第30話 裏切りと違和感

「あいつ……っ! 俺が酷い目に遭ったってのに、そこでぬくぬくと……っ!」


 いつもの涼しそうなシャノンの顔を見て、俺の中で彼女に対する怒りがふつふつと湧いてくる。


 彼女はそんなことも知らず──ってか、映像は一方通行なのだろうから当たり前なのだが──淡々と話し始めた。


『特選メンバーの活躍は聞いてるわ。不測の事態が起こったみたいね。だけど、あの反魔法協会の連中を相手に、一年生──特にギル・フォルデストも一歩も後れを取っていなかったって聞いてる。上出来よ』

「うるせえ! 元はいえば、お前のせいなんだ! 褒めるくらいなら、今俺の前に来て土下座でもしろよ!」


 聞こえないとは分かっていたが、感情のままに抗議する。

 しかし俺のそんな叫び声は、周囲の喧騒に紛れてかき消えた。



「シャノン生徒会長だ!」

「きっと、特選メンバーの一年生を褒め称えるために、こうして顔を出したのよ!」

「相変わらず麗しい……付き合いたい……」

「バカ。お前みたいな凡人が、彼女と付き合えるはずがないだろうが」



 口々にシャノンを称えていた。



 ──生徒会長、随分とお人気ですね!?



 まあ、それも当然か。


 学園きっての天才。

 彼女が今までしたことは全て生徒のためを思っており、学園生活がより豊かになったと聞く。

 しかもそれでいて、あのビジュアルだ。

 シャノンの歪んだ性格さえ知らなければ、俺だって彼女のことを素直に褒め称えいたかもしれないな。


『それで……特選メンバーの一年生は帰ってきてすぐだけど、私から伝えないといけないことがあるの』

「「「うおおおおおお!」」」


 周囲で喝采が起こる。

 神にも等しい彼女からかけられる言葉。聞き逃さないよう、生徒のみんなが固唾を飲んで見守る。


 シャノンから告げられた言葉は──




『この学園には今、爆弾が仕掛けられているわ。起動すれば、学園全体が吹き飛ぶほどの──ね』




 であった。


「は?」


 荒唐無稽な話に俺だけじゃなく、まるで時が止まったかのように、周りのみんなも静まり返る。


「それは……どういう意味だ?」


 そんな中、傍にいたミラベルが震えた声で問いかけた。


 一方通行だと思っていたが、あちら側にも音声が伝わっていたのか──それとも、その問いを予想していたのか、


『そのままの意味よ。私が仕掛けた爆弾がどっかーんで、このままじゃみんな死ぬ。あなたたちの楽しい学園生活も、ここで終わり。ちゃんちゃん』


 茶化すようにシャノンはそう答えた。



「バ、バカな……どうして、そんなことをする必要が……」

「り、理由を言え!」

「冗談よね? 生徒会長が仕掛けた……って。ああ! もしかして、ドッキリかしら?」

「そうだ、そうだ! 生徒会長が学園を爆破するなんて有り得ない!」



 ようやく理解が追いついたのか、周りも騒ぎ出す。


 しかしシャノンは表情一つ変えず。


『冗談でもなんでもないわ。この学園を爆破するつもりで、爆弾を仕掛けた。理由はただ一つ。反魔法協会がそうすると決めたからよ』


 先ほどまで、王都の魔法研究所を襲撃するため、各地に散らばっていた協会員が集結しようとした。

 その目論見を俺たち特選メンバー……それと騎士たちのみんなで防いだが、まだ終わっていなかったのか?

 しかも研究所ではなく、学園だと?


 疑問が渦巻いている間にも、シャノンは話を続ける。


『魔法は神の使う力であり、神の元に返すべきだ……そんな反魔法協会の理念は知っているかしら? 協会の人たちは、自分たち以外が魔法を使うことを快く思っていないわ。

 だから優れた魔導士を数多く輩出する学園を、粉々に爆破しようとした。ほら、話はちゃんと繋がってるでしょ? ここがなくなれば、新人魔導士の育成機関をなくした王都は、大ダメージを受けるって寸法よ』

「反魔法協会の連中が、そう考えるのは分かります」


 生徒の一人が問いを発する。


「しかしだからといって、どうして生徒会長がヤツらの味方をするような──」

『はあ……ここまで言って、まだ分からないのね』


 シャノンは深い溜め息を吐いて、自分の右手首にはめていたリストバンドに手をかける。


 そしてリストバンドが取ると、そこには蛇と蛇が食い合うような印が浮かび上がっていた。


「反魔法協会の……紋章……」


 それを見て、俺は呆然と呟く。


『これで分かった? 私も反魔法協会の一員だったのよ。その素性を隠して、生徒会長をやってたってわけ』

「う、嘘だ……優しい生徒会長がそんな……っ!」


 すがるように、生徒の一人が声を漏らす。


 それは他の生徒も一緒だった。

 いきなりのシャノンの告白に、みんなは衝撃を覚え、その場から動けなくなってしまっている。


『私の仕掛けた爆弾は、三十分後に爆破する。それまでに逃げないと、あなたたちも木端微塵』


 生徒たちの動揺を意に介さず。

 シャノンは最後にこう言った。


『いきなりこんなことを言って、ごめんなさい。だけどこうするしかなかったの。死にたくなかったら、早く逃げることね』






 魔導スクリーンに映し出されたシャノンがぷっつりと消えると、周りは泡を食ったように騒ぎ出した。


「ど、どどどどうしよう、まさかあの生徒会長が反魔法協会だったなんて……!」

「なに言ってんだ、冗談に決まってるよ。生徒会長もお茶目だな〜」

「生徒会長が冗談を言っているように見えたか!? 彼女は本気だ!」

「もうっ! なんでこんなことになるのよ! せっかく学園生活にも慣れてきたのに!」

「とにかく早く逃げねえと、死んじまう。話が本当か嘘だったかは、その後だ!」


 生徒たちの反応は様々であったが、みんな『どうして彼女が?』という戸惑いの方が大きいみたいだ。

 彼・彼女らは急いで学舎の外に避難しようとする。周りの人を押し合い、我が先にと逃げる阿鼻叫喚の光景はまるで地獄のようだった。


「ギル様! わたしたちも早く逃げますよ!」

「そうだ! 生徒会長の言っていることが真実なら、大変なことになる!」

「アイリスはまだ死にたくないよ……」


 リディアとミラベル、アイリスもみんなと同じような反応であった。


 だが。


「んー……なんか引っかかるんだよな」


 この中で俺だけが一人、先ほどのシャノンの言葉に違和感を覚えていた。


「引っかかるとは、どういうことですか? ギル様」

「だって、わざわざ今から爆破しま〜すって宣言するバカがどこにいる? しかも逃げろってだけで、なんの要求もない。おかしいだろうが。反魔法協会──シャノンの目的ってのは要は『優れた魔導士が、これ以上生まれてこないようにする』だろ?」


 そのために学園を爆破する。

 なるほど、テロ組織らしい考えだ。


 しかしシャノンの目的が本当にそれなら、わざわざ俺たちを逃す必要がない。

 サイレントで爆破させて、生徒もろとも葬った方が効率的だからな。


 だが、シャノンはその道を選ばなかった。


 生徒を爆破に巻き込むのを躊躇ちゅうちょした?

 バカか、学園ごと木端微塵にしようとする頭のおかしなヤツだぞ。どうして今更、躊躇う必要がある。


 俺は顎に手を当て、前世の記憶を呼び起こす。




 ──『エターナルクエスト』のPV。




 魔導スクリーンからの映像では特定出来なかったが、俺の考えが当たっていれば、シャノンはにいるはずだ。


「リディア、ミラベル、アイリス。嫌だったら嫌だと言ってくれ。お前らに頼みたいことがある」


 俺はリディアたちに、自分の考えを伝える。


「……ってことなんだ。やってくれるか?」

「もちろんです! ギル様のためなら、命など惜しくはありません!」

「私は死にたくないがな」


 リディアの一方、ミラベルは苦笑し。


「しかし……ここで学園を見切り、実家に逃げ帰るなど騎士としての恥だ。ギルの考えに従おう」

「アイリスも……だよ。だけどギル君はどうするの? さっきの話じゃ、説明されなかったけど……」

「俺か?」


 そんなのは決まっている。

 俺はニカッと笑って、彼女たちにこう告げた。




「いけすかない生徒会長を一発殴りにいくんだよ」

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