの凡人。


 なのに、学園きっての……いえ。ウィンブルグ家の最高傑作である私の魔法に、生身で突っ込んでくるの!?

 なにが彼をそこまで突き動かすのよ!?


「話を戻すぞ──俺はあんたが『人形』にしか見えなかった。なあ、今のあんたはなにを考えている? 俺にどうしてほしい?」

「そ、そんなの……っ、今すぐ引き返して、学園から逃げてほしい……って──」

「ちげえだろうが! 本音で語れよ! 腹の底から叫べ! 人形から『人間』になりやがれ!」


 ──ああ、これはきっと精神操作だ。


 体内に彼の魔力が入ってくるのを感じる。

 私の心がこんなに揺らいでいるのも、彼がきっと精神操作魔法をかけているから。


 しかし私の意志とは逆に、ヘル・ファイアの炎はさらに輝きを増していくよう。


「さあ、言え! 周りの目なんか気にすんな! これでも俺は、口が固い方だ! ここには俺としかいない! さあ! 俺に──どうしてほしい?」


 彼が目の前まで迫ってくる。

 彼はそっと、私に手を差し出した。


 私はその手を──






「──私を助けて」


 涙を流しながら、掴んだ。


 ヘル・ファイアの炎が霧散する。

 顔の所々が焦げ、煤で汚れているギルは、


「上出来だ」


 と私の頭を撫でてくれたのだ。

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