第21話 【sideクライヴ】羨ましがる、原作主人公

 原作主人公クライヴは焦っていた。


「どうしてなんだ。英雄になるためにこの学園に入ったのに、僕はまだなんの成果も上げていないじゃないか……!」


 舌打ちをしながら、放課後で人気ひとけの少なくなった校舎の廊下を歩く。



 ──実力試験から一週間が経とうとしている。



 試験では不様な真似を晒し、あろうことかあの悪役貴族ギル・フォルデストに恩を売った。

 クライヴはあれ以降、自分のミスを取り戻そうともがくが、上手くいかない。

 学園に入学してくる生徒は皆が優秀で、ここではクライヴも凡人モブの一人に過ぎなかったのだ。


「絶対におかしい。こんなはずじゃなかった。だって僕は──」


 そう言葉を続けようとすると、正面からグランフォード家のミラベルが歩いていきた。


「やあ、ミラベル」


 クライヴはすぐに表情を取り繕って、彼女に声をかける。


「元気かい?」

「ん……貴様は……確か、クラスメイトだったか。名は……ああ、そうだった。クライヴだ。平民出身で入学してきた男だったな。私になにか用か?」


 ミラベルは必死に記憶を辿る動作を見せ、クライヴにそう問いを投げかける。


(僕の名前が……すぐに出てこなかった? 一週間前の試験で、あんなことがあったというのに? ふざけている!)


 内心、憤慨しながらも、クライヴは口を動かす。


「い、いや、なに。まだ帰ってなかったんだと思ってさ。授業も終わったし、ここでやることはないだろ? なにをしているんだい?」

「帰っていないのは貴様も一緒だと思うが……まあいい。答えてやろう」


 妙にミラベルは誇らしげに胸を張り、こう答える。


「今から、ギルのところに行くつもりだったのだ」

「ギルのところ……? どうして君が? 別にあいつに会っても、得られるものはないはずだろ?」

「なにを言っている。ヤツはこの学園の中でも、とびっきり優秀な生徒だ。それに……私はもう、ギルから離れられない」

「な──っ!」


 予想だにしない言葉がミラベルから出てきて、クライヴは声に詰まってしまう。


「そ、それってどういう意味だい?」

「そのままの意味だ。ここ二週間ほど、私はギルによって肉体を徹底的にイジめられているんだ」

「肉体を!? 大丈夫なのかい? もしかして、酷いことをされているんじゃ……」

「ふっ……酷いことを、か。ある意味ではそうかもしれぬな。私が『やめて』と言っても、ギルは構わず……あっ」


 その時の感覚が甦ったのだろうか、ミラベルはぶるっと小刻みに震えて、自分の体を抱いた。

 その表情はまさしく、恋する乙女のようだ。


「ギルの言っていたことは本当だったのだな。未知の感覚の前に扉があった。その扉を開くと、新しい世界が待っていて……」

「君たちは二人でなにをしているんだい!?」

「二人ではないぞ。リディアとアイリスもいる」


 クライヴがいるアルファクラスの中でも──ミラベルもそうだが──とびっきりの美少女二人だ。

 リディアにいたっては、クライヴと同じ平民だというのにそのビジュアルのよさから主に男子たちに好かれている。


「な、内容を詳しく教えてもらえるか?」

「なんだ、貴様も興味があるのか? だが、ギルはこれ以上人を増やしたくないと言っていたし……む? もう時間だ。悪いが、すぐにギルのところに行かなくてはならない。ここで私は失礼させてもらうぞ」

「ま、待ってくれ。話はまだ──」


 手を伸ばすが、ミラベルは構わずクライヴの前から去っていく。


 廊下にはクライヴがぽつんと一人残されることになった。


「肉体をイジめられ、新しい世界が待っていただって? そんなの……欲望に溺れてるみたいじゃないか!」


 やはり、ギル・フォルデストは悪役貴族だ。


 前々からいい噂は聞いていなかった。大層な女好きで、お気に入りの女の子を囲っていると。


 とはいえ、それもフォルデスト家内だから好き放題出来ていただけだ。さすがに学園内では狼藉を働けないはず……とクライヴは思っていたが、それは間違いだったのだ。


「しかもミラベルだけじゃなく、リディアとアイリスもヤツの毒牙にかかっていた……一体、四人の間でどんなことが……」


 ゴクリ。


 その光景を想像してしまい、クライヴは思わず唾を飲み込んでしまった。


「ゆ、許さない。許さないぞっ、ギル〜〜〜〜!」

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