第22話 対価

 アイリスたちと筋トレを始めてから、二週間が経過した。


 俺は途中経過をシャノンに報告するために、生徒会長室に足を運んだ。


「──上出来ね」


 俺からの報告を聞き、シャノンが微笑みを浮かべる。


「正直、こんなに早く結果が出るなんて予想外よ。もっと時間がかかると思ったわ」

「まあ……結局、魔力欠乏症を治すことは出来なかったけどな」


 俺も『完治は不可能』と結論を出したものの、諦めてなにもしてこなかったわけではない。

 アイリスの苦しみを完全に取り除いてやるためには、魔力欠乏症の完治が不可欠だと思ったからだ。


 しかしいくらやっても、魔力欠乏症は治らなかった。

 おかげで俺自身も、魔力操作がさらに上手くなった気がするが……それはまた別の話というわけで。


「いいのよ。そんなに簡単に治ってるなら、私があなたに相談を持ちかけたりしないから」


 しかしシャノンは優雅に口を動かす。


「それに私があなたに頼んだことは、『ある生徒の悩みを解決すること』だったでしょ? 魔力欠乏症を治すことが本題ではないわ」

「というと?」

「あの子はあなたと過ごすことによって、自信を取り戻した。昨日、彼女と顔を合わせて、驚いたのよ? 笑顔が多くなってた。元々の彼女は、いつも俯いているような子だったから」


 魔力操作に活かすため、筋トレをする……それは嘘ではないが、実際のところ俺は、彼女に自信を付けさせてあげたかっただけかもしれない。

 筋トレは偉大だ。誰にでも始めることが出来て、自分のペースで進めることが出来る。

 ちょっとした達成感が積み重なり、それが大きな自信へと繋がっていく。


「そうか、だったらよかった。だが……相変わらず、あんたはなにを考えているか分からないな」


 俺を頼った理由は、魔力操作に優れているから……という理由はあったものの、いまいち納得出来ない。

 この程度、シャノンでも出来ていたからだ。

 なんなら、アイリスは元々シャノンの家と付き合いがあったみたいだし、顔馴染みである彼女から言われた方が受け入れやすいまで言える。


「別に俺じゃなくても、よかったんじゃ?」

「あら、あなたは自己評価が低いみたいね」


 少し驚いた様子で言うシャノン。


「私みたいな同性の子より、あなたみたいな素敵な子に言われた方が、やる気が出るってもんでしょ? だからよ」

「はあ……そうですか。まあ額面通りに、受け取らせてもらおう」


 やっぱりこいつ……苦手だわ。学園屈指の美少女であるが、腹黒すぎてなにを考えているか読めない。

 ゲームを最後までクリアしていれば違ったかもしれないが、序盤しかプレイしていないから後の祭りだな。


「というわけで……これで問題は一応解決したってことでいいか? この先も、アイリスとの付き合いは続けていくつもりだがな」

「ええ、ミッションコンプリートよ」


 パチパチ。

 シャノンが淡々と拍手をする。


「よくやったわね。それで……覚えてるかしら? この問題を解決した際、私があなたに与える報酬をね」

「ああ、もちろんだ。確か、あんたを好きにしてもいいって話だったよな」

「記憶力がいいのね。さあ、あなたはなにを望むのかしら? 今なら機嫌がいいから、本当になんでも聞いてあげてもいいわよ」


 じっと俺を見つめるシャノン。

 彼女の瞳を見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。


 俺は肩をすくめ、あらかじめ考えていた答えを口にする。


「そのことなんだが──なしでいいや」

「え?」


 これにはさすがのシャノンも予想していなかったのか、虚をつかれた表情になる。


「俺にとっては、あんたは高嶺の花だ。手を出すなんて、とんでもない。このことが知られれば、ますます──特に男どもから嫌われそうだしな」


 シャノンも原作ヒロインの一人だ。原作通り俺が行動するなら、いつか俺の破滅に関わってくる。

 なのでここで変にフラグを立てるより、現状維持に努め、彼女に恩を売った方が後々得だと考えた。




 ──まあ、ちょっと後ろ髪を引かれる気持ちではあるが。




 ……ちょっとだけな?


「意外と賢明な男なのね。なにを要求されるか、ドキドキしてたのに」

「期待させて悪いな。だが、俺の考えは変わらない。強いて言うなら、これ以上面倒ごとを持ち込まないでくれってところだ」

「そう……分かったわ──って言いたいところだけど、それじゃあ私の気がおさまらないわ」


 そう言って、シャノンは徐に立ち上がった。

 彼女は首元のネクタイに手をかけながら、俺に近付いてくる。


「な、なにをするつもりだ?」

「なんにもなしっていうのも、それはそれで女のプライドが傷つけられるのよ。だから……あなたからではなく、私から手を出してあげる」


 するするとシャノンが自分のネクタイを解く。

 そのままシャツの第一ボタンを開け、ぐっと顔を近付けてくる。

 白い鎖骨が目に入り、俺は体が石のように固まってしまた。


「私はね、厳格な場所で育てられたの。学園に入るまで、異性との交遊も家族から固く禁じられてきたわ。だから、あなたみたいに慣れていないと思うけど……優しくしてね?」




 ──逃げなければ。




 しかし逃げられない。

 彼女の蠱惑的な瞳から、目を逸せないでいるのだ。


 シャノンは俺の頬に手を伸ばし──


「冗談よ」


 悪戯っぽく笑い、俺からさっと離れた。


「さすがに相手の同意なく、手を出すなんてことはしないわ。あなたのハーレムメンバーに、あとからなにを言われるか分からないしね」

「ぜえっ、ぜえっ……驚かすなよ」


 いつの間にか息が上がっている。

 俺が気を落ち浮かせている間も、シャノンはなに食わぬ顔をして衣服を正していた。


「それにハーレムメンバーってのは心外だ。リディアたちのことを言ってると思うが、俺はそんなつもりとあいつらと付き合っていない」

「あら、そうだったの? 学園で噂になっているわよ。『ギル・フォルデストが女の子たちを手篭めにしている』って」

「そ、それは冤罪だって!」


 声を大にする。


「ふふふ、あなたは賑やかな人ね。あなたと一緒にいる子たちも、さぞ楽しいでしょう。願わくは私もあなたの──」

「あなたの?」


 聞き返すが、


「……いいえ。これはおこがましかったわね。忘れてちょうだい」


 とシャノンは首を左右に振った。


「あなたの考えは分かったけど、やっぱりなんの報酬もなしってのは、やっぱりむずむずするわね。だから一旦保留ってことで、またなにか思い付いたら私に言ってくれる。いいかしら?」

「あんたがそれで納得してくれるならな」


 どちらにせよ、その報酬を使うことはこの先なさそうである。


「ってか、意外と優しいんだな。あんたのことだから、報酬なんて反故にされるんじゃないかと思った」

「約束を一方的に破ったりしないわ。まあ……はするかもしれないけど」


 最後に。

 意味ありげなことをシャノンは呟き、話し合いは終わりとなった。

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