第28話 さっさと殺せよ

 火と血の匂いがする。


 戦場はごった返しており、所々から悲鳴混じりの声が聞こえてくる。今もまた一人、騎士が反魔法協会の人間を斬った。

 通り過ぎた地面には、人が倒れていた。反魔法協会の紋章が見える。彼は立ち上がろうともせず、呼吸の気配もなかった。



 ──あぁ、やっぱり嫌だ。



 分かってたんだ、人間同士の戦いになるとこうなるって。


 鈍い頭痛と吐き気を抑えながら、俺は戦場を駆け抜ける。


「ギル・フォルデスト! 君も来たのか! 怖気付いて、逃げたとでも思ったよ!」


 そんな中、嬉々として剣を振るうクライヴを発見した。


「君は手を出すなよ。僕はここで英雄になるんだ! また君に僕の活躍を奪われたら、たまったもんじゃない」

「へいへい、そうですか」


 こんなところでも俺と張り合うつもりなのかよ。

 呆れすぎて、言葉も出ない。


「お前、そんなに啖呵を切ってんだ。今のところ、どんなもんだ? なんか、具体的に活躍したっていうのか?」

「……っ! まだだよ。なかなか手頃な獲物が見つからなくってね。でも、大丈夫。僕はこの先、自分が英雄になる未来が見えているんだから!」


 そう声を上げるクライヴは、ただ見栄を張っているようにも思えない。

 彼の言う『英雄になる未来』が、本当に見えているようだった。


 周囲に警戒を配り、敵からの攻撃に備えていると、


「……っ! おい! クライヴ、後ろだ!」


 彼の後ろから、攻撃魔法を放とうとする反魔法協会の人間──協会員が目に入った。

 クライヴは前を見ることに必死で、後ろの協会員に気付いていない。


「ちっ……!」


 無意識に体が動いていた。

 協会員の手から魔法が放たれようとした瞬間、俺は能力低下の魔法を発動。


「な、なんだ、これは……急に体が動かなく……」


 突然の異常に、協会員は反応出来ない。


 俺はすかさず、触手で協会員の足を絡めとる。彼は転倒。すぐに起き上がろうとするが、地面の砂を掴むことしか出来なかった。


「大丈夫かよ、クライヴ。もっと後ろに注意を……」

「余計なことをするな!」

「はあ?」


 気遣って、クライヴの肩を叩くが、彼は振り向きざまにその手を勢いよく払った。

 彼に払われた手がジンジンと痛む。


「お前、なにを……」

「僕を助けて、また恩を売るつもりかい? 君の思い通りにはさせないんだからね! そうだ……僕は戦果を上げないといけない……君がまた活躍したら……僕は……」


 後半はぶつぶつと呟き、顔を俯かせるクライヴの瞳には異常な執念が宿っていた。



 ──どうして、こいつは俺にそこまで張り合うんだろうか。



 ゲームの時みたいに、悪役貴族として振る舞うギルなら別かもしれないが、今の俺ってそうじゃないよな?


 そう考えると、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんっと切れてしまような感覚に陥った。


「あっ、そ。だったら、お前に戦果を譲ってやるよ」


 俺は剣で地面に倒れている協会員を示す。

 すると彼は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、這いつくばりながら逃げようとする。しかし能力低下が効いたままでは、そう遠く逃げられるはずがない。


「ほら、今がチャンスだぞ。さっさと

「え……?」


 一瞬なにを言われたのか分からなかったのか、クライヴは虚をつかれたような表情になる。


「だって、そうだろ? 戦果を上げたいっていうなら、協会員を一人でも多く殺すべきだ。こいつの首を持っていけば、周りの騎士だってお前の力を認めてくれるはずだぜ? 俺はそのチャンスをわざわざ譲ってやろうと言ってるだけだ」

「だが……」

「だが?」

「こ、殺す必要はないんじゃないかな。ほら、相手だって戦意を失っている。なにもそんな残酷なことを……」


 こいつはこの期に及んで、なにを言ってやがる?



 ──だが、クライヴのこういう反応は薄々予想していた。



 確かに、俺たちアストリエル学園の生徒は、一般の人々に比べて類稀なる力を持っているかもしれない。

 実力試験で俺が倒したゴブリンキングだって、上級生の中には簡単に殺せるヤツがゴロゴロいるだろう。

 あの時のゴブリンキングに比べたら、ここにいる協会員は足元にも及ばない。

 試験の際に出てきたロードリックなる男が出てきたら別かもしれないが、今のところそんな気配もない。



 ──しかし俺たちはまだ、学生なのだ。



 さらに一年生。

 魔物ならともかく、人の命を奪うことに慣れていないものが大半だ。


 そして、それは俺も同じ。

 大事なところで、体が動かなくなるかもしれない。


 だから俺は当初、幻覚と触手魔法を駆使し、なんとか敵味方関係なく血を流さずに戦いを終わらせようとしたのだ。


「甘っちょろいこと言ってんじゃねえよ」


 迷っているクライヴに、俺は詰め寄る。


「話に聞くと、反魔法協会どもは自分たちの正義を押し付けて、酷いこともやってきたそうじゃねえか。末端だから見逃す? バカか。そいつがまた別のところで、弱い人たちを殺したらどうする?」

「き、君に言われなくても、そんなことは分かっている。だけど、やっぱり殺さなくても……」


 クライヴは未だに煮え切らない反応である。




「うわああああああ!」




 だが、突然の獣のような咆哮。


 視線をやると、先ほどの協会員が立ち上がり、やぶれかぶれに魔法を放とうとしていた。

 こうしている間に、能力低下の魔法が切れてしまったのだ。


 魔法は見事発動し、火球が飛ぶ。火球はクライヴの方へと一直線に伸び──


「くそがっ!」


 俺はクライヴを押し退け、剣を強く握る。


 そして魔法を放ち、無防備となった協会員を──俺は斬った。


 そう、斬ったのだ。


 血飛沫を上げ、倒れていく協会員。

 彼の周りに血溜まりが出来、二度と彼は立ち上がってくることはなかった。


「あ、あ、あ……」


 俺が咄嗟に押したおかげだろう、火球を回避したクライヴは、倒れている協会員の体を見て腰を抜かした。


「分かったか? ここは戦場なんだ。今更、命を奪うことに躊躇していたら、やられるのは自分だぞ」



 ──あぁ、やっぱり嫌だ。



 俺だってろくに人を殺す覚悟を抱いていないのに、クライヴに説教をかましている。


 しかし彼とは違い、俺はとうとう手を汚した。

 自分が死にたくがないために、人一人の人生を終わらせてしまったことに、少なからず罪悪感が湧く。


「……僕は……僕は、ただ英雄になりたかっただけ──あああああああ!」


 完全に戦う気を失ってしまったのだろう。

 クライヴは目から涙を零し、何度も何度も地面に拳を打ちつけていた。

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