第25話 後方支援はそれなりに楽

 転移ゲートを使い、俺たち生徒は戦場に赴いた。

 三年生と二年生、そして何人かの先生が戦闘が行われている場所に向かったが、後方支援である俺たちは渓谷の駐在地で待機。


 周囲は霧が立ち込めており、視界が悪い。

 その中で後方支援として人や物の輸送、食事の用意、帰ってきた者への治療にあたったが、一年生がやることはほとんどなかった。

 騎士団の人の指示に従い、働くだけ。


 いやー、命の危険に脅かされないのって、精神的に楽だよね。


 リディアとミラベル、アイリスは一生懸命だったが、怠惰をモットーとする俺はサボってるのがバレない程度に働いていた。


「ギル様、お疲れではないでしょうか?」


 今も駐在地をぼけーっと眺めている俺に対して、リディアが飲み物を渡してくれた。


「疲れてる。いやー、大変だわー。もう筋肉痛が酷いのって、なんの。もう動けないかもしれないなー。悔しいなー。みんなの役に立ちたいのに」

「ギル様はここにいるだけで、みんなを照らす光です! いざという時のために、体をお休めくださいませ!」

「いざっていう時が訪れないように祈るがな」


 渡された飲み物を一口飲んで、苦笑した。


「リディアも喉が渇いていないか?」

「……っ! さすがはギル様。ギル様にはなんでもお見通しなんですね……。はい、正直なところ」

「だったら、リディアも飲めよ。ほら」


 そう言って、俺は今まで飲んでいたボトルを彼女に近付ける。


「ギ、ギル様の、飲みかけ!?」


 それだけだというのに、何故かリディアは雷に打たれたように動かなくなってしまう。


「どうした?」

「いえ……ギル様が飲まれたものに、果たして口を付けていいものかと思いまして」

「ん? 気にすんなよ。もしかして、飲みかけが嫌だったか? だったら、他のところに行ってリディアの分を……」

「い、いえ! 有り難く頂戴しますっ!」


 俺が飲み物が入ったボトルを引っ込めようとすると、リディアが素早い動きでかっさらっい、飲み始めた。


 ゴクゴク。


「ぷっはー!」


 ボトルから口を離し、リディアが声を上げる。


「これが国宝の味──生き返りますね。なんというか、二重の意味で」

「国宝……って大袈裟なヤツだな」


 口元を拭い、とろけきった表情になっているリディアを見て、つい笑いを零してしまう。


 平和だ──というのは間違っているかもしれない。

 後方支援とはいえ、ここはまぎれもなく戦場なのだから。


 だが、こういう時間もあっていいんじゃないだろうか。ただでさえシャノンの策略にはまり、腹が立っていたしな。


 ゴミ山の中から宝石を見つけた気分になっていると、


「き、き、君たちは巫山戯ふざけているのか!?」


 俺たちに叱責する男が現れた。


 顔を向けると、俺たちと同じ特選メンバーになったクライヴの姿があった。


「おお、クライヴ。巫山戯てるとは心外だな。少し休憩しているだけだ」

「さっきから君のことをずっと見てるけど、サボってばっかりじゃないか! しかもそれだけじゃなく、女の子といちゃついているなんて……もっと働いたらどうだ!」


 どうやら、クライヴは怒り心頭のようである。


 反論しようとするリディアを手で制して、俺は彼の前で立つ。


「んー? 俺のこと、見てたのか? もしかしてお前って……俺のストーカー?」

「話を誤魔化すな!」

「……ちょっとは力を抜けよ。こういう言葉を知らないか? 『やる気のある無能は、やる気のない無能に劣る』……って。変なことをして、騎士団の人の足を引っ張っては本末転倒だろう?」

「だからといって、サボっていい話にはならないだろう! くっ……僕だって、みんなと戦いたい。英雄になるチャンスだったんだ。なのに、こんなところで……」


 クライヴが歯を食いしばり、怒りを抑えるように拳を握りしめる。


 こいつ、まだ一年生が後方支援であることに不満を抱いていたのかよ。

 ここに向かうミーティングで、俺とシャノンに言われてから考えが変わったと思っていたがな。

 その行動はある意味主人公らしいが、巻き込まれては溜まったもんじゃない。

 このまま何事もなく、俺はさっさと学園に帰りたい。


「ん……?」


 辺りを見回すと、駐在地にいる騎士団の人たちがなにやら慌ただしくしているのが目に入った。

 先ほどまでの、どこか弛緩した空気とは違う。

 なにか異変が?


「すみません、なにかありました?」

「む」


 気になったので、近くを歩いていた騎士の人に声をかける。


「いや……実は反魔法協会の連中の一部が、こちらに向かっているそうなんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。とはいえ、戦線が圧されているわけではない。なんなら、こちら側有利の状況で進んでいる。それなのに何故……」


 敵側の不可解な動きに、騎士団の人も戸惑っているようだった。


「となると、俺たちも撤退の準備を始めるべきでしょうか?」

「そうなるだろうな。君たち一年生だけではなく、ここにいる騎士たちは戦いが不得意な者が多い。指示は適宜出す。君たちも逃げる準備だけをしておいてくれ」


 そう言い残して、彼はそそくさと足早に去ってしまう。

 その様子を見るに、どうやらかなり焦っているようだ。


「ギ、ギ、ギル様、大変です。わたしたちも早く逃げないと……」

「だな」


 ここでわざわざ戦闘に参加するほど、俺だってバカじゃない。別の場所で働いているミラベルとアイリスだって、同じ意見だろう。


 しかし──クライヴだけが違った。


「はははっ! やっぱりだ! 僕の思っていた通りだった!」


 高笑いをして、こう続ける。


「とうとう武功を立てるチャンスだよ! わざわざ逃げる必要なんてない! 僕たちで敵を迎え撃てばいいだけなんだから!」

「はあ!? 騎士団の人が逃げるって言ってんだぞ?」


 あまりに愚かな言動すぎて、溜め息すら出ない。


「この作戦に参加している以上、俺たちも騎士団の一員だ。職務命令は万死に値するぞ」

「そんなの知ったこったない! それに……僕は知っているんだ。ここで僕が大活躍をし、みんなから賞賛される未来をね!」


 目をかっ開いてそう声を上げるクライヴの表情は、どこか狂気を孕んでいた。


 僕は知っている? こいつにはなにが見えているんだ?


 とはいえ……。


「バカ言うな。とにかく、すぐにみんなと合流するぞ」


 今にも駐在地かから出ていこうとするクライヴを戒め、俺たちはその場を離れた。




 ……しかし数十分後。




「……撤退は困難だな」


 この場を指揮している騎士団の人が、苦しそうな顔をして声を漏らしていた。


 反魔法協会どもの動きが想定より早い。転移の手段を持っているのではないか? しかしそんなことが出来る資金も魔導士もいないはずなのに……と頻りに不可解にしていた。


「僕に戦わせてください! 僕だったら、反魔法協会の連中を薙ぎ払えますよ!」

「クライヴ君……と言ったか。そこまで言うなら、なにか良い案が?」

「僕が敵襲のど真ん中に行くんです! そしてばばばーっと剣と魔法で敵襲を全滅させます。簡単な作戦ですよ」

「話にならんな」


 クライヴの意見を一蹴する騎士。

 当然の反応である。


「ギルはなにか思いついていないのか?」

「ギル君だったら、きっと……」


 合流したミラベルとアイリスが、縋るような目で俺を見てくる。



 ──なんでこんなことになるんだ!?



 楽な仕事だと思ってたのに!?

 それなのにこんな緊急事態に陥るとは……俺は不運の星の下に生まれてきたのだろうか?


 だが。


「それでも、やっぱり撤退すべきだと思う。俺たちは戦いを知らなすぎる」


 魔物との戦いは、学園に入学する前の特訓期間を含め、何度かやってきた。実力試験がいい例だな。


 だが、今回はいつもと勝手が


 その意味も含め、撤退しか選択肢が残されていないように思えた。


「ん……待てよ?」


 俺は周辺を眺める。

 霧は晴れず、どんどん濃くなっていく。


「この地形に……霧……リディアたちもいる。これだったら……」

「ギル・フォルデスト君、だったな? なにかいい案でもあるのか? 閃いたなら言ってほしい。君は学園の生徒の中でも、とびっきり優秀だと聞いている。臆さずに言ってほしい」


 騎士たちの視線が、一斉に俺に向く。


 過去の特選メンバーの中には、騎士たち顔負けの武功を立てた者もいるという。

 今までのそういった実績が積み重なり、俺たちをそういった目で見ているんだろう。


 俺は少し躊躇しながら、こう口を動かした。



「敵襲を退かせることは出来るかもしれません。そのために……リディア、ミラベル、アリイス、俺に力を貸してくれるか?」

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