第19話 原作ヒロインに信頼される、悪役貴族

 生徒会長のシャノンに、ある生徒の悩み事を解決してほしいと頼まれた。

 困った人は見過ごせない性分(笑)である俺ことギル・フォルデスト、彼女に指定された空き教室に向かった。


 ……断じて、魅惑的な提案に釣られたわけではないのだ。

 違うからな!


「シャノン生徒会長も急ですね。それに悩み事の内容くらい、教えてくれればいいのに」

「まあそう言うな。生徒会長にも事情があるんだろう」


 隣を歩く、リディアに答える。


 俺一人で向かってもよかったが……なにせ、あのシャノンの頼み事である。

 なにか裏があるような節も感じたしな。

 というわけで、保険としてリディアにも付いてきてもらい、俺たちは教室の前まで辿り着いた。


「入るぞ」

「──どうぞ」


 扉を開ける前に呼びかけると、中から女の子の声が聞こえてきた。

 俺は意を決して扉に手をかけ、思い切り開いた。

 すると……。


「お前は……アイリスだったか?」

「名前を覚えててくれてたんだ。昨日の試験の一件では、本当にありがとね。今日もお世話になるよ」


 そこでは彼女──アイリスが一人で待っていた。


 彼女は俺のクラスメイトで、昨日の実力試験でクライヴたちとチームを組んでいた女の子である。

 儚げな印象を受ける少女で、身長も低く、思わず守ってあげたくなるような魅力がある。


「生徒会長に呼ばれて来たんだが……アイリスが目的の相手ってことでいいよな?」

「うん。ギル君一人だけが来るって、シャノン生徒会長から聞かされてたけど……どうして、リディアちゃんも?」

「まあ、保険だ。なにかあるかもしれないからな」

「……保険?」


 アイリスが首を傾げる。

 そんな彼女のさりげない仕草も、小動物みたいで可愛かった。


 やっぱ、『エターナルクエスト』の女キャラって、みんな可愛いよなあ。

 だてに『設定の甘さは見受けられるものの、女の子が可愛いので全て許される。可愛いは正義』とレビューされているゲームじゃないぜ。


 俺は彼女の『保険?』という疑問に答えず、こう問いかける。


「で……アイリスの悩み事ってのは、なんなんだ? シャノンが俺に頼むほどだ。まさか簡単に解決出来る悩み事ってわけでもないんだろ?」

「その通りだよ」


 アイリスが表情を暗くして、声のボリュームも小さくする。


「……一応聞いておくけど、今から言うことは誰にも言わないでね? 他の人には知られたくないから」

「当然だ。俺のことを信頼してくれてもいい。口が固い男って、もっぱらの評判なんだ」

「わたしもです!」


 俺とリディアは共に頷く。


 本当はそんな評判なんてなかったが、こうでもしないとアイリスが打ち明けてくれないと思ったので、出まかせを口にする。


 その効果は抜群だたのか、アイリスはほっと胸を撫で下ろし、とつとつと語り始めた。


「ギル君たちは、魔力欠乏症っていう病名は知ってるかな?」

「んー……聞いたことはあるな。確か魔力が枯渇しているせいで、魔導士として支障をきたすってところだったか」


 学園に入学する前、たまたま目を通していた本の内容を思い出しながら、そう口を動かす。


「そうそう。さすがギル君。なんでも知ってるんだね」

「なんでもは知らん。たまたま名前を知ってただけだ。リディアはどうだ?」

「わたしも同じです……」

「だったら、一つずつ説明するね。魔力欠乏症は──」


 アイリスの話をまとめると、


・人の体内には魔力を溜めている袋みたいなものがある。

・魔力欠乏症はその袋に穴が開き、とめどなく外に流れてしまう症状。

・これを完全に治療する手段は、現時点で解明されていない。


 ……ってところだ。


「今まで騙し騙しやってきたけど、昨日の戦いでよく分かった。この症状と上手く付き合っていかないと、みんなの足を引っ張っちゃう」

「そうだったのか。ということは、アイリスは魔法に自信があるのか?」

「ギル君ほどじゃないけどね。治癒魔法が得意なんだ。これでも、子どもの頃は神童って言われてたんだよ? でも、魔力欠乏症にかかってからは全然ダメ。魔法を使いたくても、魔力が足りなくなっちゃうから」


 声を絞り出すアイリス。


 アイリスの表情から思うに、彼女はずっと魔力欠乏症に悩まされてきたのだろう。

 自分の力はこんなものじゃない。自分はもっと出来るはずだ。

 だが魔力欠乏症のせいで、自分の力を最大限に発揮出来ない。


 俺には彼女の気持ちを想像することしか出来ないが、それはとても辛いことなのだろうと思った。


「魔力欠乏症か……大変だな」

「かわいそうです」

「一回、アイリスの魔力の流れを確認させてもらっていいか? そうしたら、なにか分かるかもしれないから」

「ギル君、そんなことも出来るの?」

「まあ本職の人に比べると、お遊びみたいなものだけどな。それで……いいか?」

「うん、もちろんだよ」


 アイリスが首を縦に振り、俺に近寄った。


 低い身長とは反対にボリューミーな胸の膨らみに気が付く。俺はそれを揉みしだきたい衝動を抑えて、彼女の胸元に手を当てた。


「んっ……!」


 触れると、アイリスの声から艶かしい声が漏れた。


 ……ふむふむ。


「なるほどな」


 呟き、彼女の胸元から手を離す。


「確かに、アイリスの言ってた通りだ。だが……完全に外に出ているわけではなく、魔力の流れが澱んでいる気がする。もしかしたら、アイリスの言う『騙し騙し』っていうのは、魔力を操作することなんじゃないか?」

「そ、その通りだよ。今のでよく分かったね」


 驚きの表情を見せるアイリス。


「結論から言うと、俺でも完全には治せないな。そもそも、他の医者にも診てもらってるんだろ? その時はなんと言われたのか?」

「ギル君は、なんでもお見通しだね。うん──同じことを言われた。薬も試してみたけど……全部ダメだった」

「やっぱりか」

「シャノン生徒会長とは家同士の付き合いで、入学する前から顔馴染みだったんだけど、彼女に相談しても同じだった」


 胸の前で、ぎゅっと拳を強く握るアイリス。


「だから……わたしもこの病気が治るとは思ってない。アイリスが聞きたいのは、この病気との向き合い方。アイリスはこれから、どうやって学園生活を送ればいいのかな?」

「……強いな」

「え?」


 ついぽろっと零れてしまった言葉に、アイリスはきょとんとする。


「なに、アイリスは責任感が強いんだなって思ってさ」

「なんでそんな話になるの?」

「だって、そうだろ? 自分の病気のせいで、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないって思ってるだけだ。そんなのお互い様だろ? 他の人も多かれ少なかれ、迷惑をかけているんだ。気にする必要はない」


 それにこれは俺の持論だが……責任感なんて糞くらえだ。

 たとえ明日、クラスメイトの誰かが死ぬって聞いても、それがリディアやミラベルではなく、かつ破滅と関係なかったら、俺は他人を容赦なく切り捨てる。


 なのに、アイリスは違った。

 それは弱さだと言う人もいるかもしれないが……俺は強いと思う。


「はは、ありがとう」


 アイリスはほんの少し表情を明るくするが。


「でも……ダメ。ギル君みたいには考えられないよ。やっぱりアイリスは……クラスの足を引っ張りたくないから」


 俺に言わせれば、試験中に勝手に突っ走り、チームを危険に晒したクライヴの方がよっぽど悪質だと思うが……それを言っても、彼女の気は晴れないだろう。


「よし、分かった。だったら対処療法だ。俺なりに、魔力欠乏症の解決法を考えてみた」

「ほ、ほんと!?」

「言っとくが、完全には治らないぞ? 少しはマシになるかもってくらいだ。一日や二日では終わらん。効果が出るまで、何日かかるかも分からない。それでもアイリスは俺のことを信じてくれるか?」

「うん……! だってギル君は、昨日もアイリスたちを助けてくれたんだもん! アイリスがギル君の誘いを断ることなんて……絶対にないんだから!」


 力強く答えるアイリス。


 少し盲目的な気もしたが、今からすることを考えれば、それくらいの方が都合がいいのかもしれない。


「ですがギル様、いかがされるつもりですか?」


 ここまで黙って話に耳を傾けていたリディアが、そう質問する。


「リディアには馴染み深いことかもしれないな。今までに、お前も経験していることだし」

「へ?」


 リディアが首をひねる。


「それで──ギル君、なにかな? アイリス、どんなことでも全力で頑張ってみるよ……!」


 俺は真っ直ぐ見つめるアイリス。

 彼女のひたむきで透き通った瞳を見ながら、俺はこう言った。



「とりあえず……両肘を床につけて、尻をこっちに向けろよ」

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