第27話 勝利を手繰り寄せる、非道な手段

「ふはは! 圧倒的だな、我が魔法は!」


 俺は水晶に映る反魔法協会どもの様子を眺めながら、そう声を上げた。



 ──あいつらを撤退させるため。



 俺が取った方法は、幻覚魔法であった。


 まずあいつらの前に、巨大な人型生物を出現させる。

 しかしこれは、あくまで幻覚だ。実体を持たない。これだけであいつらを倒すことは不可能だろう。


 だが、あいつらは混乱する。そこで俺の触手魔法の出番だ。慌てふためている連中では、触手まで対処が追いつかない。


 そのような光景を今、偵察用に騎士たちが飛ばしてくれた鷹の目を通して、俺は目にしているというだけだ。


「ほお! 君はすごいな! 完全にあいつらが機能していない! 次々と逃げていくじゃないか!」


 後方支援部隊を統率している騎士が、手放しに俺を賞賛する。


「まあ……環境のおかげでもありますよ」


 肩をすくめる。


 ただの幻覚魔法では、あいつらの目を欺くことは出来ない。

 あいつらだってバカじゃない。近付けば、すぐに幻覚だと気付くだろう。


 しかしここは渓谷。

 霧が深く立ち込めており、視界が悪い。

 幻覚だと看破するのは、通常の状態より難しい。


 このような俺ら有利の状況も働いて、今回の作戦が成功しようとしている。

 あとは偵察用に用意されていた、魔法で制御された鷹を使って、水晶にその光景を投影する。

 水晶には触手に絡まれ、矯正を上げる反魔法協会どもの隊長らしき女の姿も映っていた。


 実に愉快である。


「それに、俺一人ではこれだけの大規模な魔法、不可能でした。あいつらも褒めてください」


 そう言って、俺は近くの三人に視線を向ける。



「ギル様……! わたしのあっりたけを受け取ってください!」

「こ、これは初めてではなかったが、魔力を吸われる感覚というのは独特だな。癖に……なりそうだ」

「意識をはっきりさせとかないと、どうにかなってしまいそう!」



 リディアとミラベル、アイリスが順番に言う。


 彼女たちの体からは光の粒子が出ていた。

 この粒子は魔力。

 魔力は立ち込め、俺の体に取り込まれていった。


 ──これが俺の策、第二弾。


 巨大な幻覚を出現させ、同時に触手魔法で反魔法協会どもの動きを制限する。

 とはいえ、さすがにこれだけの大規模な魔法は、俺の魔力だけでは足りなかった。


 そこで彼女らの出番である。


 繰り返しになるが、ギル・フォルデストという人間は魔力操作に優れている。他人から魔力を吸収するのもお手のものだった。

 とはいえ、今の俺では全く赤の他人から、魔力を頂戴するのはなかなか難しい。

 だが、リディアたちなら、これまで一緒に筋トレをしてきた仲だし、魔力の流れも把握している。


 ゆえにこうして、スムーズに魔力を吸収することが出来ているのだ。


「こうすれば、人間との戦いに慣れていない俺らでも、敵にハッタリをかますことが出来る。分かったか、クライヴ? 俺らの目的は、反魔法協会の連中を退かせること。わざわざ剣を手に取らなくても十分なんだ」

「ぐぬぬ……っ」


 近くで事の成り行きを見守っているクライヴに、そう教えてやる。


 こいつはすぐにでも反魔法協会どもと戦いたいみたいだが、俺の作戦が上手くいっているため、悔しそうに歯軋りすることしか出来ない。


「さて……部隊は半壊。あとはこうして時間を稼げば、直に三年生とか二年生も戻ってくるだろうし……そうなる前に、ヤツらが完全撤退するかもしれない」


 調子ぶっこいていた時であった。


「ん……待て」


 その異変に気付いたのは、騎士の一人。


 水晶に映るのは反魔法協会どもが苦しんでいる様子。

 しかし何故か、急に俺が作り出した謎の人型生物──の幻覚が消滅した。


「なんで!?」


 思わず目を疑ってしまう。


 外部から妨害されているような感覚だ。

 魔法の制御は誤っていないはずなのに……どうして?

 あいつらの中に、俺の魔法を妨害しているような輩は……いないよな?


 そして続けて、反魔法協会どもの動きを制御していた触手も硝子のように砕ける。


 霧も晴れ、急な状況の変化に戸惑う女──確か、周りの人間はドロシアと呼んでいたか──は意気揚々と口にした。


『人型生物も触手もなくなった……? これはまさしく、神の思し召しだわ! 神はアタシたちを見捨てなかったのね! 行くわよ、野郎ども! 作戦を続行し、進軍するのよ!』


 魔法は神の使う力うんぬんを信条としているヤツらにとって、神が味方してくれているという状況には士気が上がるのだろう。

 先ほどまで戦意喪失していた彼らはときの声を上げ、俺たちがいる駐在地に向かって進み始めた。


「一体、どういうことだ!?」

「あいつらが来ちまう!」

「だが、何人かは逃げたまま帰ってこないぞ。当初より数は減ってるし、ヤツらも疲弊している。今なら俺たちだけでも勝てるはずだ!」


 駐在地にいる騎士たちは突如の光景に慌てたものの、一瞬で切り替え、武器を手に取った。


「勇気ある者は、我らとともに来てほしい! 逃げるまでの時間を稼ぐ!」


 後方支援部隊の隊長が叫ぶ。

 その際、『ギル君も来てくれるよね?』と言わんばかりに、チラリと視線を送られた。


 騎士たちは次々と駐在地を飛び出し、戦いの地に向かっていく。


「ふっふっふ、どうやら君の目論見は外れたみたいだね」


 呆然としている俺の一方、クライヴは満足げだ。


「こうなったら、僕たちも戦わないといけない。隊長からの指示もあったしね。僕は先に行くよ! 英雄になるチャンスなんだ!」


 クライヴも剣を手に取り、騎士たちの後に続いていった。


「なにがなにやら……」


 どうして、幻覚と触手魔法が解かれたのか。

 俺の魔法は完璧だった。

 これを打ち崩すためには、俺より数段優れた魔導士の力が必要なはず。


「なんにせよ、こりゃ裏で色々と糸を引いてるヤツがいそうだ」


 呟き、俺はリディアたちを見る。


「リディア、ミラベル、アイリス。気乗りしないが、俺も行ってくる。隊長にあんなことを言われちゃ、あとで学園になにを報告されるか分かったもんじゃない」

「ま、待ってください……わたしもギル様にお供……」

「いや、お前らは休んでろ。俺に魔力を吸われて、死にそうになってるじゃないか」


 俺がかなり大量に魔力を吸収してしまったためか、彼女たちは息も絶え絶えだった。

 これじゃあ、まともに戦えない。


「ったく……一年生に戦火が届くことはなかったんじゃないのかよ。結局、戦うことになってるじゃねえか」


 とはいえ、行かないわけにはいかない。今の状況は、俺も責任の一端を担っているからだ。自分で自分の尻を拭かないとな。


 俺は駐在地に置いてあった剣を手に取り、駆け出す。


「敵は反魔法協会か……たかがモブ敵が、俺に敵うと思うなよ!」


 ヤケクソ気味に叫んだ。

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