第29話 戦いを終えて

 戦いは終わった。


 幻覚と触手魔法でほとんどの協会員を退かせたためなのか、駐在地にいる人たちでヤツらを無力化することが出来た。

 問題は上級生と何人かの教師陣が戦っている場所だが……そちらも圧勝で終わったようだ。

 とはいえ、上級生はまだ色々とやることがあるらしく、まだ戦地から離れられないらしいがな。


 それだけ強いってのに、どうして戦場から抜け駐在地に向かえる協会員に現れたのかは謎のままだったが、なんにせよ作戦は成功したのだ。


 俺たち一年生は疲労もそこそこに、上級生より一足早く馬車で学園に戻った。


 日も落ち始めた頃、学舎に到着し、俺たち一年生の特選メンバーは盛大に迎え入れられた。



「うおおおおお! さすがはオレたちの特選メンバー!」

「やっぱ、特選メンバーはすげえや。騎士たちにおくれを取らなかったって効いてるぜ?」

「一年生も頑張ったみたいね」

「そうそう。一年生のあのフォルデスト家のギルが……」



 学園のエントランスホール。

 学舎で待機していた生徒たちが、口々に俺たちを讃えている。


「ギル様、すごいです! ギル様がいなかったら、わたしたちは死んでたかもしれません」

「ふむ、リディアの言う通りだな。我々だけでは、万全の状態の協会員を撤退させられなかっただろう」

「ギル君はアイリスたちの救世主だよ」


 リディアとミラベル、アイリスも無事に学園に戻ってこれて、顔を綻ばせていた。


「くっくっく、俺を崇めよ! ──って言いたいところだが、俺だけのおかげじゃないよ。お前らがいなかったら魔力が足りなくて、正直どっちに転ぶか分からなかった」


 お世辞ではない。


 それにしても……前々から魔力量の少なさが欠点だと思っていたが、早いとこなんとかしなくっちゃな。

 いつでもリディアたちが、傍にいてくれるとは限らないんだし。

 だが、今日のところはなんとかなったし、素直に喜んでもいい気がした。


「ギル君」


 リディアたちと話していると、担任のマリエル先生が声をかけてきた。


「お疲れ様〜。あなたの活躍は聞いているわよ〜」

「先生こそ、お疲れ様です。そちらは大丈夫でしたか?」

「ぜんぜ〜ん。私たちの生徒はみんな、優秀だしね。騎士のみなさんもいてくれたし、私はほとんどなんにもしなかったわよ〜」


 マリエル先生も特選メンバーと一緒に、戦地に赴いていた。

 彼女は確か、治癒魔法が得意だったはず。戦いは不慣れなのだろう。

 それなのに、わざわざ戦地ど真ん中に行かされるなんて大変だな。


「クライヴ君はちょっと残念な結果になったけどね」


 マリエル先生はそう行って、クライヴに視線をやる。


 クライヴはみんなの輪から外れて、ぽつーんと一人で肩を落としていた。

 戦場での命のやり取りにショックを覚え、喜ぶ気にはなれないのだろう。


「まあ……元々は後方支援だけのはずだったので、そこまでクライヴも役に立たなかったわけじゃないですがね」


 クライヴは敵である協会員の命を、奪うことが出来なかった。


 しかし──俺は彼を責める気にはなれなかい。


 俺たち学生にとって、命のやり取りというのは非日常そのものだ。

 それなのに、今まで大体がぬくぬくと育てられてきた子どもが、急に人を殺せと言われる方が無茶だ。


 実際、俺も強がってはいるが、協会の人間を斬った時の肉を断つ感覚が残っており、吐き気がしている。


 今回はなんとかなったが、一歩間違えればクライヴの位置にいるのは俺の方だった。


「ふふふ、ギル君は優しいのね〜。そうだ」


 パンと手を叩き。


「ギル君、クライヴ君を助けるために協会員を斬ったじゃない。その人なんだけど──」

「…………」

「死んでなかったみたいよ。逃げる協会員に抱えられて、戦地を後にしたみたい。あなたにとっては仕留め切れなかったって残念に思うかもしれないけど……まあ、一応ね」


 そこまで言って、マリエル先生は「じゃあ私もこの後、やることがあるから」と立ち去った。


「ギル様、なにかあったんですか?」

「ああ。実は……」



 俺はクライヴが敵にトドメを刺せなかったこと。代わりに俺が手を汚したこと。隠していたわけじゃないが、ペラペラ喋るのかもどうかと思い黙っておいたことを、リディアたちに伝えた。



「そんなことが……!」

「敵とはいえ、俺も人殺しになっちまったって思ってたけど、そうじゃなかったみたいだな。くそっ! 悔しいぜ!」

「白々しいことを……ギルのことだから、わざと死なないように調整したのではないか? 君はそういう人間だ」

「ギル君は優しいもんね」

「…………」


 まあ……あの時は魔力がほとんど枯渇しかかっていたこともあるが、いつもの毒剣を使わずに、騎士の剣を借りて使った。

 もし毒剣であの協会員を斬っていれば、彼は間違いなく命を落としていただろう。彼が助かった理由はそんなところだ。


 わざとそこまで計算していたわけではないが……に俺がそう考えていた可能性もあるわけで。

 そうだとするなら、クライヴに説教垂れたのに、自分の甘さに辟易とする。


 だが。


「はあああああ!? 俺が死なないように調整だって? そんな優しいこと、するわけないだろ。俺はあの悪逆非道なギル・フォルデストだぜええええ!?」


 自分の弱さを誤魔化すように、そう声を張り上げた。


 しかしリディアたちは、そう受け取らなかったようである。

 微笑ましい目で俺を見ていた。


「それにしても……マリエル先生もわざわざ伝えてくれるなんて、ギル様が落ち込まれていると思ったんでしょうか?」

「まあ多分そうだろうな。俺は絶っっっ対に違うけど! 普通の一年生ならクライヴみたいになっててもおかしくなく……」


 ──ん?


「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。気のせいだ」


 俺が言うと、リディアは不思議そうに首を傾げた。


「まあ、なんにせよこれで面倒ごとは終わった。今日のところは帰って……っと、その前に生徒会長に一つ二つ、文句でも言いにいこうか。あんたのせいで大変なことになったじゃねえか……って」


 その時だった。


 エントランスホールにある魔導スクリーンに、突如映像が浮かび上がった。



『みんな、お疲れ様』



 そこには、今から抗議しにいこうと思っていた張本人──シャノンが映し出されていた。

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