第20話 秘密のレッスン
(ミラベル視点)
私──ミラベルは昨日の試験のことを考えながら、校舎内を歩いていた。
「私はもっと、強くならなければ……」
試験では見事、私たちのチームが一位になった。
だが、到底誇る気持ちになれない。
何故ならギルがいなければ、私たちは一位になれなかったと断言出来るからだ。
実力はピカイチ。ゴブリンキングに戦いにおいては、傷一つ負うことなく勝利してみせた。
それだけではない。反魔法協会の人間が現れても、ヤツは少しも焦らず、ハッタリも駆使してその場を切り抜けた。
常人では出来ることではない。確固たる実力と度胸がなければ成せなかったことだ。
「それなのに、あいつは……私もギルを見習わなければならないな」
もっとも、たまに私のことを邪な目で見るのはやめてほしいがな。
決意を強くしていると、校舎の一階の端まで辿り着く。
「いかん、いかん。物思いに耽てしまった。戻るか──」
と踵を返した時であった。
──はあっ、はあっ。ギル君、もう勘──して〜〜〜〜。
「む……? ギルだと?」
使われていないはずの教室から艶かしい声が聞こえてきて、反射的に足を止めてしまう。
──ダメだ。もっと──だろ? 俺を楽しませてくれよ。
「まさか……」
嫌な予感がして──行儀が悪い真似だとは分かっていたが、空き教室の扉に寄りかかる。
耳を澄ませると、中の声がはっきりと聞こえてきた。
「で、でも……アイリス、もう限界っ……ギル君、体力ありすぎだよぉ……」
「甘えるな。ほら、お尻が上がってきたぞ。もしかして、
「ギル様は鬼畜です。だけど、そういうところがまた素敵ですっ!」
この扉の向こうではギルとリディア……さらには昨日、ゴブリンキングから助けた少女──確か名をアイリスといったか? 三人がなにかをしているようだった。
「なっ……!」
なんということだ!
お尻やら、未知の感覚やら……艶かしい声といい、まるで邪ななことをやっているようではないか!
これ以上ここにいてはいけないと思うが、意思に反して体は金縛りにあったかのように動かなくなっている。
がたがたと震える体を抑え、引き続き中の声を聞く。
「ほらほら、もうちょっとだ。未知の感覚の扉を開いたら、意外と気持ちいいもんだぞ? 天にも昇るような気分だ」
「そ、そんなの嘘……ダ、ダメっ! 本当に──」
ここで限界だった。
「貴様らはなにをしておるのだああああああ!」
意を決して、扉を開ける。
中では三人が欲望のままに動き──え?
違った。
私の予想と反して、うつぶせの状態で肘をつき、つま先だけを床につけている三人の姿があった。
◆ ◆
「あっれ〜〜〜〜、ミラベルさん。血相変えて飛び込んできたけど、なにを考えてらっしゃったんですか〜? 俺たちはただ、
「ぐぐぐ……」
俺が全力で煽ってやると、ミラベルは恥ずかしそうに赤面し、ぐっと堪えていた。
そうなのだ。
俺はアイリスの悩み事を解決するため、少しでも彼女の魔力欠乏症を抑えようとした。
体内の魔力をコントロールすれば、外に漏れ出る魔力をある程度抑えることは出来る。
しかし魔力のコントロール……つまり魔力操作は一朝一夕ではいかない。
まず、多大な集中力と精神力がいる。この二つは健全な肉体に宿るといわれている。疲れていちゃ、魔力を操作したくても出来ないからな。
ゆえに俺はアイリスに筋トレを課すことにした。
種類は腕立て伏せや腹筋。うつ伏せになり、両肘とつま先だけで体を支える──通称プランクと呼ばれる筋トレだ。
本来はアイリスだけで十分だったが、俺もここに入学してからはバタバタしていて、筋トレを怠ってしまっている。
そこで俺も参加し、リディアもそれに付き合う形で三人仲良くプランクをしていたというわけだ。
「そうだよ、ミラベルちゃん。エ、エッチなことをしてるって冤罪だよ……アイリスたちはただ、体を鍛えてただけなのに」
「だ、だが! 『お尻が上がって』とか『未知の感覚』という言葉が聞こえてきたぞ!? あれはなんだったのだ!」
「プランクでお尻が上がってきたら、効果が薄れるでしょう? 未知の感覚っていうのも、アイリス様は筋トレをほとんどしてこなかった人ですから。ギル様の言ってたことは、そこまでおかしくないはずです」
「ん……ぐぐぐっ!」
アイリスとリディアにも完膚なきまでに言い伏せられて、ミラベルは反論出来ない。
「ほ、本当に筋トレしかしてなかったのだな!?」
「嘘を吐く理由がないだろうが。まあ……筋トレだけじゃなく、アイリスとリディアに
「入れるだと!? やはり破廉恥なことではないか!」
「か、勘違いすんな! 魔力だよ! 外部から魔力を入れることによって、魔力操作に慣れてもらったんだ!」
勢いよく詰めてくるミラベルに対して、俺はそう言い返す。
うむ……昨日の試験の反応から薄々勘付いていたが、このミラベル。実は相当なむっつりだな。
彼女の実家は由緒正しき、騎士の一族。押さえつけられていた反動で、そういうものに興味はあるんだろう。
今もあたふたと慌てるミラベルを見ていると、俺の中に芽生える悪戯心がさらに強くなりそうだ。
「まあ魔力譲渡ってのは、密着し、体液を媒介すればスムーズにいきやすい。だからなにも知らない者が聞けば、淫らな行為をやっているようにも見える時もあるが、聡明なミラベルさんは知ってるよな?」
「むむむ……」
ぐうの音も出ないミラベル。
「で、むっつりスケベ騎士」
「むっつりスケベ騎士だとお!?」
「……誤解も解けたところで、俺たちは筋トレの続きをしていいか? まだもう少し、筋肉に負荷をかけておきたい」
俺はアイリスとリディアに視線をやってから、そう口にする。
二人とも、まだやる気十分。服に汗が滲んで、なかなか視線のやり場に困る姿になっているが、二人とも気付いていないようだった。
ミラベルもそんな俺たちを眺め、少し沈黙した後、「そうだ!」と手を叩いた。
「私も君たちの特訓に付き合わせてもらえないか?」
なんでそんな話になる?
俺がそうツッコミを入れる前に、ミラベルは捲し立てるように続ける。
「昨日のギルの戦いを見て、私も強くならなければならないと思っていたのだ! ギルと一緒に筋トレをすれば、君の強くなった秘訣が分かるかもしれない。それに……邪なことを本当にしていないか、監視することも出来る」
「なにを言い出すかと思えば……」
困ったことになった。
アイリスとリディアの二人を見るだけでも大変なのに、ここにミラベルも加わる。さすがにキャパオーバーだ。
だが断って、あとであらぬ疑いをかけられても面倒だ。
ならばいっそのこと、行動を共にした方が賢明か……?
「アイリスとリディアはどう思う?」
「いいと思う!」
「わたしもギル様がいいというなら!」
二人もノリ気のようだ。
「……分かった。許可する。だが、俺の指示には従えよ? 俺なりの筋トレ方法だから、間違っているところもあるかもしれん」
「承知した。元より騎士とは、上下関係を重んじる種族。こちらが教えてもらう立場なのに、文句を言うつもりなどさらさらないよ」
ふんすっと鼻で息をするミラベル。
こうして何故か、ミラベルも俺たちの筋トレメンバーに加わることになってしまった。
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